世界一のレストラン「ノーマ閉店」が与えた衝撃
過酷な労働と激しい職場文化の高級店は限界
(東洋経済新聞 2023年1月14日)
https://toyokeizai.net/articles/-/645516?page=3

【ホッシーのつぶやき】
コペンハーゲンのレストラン「ノーマ(noma)」が、2024年末で通常営業を終える。開業以来20年間、「世界のベストレストラン50」で世界1位が5度、ミシュラン3つ星というレストランの営業終了だ。「ノーマであり続けるために変わる」また「過酷な労働時間と激しい職場文化を持つ高級店は限界点に達している」ともいう。高級レストランは長時間労働、無給だという。
時代は「サスティナビリティ」を求めており、労働環境も持続性が求められるということのようだ。

【 内 容 】

ノーマのエントランス(2016年・筆者撮影)

2023年1月10日、コペンハーゲンのレストラン「ノーマ(noma)」が、2024年末で通常営業を終えると発表した。開業以来20年間、「世界のベストレストラン50」における5度の世界1位獲得、ミシュラン3つ星と華々しい称号を得て、その料理やレストランのあり方においても世界にさまざまな影響を与え続けたレストランが、一つの区切りを迎える。

「noma3.0」と題した公式サイトの告知には「ノーマであり続けるために変わる必要がある」として今後の予定が記されている。レストランは2025年から「広いテストキッチンと巨大なラボ(実験室)」として研究や開発が主体になり、そしてこれまでと同様に世界に出かけ、「シーズン」と呼ばれる期間限定営業を行うという。

ノーマがこれまで注目を集めてきた理由

ノーマはコペンハーゲン中心部ウォーターフロント地区に1800年代に建てられた大きな倉庫の中に2003年開店した。当時25歳の料理人レネ・レゼピと実業家のクラウス・マイヤーによって、世界中の人々をデンマークに呼び寄せるレストランになった。

レゼピはコペンハーゲン生まれ。幼少期をマケドニアで過ごし、15歳で料理の道に入ったのち、スペインの「エル・ブリ」などの世界的レストランで腕を磨いた。

ノーマの名前を一躍有名にしたのは、2010年、イギリスの雑誌社が毎年行っている「世界のベストレストラン50」のランキングで初めて世界1位になったことだ。このあと世界中から予約が殺到するようになり、ノーマは「予約が最も取りにくいレストラン」の一軒になった。

ノーマの料理は開業当初から革新的だった。厳しい自然環境から食材に乏しい北欧の地で、北欧の食材だけを用いて、地元の松の新芽や採集された色とりどりの花から繊細で軽やかな料理が生み出される。その清新さ、革新性は人々を驚かせた。

ノーマではその後料理に多く発酵を用いるようになる。スカンジナビア半島で越冬に欠かせない調理法だった発酵の技術を用いた料理は、世界の高級店で発酵調味料などが多用されるさきがけとなった。新北欧料理は、フランス料理のような強固な料理体系を持つことはなく、ノーマ開業から20年間で大きく変化した。

ノーマは、日本とはこれまで数多くの接点がある。

ノーマがコペンハーゲンの店を一時的に閉めて日本に「移転」したのは2016年。マンダリン・オリエンタルホテル東京で、2カ月間の期間限定営業を行った。このとき日本で未知の素材を用いたメニューの開発に挑むレゼピたちの舞台裏は、映画(「ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た」2016)にもなった。

2018年にはノーマの姉妹店「イヌア(inua)」が東京・飯田橋に開業(2021年に閉店)。

2023年3月から10週間は、「noma Kyoto」と題してエースホテル京都で期間限定営業が決まっている。予約は開始日にすべて埋まった。

閉店報道から読み解けること

2年間のコロナ禍による休業期間を経て今も変わらず予約困難店であるノーマが、なぜ今回、通常営業を終えることになったのだろうか。

公式サイトの告知と同じ日に出たアメリカ新聞大手ニューヨーク・タイムズ(NYT)の記事にいくつかの理由が示されていた。記事によると、レゼピがNYT紙に対して「過酷な労働時間と激しい職場文化を持つ高級店は限界点に達している(“It’s unsustainable.<持続不可能>”)」と語ったという。

3つのポイントにわけてこの問題を整理したい。

① 現在の営業形態が迎えた「限界」
現在、ノーマをはじめ世界的に有名な高級飲食店では、研修生を無給で受け入れる例が少なくない。実力がものをいう厨房では、能力が認められれば正社員になるのも不可能ではないが、彼らの多くは草花をちぎったり料理のパーツを作ったりするだけという単純作業に従事することが多い。

