「観光立国」にコロナ禍の大打撃、問われるインバウンド事業の本質
(トラベルボイス 2021年5月31日)
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【ホッシーのつぶやき】
日本のインバウンド事業は、2003年の「ビジット・ジャパン事業」に始まる。そして12年末からの急激な「円安」に支えられ、訪日外国人数とともに旅行消費額も急増し、19年には4兆8,135億円になった。
その消費額は、輸出規模で自動車産業の11兆9,712億円に次ぐ第2位と、日本の国際収支に貢献した。
しかしその恩恵は一部の旅行会社やコンビニ、ドラッグストアなどに集中し、地域における消費が伸びず、地域が疲弊する構図となった。観光事業が持続するためには「地域」に貢献する構図が必要だ。

【 内 容 】
「観光立国」の始まり

 小泉純一郎首相(当時)は2003年1月、国際交流の増進および日本経済の活性化を目標とした「観光立国」を提唱。観光立国懇談会を主宰し、10年に訪日外国人旅行者数1,000万人を目指す構想が発表された。訪日旅行促進活動として同年4月、ビジット・ジャパン事業が開始。06年には1963年に制定された旧観光基本法を改正し、観光立国推進基本法が成立し、翌6月には観光立国推進基本計画が閣議決定され、08年10月の観光庁設置とともに、日本はインバウンド事業拡大に向けて本格的に始動した。

 観光立国の実現に関する施策の基本理念には、「地域における創意工夫を生かした主体的な取り組みを尊重しつつ、地域の住民が誇りと愛着をもつことのできる活力に満ちた地域社会の持続可能な発展を通じて国内外からの観光旅行を促進する」ことがあり、サステナブル性を前提にした地方創生がある。

 03年当時の訪日外国人旅行者数は、約521万1,700人(アジア圏から約351万人、欧米・欧州圏から約144万人)。それから08年(約835万人)までは目標の1,000万人に向けて順調な推移をたどっていたものの、リーマン・ショックや東日本大震災などの影響により、その後は低迷。11年は約621万人まで落ち込んだ。

 しかし、12年末からのアベノミクスにより急激な円安が起きたことで、訪日外国人旅行者数は急伸。13年には約1,034万人となった。14年10月の免税制度規制緩和によって、それまで免税販売の対象となっていなかった消耗品(食品類、飲料類、薬品類、化粧品類その他の消耗品)を含めたすべての品目が新たに免税対象となったことで、アジア圏を中心に訪日外国人旅行者数は急伸。円安の後押しもあり、大勢の外国人旅行者が日本の商品を大量に購入し、自国に持ち帰る様子は各メディアに大々的に報じられ、15年には「爆買い」がその年の流行語大賞に選ばれた。

 さらに、東京オリンピック・パラリンピック開催が決まり、14年6月に「観光立国実現に向けたアクション・プログラム2014」によって訪日外国人旅行者数2,000万人を目指すことが明記された。訪日外国人旅行者数の増加の勢いは止まらず、15年には約1,974万人となり、同年日本人の出国者数(約1,621万人)を上回った。インバウンドがアウトバウンドを超えるのは45年ぶりだった。

インバウンド消費約84%減

 観光庁が20年3月31日に発表した「19年の訪日外国人旅行消費額」によれば、19年の訪日外国人旅行消費額は4兆8,135億円。輸出規模においては自動車の11兆9,712億円に次いで第2位となり、日本における基幹産業となった。

 その後も日本のインバウンド政策は、関東・関西の大都市を中心に好調だったが、新型コロナウイルスによる世界的パンデミックによって頓挫する。20年の訪日外国人旅行者数は約411万人と急落。これにともない、訪日外国人旅行消費額(試算)は7,446億円と前年比で約84%減となった。

 現時点で3回にもおよぶ緊急事態宣言の発令などもあり、コロナ禍はインバウンドのみならず国内旅行にも多大な影響をおよぼし、多くの観光業者・宿泊施設・飲食業が窮地に追い込まれている。なかには、インバウンドを専門に扱う旅行仲介業者もあり、「20年の売上は95%減」(大手旅行仲介)という声もある。

 「日本のインバウンド事業、とりわけ観光業者は3つの岐路に分かれている。このまま倒産するか、回復するまで耐え忍ぶか、アフターコロナに向けて準備を行うかだ」(観光カリスマ・山田桂一郎氏)。

 観光立国とは、単に旅行者数や消費額などの上昇を謳ったものではなく、地域社会の持続可能な発展に向けた観光旅行の促進にある。コロナ禍という大きな壁にぶつかり、地方を中心とした関連事業の多くが大不況に見舞われる現在、観光立国の真価が問われている。

