業界団体の役割を問う-「一時」代表アレックス・デベス氏
(トラベルビジョン 2021年2月16日)
http://www.travelvision.jp/news/detail/news-90732?fbclid=IwAR3SLmEeOCn3SkPULdKAh1kLk_6kEhYJ8iS6rw_rtDvWFMTRcF27J-0a6lc

【ポイント】
一時(ヒトトキ)代表のアレックス・デベス氏の問題提起は重要だ。
JATAは、コロナ禍中で何のサポートもせず、会費の免除や減額のお願いにも返事もなかったといい、JATA会長に公開書簡を送られている。業界団体の重要な使命は、多様なメンバーをサポートすることだという指摘は当然だ。
昨年秋、中小規模のインバウンド会社、ホテル、ガイド、アクティビティ会社などのためのクラブとして「HICJ」をスタートさせたといい、日本の旅行業界には外国人の事業者向けに英語の情報提供ができる組織がないとも指摘されている。
今後の訪日旅行については、需要が戻るのは2022年頃で1000万人規模と予想されている。旅行好きのなかには「行けるのであれば直ぐにでも行きたい」人もいるが、一気に2019年レベルに戻ることはないという。
また「サステナブルツーリズム」の観点からも、地域経済を支えるホテル、タクシー会社、レストラン、ローカルガイドが手を組んで、ディープな体験を提供する必要があるとも指摘されている。

【 内 容 】
1月14日掲載のコラムで取り上げたJATAへの公開書簡を覚えておいでだろうか。インバウンド旅行を手掛ける一時(ヒトトキ)の代表アレックス・デベス氏が、コロナ禍中の会員への支援やGo Toトラベルへの対応について疑問を投げかけた内容だ。昨年新たに中小の旅行会社の共助のための組織を立ち上げたというデベス氏に、書簡の公開に至るまでの経緯と現在の状況について聞いた。インタビューは2月3日に実施した。(聞き手:弊社代表取締役社長兼トラベルビジョン発行人 岡田直樹)

-はじめにご自身ならびに貴社のご紹介をお願いいたします
アレックス・デベス氏(以下敬称略) 父はフランス人、母はレバノン人で、フランスで生まれ、10年前から日本に住んでいます。30年から40年ほど前、レバノンの内戦の影響で母方の親族が世界各地に逃れ、日本に来た親族もいたのですが、私は学生の頃に一度旅行で日本を訪れ、その親族にも会いました。その時言語の問題でコミュニケーションが取れなかったのがとても残念で、また日本という国にも興味を持ち、日本に留学することを決め、その後も日本で働くことにしました。日本食ではトンカツ、特にヒレカツが大好きです。

 はじめはEXO Travelの東京オフィスで働いたのですが、当時まだあまりなかったラグジュアリー路線の旅行会社を作りたいと考え、2016年に設立しました。旅行会社とコンシェルジュサービスの間を取ったような会社で、現在はFIT旅行を中心に、アメリカ、中東、ヨーロッパなどのお客様に向けて旅行を販売しています。事業としてはインバウンドがメインですが、大使館など日本国内に住む外国人の方のプライベート旅行の手配なども行っています。
 「一時」は英語では”One time”で、”Once-in-a-lifetime”、「一生に一度の旅行」という思いを込めました。また「一時」という言葉は英語でもアラビア語でもフランス語でも発音しやすく、覚えてもらいやすいことも選んだポイントです。

-コロナの業績への影響についてお聞かせください
デベス インバウンドは90%以上落ち込み、キャッシュが続かないため昨年3月より休業に入りました。その後は国の雇用調整助成金も利用しつつ、事業継続に向け、夏までの間に自分の給与をはじめ可能な限りのコスカットを行いました。台湾支店の開設も予定していたのですが、一旦事務所を置くのみに止め、需要が戻ったらオープンしようと考えています。
 従業員は社員2名とパート1名で、追加で考えていた雇用は取りやめましたが、リストラはしていません。ただし今後国からの支援が終わるとなると、もう前年の収益も残っていないので、むしろ今年の方がより支援が必要な状況になるだろうと同業者の間では話しています。

-JATA会長へ公開で書簡を送られた意図をお聞かせください

デベス コストカットを進めるなかで、それまではライセンスのためにJATAに入っていましたが、コロナ禍中も何のサポートもなく、JATAの役割は旅行業を支援することではないかという思いが募っていました。そこでJATAに向け、需要がない状態なので35万円の会費の免除や減額をしてもらえないかとメールを送ったのですが、返信はなく、通常通り会費の支払いを要求されました。
 その後Go Toトラベルが始まり、私たちも参画したかったのですが、プロセスが複雑で、質問をしても何ヶ月も返信はなく、紙クーポンだけが大量に送られてきました。現状の体制にはさまざまな問題がありますが、小規模な会社のことを考えていないということが大きいと思います。JATAのボードメンバーは大手旅行会社で、主力は国内旅行。インバウンドはあまり関係ないということなのでしょうか。同業者からも、JATAに入っているのはライセンスだけが目的で、それがなければ本当は外れたいと思っているという声を聞きます。
 JATAに直接意見するのはやめた方がいいという人もいました。ですが目の前の問題として、国の支援がなくなれば社員の雇用を守れなくなるかもしれないという事態があり、それならば思うことは言った方が良い、できる限りのことをして最後まで戦おうと考えました。
 前回メールだけでは返事がもらえなかった経験から、LinkedInを使い、JATA会長に向けて公開でレターを送りました。レターはLinkedIn 内で1800名以上に読まれ、その後トラベルビジョンでも取り上げてもらい、ようやく先日JATAから電話がありました。具体的な話ができるかと期待したのですが、業務のスタッフの方からで、今はコロナなので会って話すことはできない、レターは読んだが会費の支払いの猶予もできない、昨年分は請求書を送ります、というだけの内容でした。

