万博はオワコン? アメリカ館「月の石」に代る目玉は(産経新聞 2019年9月19日)https://www.sankei.com/west/news/190919/wst1909190004-n1.html

2025年の「大阪・関西万博」のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。70年万博は「人類の進歩と平和」だった。欧米スタイルの生活に憧れ、モノづくりに全力を傾けた社会背景があった。今は、ITを基軸とした社会に変わり、大企業は「企業単独パビリオン」は興味を示さないという。石毛事務総長は「おもしろい」をキーワードに「ベンチャー企業や中小企業、若い人が活躍する機会をつくりたい」と話し、大阪大学の森下竜一教授は「10歳若返るパビリオン」の構想を描く。万博は、数年先の未来の夢を実感できるところに妙味がある。ワクワクする取り組みを期待したい。

【ポイント】2025年、大阪市の夢洲で大阪・関西万博が開催される。国内では過去2回大規模な万博が開かれ、中でも6400万人が来場した1970年の大阪万博は成功体験として語り継がれるが、日本国際博覧会協会のトップは「70年万博からの脱却」を唱えている。米ソ冷戦を背景に宇宙開発で国力を誇示し合った時代とは世界情勢は変貌。インターネットの基盤を持つ巨大IT企業が国家の枠を超えた存在感を示す現在、万博の見せ方も違ったものとなりそうだ。
冷戦時代の70年万博、双璧の米ソ館
「当時、日本には高度経済成長期の追い風があり、国際的にも米ソ冷戦時代で各国が万博で国力を競った側面がある。70年万博の成功体験からの脱却という位置付けでやらなければならない」。日本国際博覧会協会の事務方トップ、石毛博行事務総長はこう力説する。
「人類の進歩と調和」をテーマにした70年万博は、米国とソビエト連邦(ソ連=現ロシア連邦)の大国を枢軸とした冷戦下での開催だった。国家の威信は、宇宙開発の展示に投影されていた。
万博の記憶を受け継ぐのがアメリカ館の「月の石」だ。69年に人類初の有人月面着陸を果たし、アポロ宇宙船が持ち返った実物の「月の石」をひと目見ようと4時間以上の待ち時間の列ができた。

ソ連館ではソユーズやボストークといった宇宙船の実物が展示され、1日平均で十数万人が訪れた。壁面が赤で彩られたソ連館の展示棟は最高部109メートルで、会場随一の高さ。「世界最初の社会主義国家の誕生」をテーマにしたソ連の指導者、レーニンを紹介する展示もあった。
パビリオンの人気は、米ソ両陣営がまさに二分した。
70年万博の来場者数は6421万人で、大混雑ぶりはデータからもうかがえる。会期中の迷子は、延べ4万8139人で、1日当たり250人以上も、親とはぐれた子供たちが出現した。拾得物は5万4154件、救急患者は1万1354人に上った。

25年大阪万博は、当時ほどの喧噪はみられないだろう。
AIなどを活用して人の流れを制御し、入場や会場内の待ち時間をゼロにすることを求めている。大阪に拠点を置く大企業も企業名を冠した「単独パビリオン」の出展には興味を示さない。
70年万博で「松下館」を出展したパナソニックは、グループ単独でのパビリオンを見送る考えを示す。関西電力は「企業連合体での取り組みになるだろう」と話す。

2005年に開催された「愛・地球博」の来場者数は2200万人、大阪・関西万博の想定来場数は2800万人だが、それでも70年万博に比べれば半分以下。家電が庶民のあこがれだった当時と、スマートフォンを個人が所有するまでになった成熟した情報社会とは世相は異なる。

月にはもはや民間人も…「10歳若返るパビリオン」構想
月面探査もベンチャー企業が手掛ける時代だ。米アマゾン・コムのジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)が立ち上げたブルーオリジンは、月着陸船を2024年に打ち上げる計画。大阪万博が開催されるころには、月に民間人がたどり着いている可能性がある。
「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマにした25年大阪万博の具体的な計画策定はこれからだ。日本国際博覧会協会の石毛事務総長は「おもしろい」をキーワードに、「ベンチャー企業や中小企業、若い人が活躍する機会をつくりたい」と話す。
大阪大学の森下竜一教授は「10歳若返るパビリオン」の構想を描く。入館者は血液や脳、肌などの年齢を測定し、それぞれの若返りに必要な食事やプログラムを提供したいといい、「年の障壁を忘れて自分自身と出会える場にしたい。帰った後も健康で命輝く、人生100年時代をもっと幸せにするレガシー(遺産)を残す」と語った。

万博のオワコンか、ブラットフォーマーへのチャンスか
三菱総合研究所は「70年は国や企業が中心で万博を通じてその後、海外のライフスタイルが日本に入ってきた。25年は個人が主体の万博になる。そして100年寿命時代の個人のライフスタイルを考える万博になるのではないか」と推測する。
「正直、最初はいまさら万博か、オワコン(終わったコンテンツ)かと思った」
今年8月、万博関連のシンポジウムでこう吐露したのは、大阪・関西万博の誘致時の会場計画アドバイザーとして関わった建築家の豊田啓介さん。しかし、その価値について突き詰めて考えていくうち「70年より、国の経済や人々の生活に大きな影響を与える可能性がある」と思い至ったという。

米グーグルなどは情報通信技術を駆使したスマートシティーに乗り出しているが、日本は出遅れ感が否めない。ただプラットフォーマーには、製造業が持つノウハウは乏しく、モノづくりのあり方に戸惑いがあるという。豊田氏は「日本のモノ作りの知見は金鉱脈化している」と分析。25年の万博会場となる大阪湾の夢洲では都市計画、社会環境の実証実験を行える特区のような規制解除も想定されていることなどから「万博は日本企業が、デジタル技術を融合したプラットフォーマーになれる最後のチャンス」と期待を込める。