業績急伸に隠れた課題

 インバウンド事業はこれまで、観光立国の下で急成長を続けてきたが、その半面、課題も多いとされてきた。コロナ禍は、急伸する事業拡大に歯止めをかけたかたちとなったが、有識者らはアフターコロナに向けてこれまでの課題と向き合うべきと指摘している。

 国策、円安などによって日本のインバウンド事業は急激に拡大してきた。観光庁が発表した「訪日外国人の消費動向 2019年の年次報告書」の訪日外国人旅行消費額構成比を見ると、買物代が34.7%と最も多く、次いで宿泊費の29.4%、飲食費21.6%の順で多い。1人あたりの旅行支出額は15.9万円。

 13年以降で消費額は急伸している。とくに買物代は飛躍しており、14年の7,146億円から15年の1兆4,539億円と前年に比べ2倍以上となっている。これは円安によって起きたアジア圏旅行者を中心とした「爆買い」が大きな要因の1つといえる。19年の買物代の費目別購入率を見ると、最も購入率が高いのは菓子類で69.5%(購入者単価8,222円)、続いて化粧品・香水42.2%(同3万4,176円)、その他食料品・飲料・たばこ38.0%(同8,345円)、衣類36.6%(同1万9,585円)、医薬品34.6%(同1万4,637円)となっている。

 また買物場所(全目的)は、コンビニエンスストアが最も高く73.9%、次に空港の免税店が59.8%、ドラッグストアが59.5%、百貨店・デパート55.6%、スーパーマーケットが48.2%などが続いている。また、観光地の土産店は29.9%しかなく、訪日外国人旅行者の買物はほとんどが小売大手、もしくは空港などの免税店で行っていることがわかる。大手企業が地方に出店することは地方の雇用を生み出し、一定の経済効果となり、インバウンド事業の目的には観光地における雇用創出と過疎地における人口減少の歯止めがある。

 その一方で、観光客の多くが大都市に本社を置く企業から購買しても、観光地である地方の地元企業への消費効果はわずかであり、観光立国の理念である「地域社会の持続可能な発展」に直結しているとは言い難い。
 「このような地域でこそ、地産地消ではなく、地消地産の考え方が重要」であると山田氏は訴えている。地消地産とは、地域で消費するものを地域で生産するという考え方で、より消費に重点を置いた考え方だ。

問われるインバウンドの本質

 (一社)日本インバウンド協会・理事長の中村好明氏は、「観光立国とは、レジャーにとどまらずさまざまな目的でその地域外から来てもらい、経済を活性化させることを指すと考えています。多くの人がレジャー=観光と誤認しがちですが、観光とは観光旅行者に限らず、留学生や労働者、日本に定住する国際結婚者なども対象にした持続可能な社会を形成することが重要なのです」といい、日本における観光への概念が矮小化していると指摘している。中村氏によれば、インバウンド事業に関わる産業は旅行代理店やレジャー向けの施設やサービスだけにとどまるものではなく、不動産や建設など一見関係のないような産業を含んだ「地域まちづくり」の性質をもつとしている。

 現在、日本のインバウンド事業は観光・レジャー部門が軸になっていることは間違いない。前述したように、これまでの日本のインバウンド需要は、主に大手企業によって提供された「宿泊」「買物」「飲食」が支えてきた。また19年の年次報告書を見ると、訪日外国人旅行者の主な来訪目的は観光・レジャー部門が76.8%を占めており、業務(展示会・見本市/国際会議/企業ミーティング等)は13.9%にとどまっている。

 インバウンドを専門とし、地方創生事業や民間企業のコンサルティング事業を行う(株)やまとごころの代表取締役社長・村山慶輔氏は、「観光事業として訪日人数や売上高に注視するあまり、インバウンド急伸の負の側面として地方創生につながらない部分が出てきている地域もある」としている。

 また、村山氏は自身の著書で、次のように指摘している。

 「拡大したマス・ツーリズム(※1)は、経済のメリットを事業者や旅行会社にもたらした。(中略)その結果、地域にデスティネーション・マネジメント(※2)に関する知見の蓄積がなされぬまま、ただただ受け入れ側が疲弊していくという構図を生んだ」(「観光再生 サステナブルな地域をつくる28のキーワード」プレジデント社、2020年発行)。

  日本のインバウンド事業は03年のビジット・ジャパン事業開始以降、最大の危機に陥っている。その一方で、来たるべきときに向けて、観光立国の在り方を再認識するとともに改善する機会が訪れているともいえる。観光事業では一時的な特需ではなく、持続可能な社会形成「地域まちづくり」に向けた取り組みが必要となるのだ。