-昨年10月にHICJ(HOSPITALITY INDUSTRY CLUB OF JAPAN)を立ち上げられましたが、この組織の目的や活動予定について教えてください
デベス JATAに入った時には情報提供などのサポートを期待していましたが、特にそういったものはなく、ツーリズムEXPOのようなイベントに行ってもインバウンドを扱う中小の旅行会社に関わりのある企画はないと感じていました。以来何か代わるものを作らなくては思っていたものの、2019年まではお客様の手配に追われて実現できずにいたのですが、コロナで需要が落ち込んだことをきっかけに、昨年秋、中小規模のインバウンド関係の会社、ホテル、ガイド、アクティビティを扱う会社などのためのクラブとしてHICJをスタートさせました。
 私はJATAと対決したいわけではありません。ですが、例えば東京都ホテル旅館組合では、昨年はコロナの影響を考慮して会費を免除しています。JATAにはそういった会員への支援や情報提供もありません。また2010年からインバウンドブームが始まりましたが、その頃から日本の旅行業界は変わっておらず、今非常に厳しい状況に立たされています。HICJは同じことを思う同業者のための、よりポジティブな旅行クラブにしていきたいと考えています。

-需要が蒸発しているなか、一時として、またHICJとしてどのような取り組みをされているかお聞かせください
デベス 一時としては日本に住む外国人のための旅行手配をしているほか、昨年10月からは「一時コンシェルジュ」という名称で、仕事などで日本を訪れる外国人に向け、安全な入国をサポートするパッケージを提供しています。海外には入国者が滞在できるホテルのリストなどをウェブサイトで確認できる国もありますが、日本にはなかったため、ビジネスチャンスがあると考えました。副業レベルの収入ですが、ホテルやハイヤー会社などのビジネスパートナーの仕事にもわずかながら貢献できているかなと思います。
 HICJも立ち上げのフェーズながら、自前のITチームでウェブサイトを作り、ネットワーキングの場を設けるなどの活動を行っています。日本の旅行業界には日本語の組織はありますが、外国人の事業者向けに日本語と同レベルで英語の情報提供ができる組織はないので、そういった役割も担っていきたいと考えています。

-今後のインバウンド需要に関する想定をお聞かせください
デベス オリンピック・パラリンピックがどのような形になるにせよ、それによるインバウンド需要には期待していません。昨年から旅行を延期しているお客様もいますが、春の予約については今年も難しいだろうと伝えています。また、秋頃に国境が開いても、渡航のルールが厳しく、一般の観光客が日本を訪れるハードルは高いでしょう。
 今年中に少しでも回復してくれれば良いのですが、本当のリスタートは2022年になると思います。インバウンドの規模は2022年で1000万人くらいになるのではないでしょうか。国境が開くのも段階的になるでしょうし、旅行好きの人のなかには行けるのであればすぐにでも、という人もいますが、慎重派の人や体調に不安のある人もいるでしょうから、一気に2019年のレベルに戻ることはないと考えています。その間に準備をしていかなければなりませんね。

-コロナ後、観光産業では何が変わり、また何が変わる必要があるとお考えでしょうか
デベス 変化としては、大人数を避け、FITやプライベートでツアーを利用する人が増えることになると思います。変わるべきなのは、地域経済との関わり方ではないでしょうか。コロナ禍により、これまで以上に地域経済へ好影響をもたらす旅行が良いという考えが広がりました。サステナブルツーリズムという視点と従来のパッケージツアーとは相容れないものだと思います。地域経済を回すことができる旅行会社がもっと力をつける必要があるでしょう。
 一時ではラグジュアリーな旅行を売りにしています。手配の際はホテルにこだわるのはもちろん、地元のタクシー会社のプライベートドライバーを手配し、ガイドブックに載っていないような小さなレストランを探し、ローカルガイドを付け、ディープな経験をしたいという要望に応えます。それが地域経済にも良いと考えています。
 私たちのパートナーには、自宅で生け花やお茶会などのイベントを行っている小さな会社がたくさんあります。倒産ではないので取り上げられませんが、今そういった方々に援助が届いておらず、次々と廃業を余儀なくされています。その意味でGo Toトラベルは地域経済に届いていません。すぐに手を打たなければ、このようなサービスを提供する人はいなくなり、コロナが収束しても画一的な旅行しかできなくなってしまうでしょう。手遅れになる前に考えて行動を起こさなければなりません。

-日本の業界団体や旅行会社にメッセージがありましたらお願いいたします
デベス 業界団体の重要な使命は多様なメンバーをサポートすることですが、それが忘れられているのではないでしょうか。また、イノベーションは小さな会社から起こると思っています。業界団体にはもっと中小の会社の新しい意見やアイデアを掬い上げてほしいと願っています。