そしてその労働は無給かつ長時間労働だ(NYTの記事では16時間勤務は日常的だとある)。同記事でインタビューに答えているノーマの元研修生は、仕事中に笑うことを禁じられていたとも語っている。

彼らがそうまでして無給の長時間労働をいとわないのは、有名店での経歴が、その後の料理人人生のキャリアで有利に働くからだ。筆者が初めてノーマを訪れた2012年、ダイニングの2階ではディナーの下ごしらえが行われていた。大きなテーブルを四方から取り囲むように立った20人ほどの若い従業員が、黙々と葉物をむしっていた光景を思い出す。

ノーマのキッチン。料理の仕上げは客席のすぐわきで行われる(2018年・筆者撮影)

これらの実態が今になって問題になってきたのはなぜだろうか。それは労働者がSNSなどでわずかでも声をあげるようになったことや、北米の超高級店を舞台にした「ザ・メニュー」(2022)などの映画を通して、厨房の実情が一般にも関心がもたれるようになったことがあげられるだろう。

② 世界の有力店が抱える問題を浮き彫りにした
この「持続不可能」な労働の問題は、ノーマだけでなく世界の高級飲食店が等しく構造的に抱えているものでもある。

高級飲食店は人件費の度合いが大きい労働集約型産業であり、下ごしらえが細かく複雑であればあるほど多くの人手が欠かせない。日本の同様の高級飲食店においても、ノーマのような無給の研修生こそいないものの、法定労働時間をはるかに超えた労働が常態化しているところが多い。創造性が必要な料理は、労働時間を度外視して情熱をかたむける必要があることが多いからだ。

本来ならその労働力は給与として支払われ、料理の価格に反映されるものでもある。NYTの記事では、ノーマでも2022年10月から研修生への支払いを開始し、毎月少なくとも5万ドルを上乗せしたと報じている。

またデンマーク「TV2」の記事では、ノーマは今後3カ月単位の無給労働はさせられなくなり、6カ月か12カ月の雇用となること、給与も2万デンマーククローネ(約37万7000円)支払われることになるとある。

現時点でのノーマのコース価格は1名3500デンマーククローネ(約6万7000円)だが、2023年3月の「noma Kyoto」のコースは775ユーロ+サービス料10%で約12万1000円となる。この価格差は、スタッフの京都での滞在費はもちろん、食材を探し、加工するための人件費でもあるだろう。

③ コロナ禍がうながした次のステップ
公式サイトには「私たちはこの計画に2年間を費やしてきた」とあった。

その「2年間」は、世界中のレストランがコロナで休業を余儀なくされていた期間を含んでいる。通常営業ができなくなった時期に、100人近いスタッフを雇用した状態であることは困難だったに違いない。コロナ禍での休業が、これまで20年近くの間走り続けてきた彼らを立ち止まらせ、新たな考えに導く時間をもたらしたともいえるだろう。

飲食店を「持続可能」にするために

「ノーマに代表されるような高級飲食店をはじめとして、すべてのレストランの業務形態が持続不可能になりつつあるのは周知の事実。この世界的な問題を解決しなければ、食の未来はありません」と語るのは、大阪の3つ星レストラン「HAJIME」のシェフである米田肇さんだ。

米田さんはシェフ業のかたわら、飲食業に携わる団体をつなぐ団体(一般社団法人日本飲食団体連合会・食団連)の理事として、飲食店全体の問題点とその解決策について提言を行っている。飲食店が今後も「持続可能」であるためにはどうすればいいのだろうか。

「まずは価格を上げることですが、それで十分ではありません。そのうえで労働時間を減らし少しでも効率化を図るために、将来的には簡単な作業ができるAIを搭載したロボティクスの開発や導入など、テクノロジーを取り入れることも必要になってくるでしょう。

一方、文化として技術や精神性の継承も必要なことで、だからこそ私たちは今回のことをきっかけに、社会に今後どのようにレストランや職人のような産業を組み込んでいくかを議論していかなければなりません。具体的には、産業別の税制やベーシックインカムのようなシステムを取り入れ、人が働く場所を社会の一部として残すようにしていかなくてはいけないと思うのです」

ノーマの公式サイト「noma3.0」には「私たちの目標は、食の分野で画期的な仕事に専念する永続的な組織を作ること」とある。それは、従業員に正当な報酬を出していくために、レストラン営業だけではない、プラスアルファの部分を模索するという意味合いもあるのではないだろうか。

ノーマはこれまで、料理の独創性や先進性、また、レストランのあり方そのものでもその一挙手一投足が世界中で話題になってきた。この20年の世界の高級飲食店(ファインダイニング)を象徴する存在として、今回の閉店という決定もまた、私たちが飲食店の今後を考えるためのきっかけになるかもしれない。