コロナ禍、今だから考えるオーバーツーリズム 相互理解を動画で表現
(トラベルボイス 2021年2月5日)
https://special.sankei.com/f/life/article/20210205/0002.html

【ポイント】
関西観光本部がマナー啓蒙動画の「寺院編」「路地編」「商店街編」を公開している。
そして、マナーの悪い訪日客の行動も、実際には作法がわからなかったり、文化の違いに戸惑っている行動だったりすることもある。「まなざしの違いから相互理解を深めるきっかけにしてほしい」と監督のハナムラ准教授は話す。昨年末、観光映像祭「世界ベストツーリズム映像祭」で部門2位に輝いた作品だ。
2025年の「大阪・関西万博」には、再び世界中から観光客が訪れることが期待されており、「コロナ禍のこのタイミングで、オーバーツーリズム等に向き合いながら関西の観光戦略の立て直したい」と述べられている。

関西観光本部のHPより
●路地篇(英語):https://youtu.be/HWXDLowJ1cs (2分13秒)
●寺院篇(英語):https://youtu.be/XqN8ugo1zj4 (2分10秒)
●商店街篇(英語):https://youtu.be/opJW7vM3tVo (1分50秒)

【 内 容 】

関西観光本部が配信する動画「Spiritual KANSAI」の1シーン(同本部提供)

大阪・難波や京都市内を歩くと、ほんの1年前まで、インバウンド(訪日外国人客)でにぎわっていたのが嘘のようだ。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、人の世界規模での往来を制限し、右肩上がりの業績を誇っていた観光業界は冷や水を浴びせられた。ただ、このひたすら静かな時間が、インバウンド急増で浮上したオーバーツーリズムなどの課題の解消について考える期間になるという指摘もある。  

相互理解しながらマナーを啓発
寺院を訪れた訪日客が、静かにお祈りすべき堂内で飲食したり、大声で会話をしたり。また、撮影禁止エリアでの撮影や、飲料カップの放置などのマナー違反も目につく。
短編動画「Seeing Differently(シーイング ディファレントリー、違いを見つめる)」の一場面だ。
短編動画「Seeing Differently(シーイング ディファレントリー、違いを見つめる)」の一場面だ。
一見、マナーの悪い訪日客を描いた映像が続くが、「心の中をのぞいてみよう」という呼びかけにより映像が巻き戻されると、実際には作法がわからなかったり、文化の違いに戸惑っているだけだったりする外国人客らの心の声が映し出される。
コロナ禍が世界を覆う前の令和元年、国内では観光公害やオーバーツーリズムといった言葉がよく聞かれた。訪日客の急増に観光地では応対能力が限界に達し、地元の人たちの生活への影響も指摘されていた。
関西の自治体や経済団体などで作る観光振興団体、関西観光本部(大阪市北区)はこういった課題の解決を目指して、このマナー啓蒙(けいもう)動画を制作した。

他者に寛容な視点を
完成した動画は「寺院編」「路地編」「商店街編」の3編で成り立ち、それぞれのシーンで訪日客と地域住民のものの見かたの違いが浮き彫りになる。

動画の一部を加工しています

日本政府はこれまで、観光政策では年間訪日客の目標人数を2020年に4千万人、30年に6千万人と設定。急速な訪日客受け入れに観光地が戸惑っていたのは事実だ。
監督を務めた大阪府立大学大学院経済学研究科のハナムラチカヒロ准教授は「本当に訪日客が悪いのか、同じ出来事でも見かたが違えば、違う切り取り方ができるのではと考えた。まなざしの違いを描くことで相互理解を深めるきっかけにしてほしい」と話す。
同作は、日本語と英語の字幕も付き、世界中の人が見ることができる。コロナ禍で、各国の入国制限をはじめ、地域や職業などによる分断が進んだ世界に、「他者に寛容な視点を持つ」というメッセージも伝えた。昨年末、観光映像祭「世界ベストツーリズム映像祭」で部門2位に輝いた。

訪日客87%減の衝撃
日本政府観光局(JNTO)によると、新型コロナの感染拡大により、令和2年の年間訪日外国人旅行者は約410万人と、前年の約3200万人から約87%激減した。

ただ、関西では、2025年に大阪・関西万博の開催を控え、再び世界中から観光客が訪れることが期待されている。関西観光本部デジタルマーケティング室長の桑原宗久さんは「コロナ禍のこのタイミングで、オーバーツーリズムなどの課題に向き合いながら関西の観光戦略の立て直しを図る」と話す。
国内旅行の需要呼び起こしを進め、訪日客を再び受け入れるための調査も進めている。
例えば、昨年、在日外国人を対象に「海外旅行で体験したいもの」を調査したところ、最も関心が高かったのは文化観光で64・8%だった。このため、同本部はユーチューブチャンネルで「Spiritual(スピリチュアル) KANSAI」と題した禅や武士道、能などを紹介する動画を制作し、公開した。
桑原さんは「インバウンドが途絶えた時間を、訪日客の長期滞在や、一人当たりの支出額を増やしてもらう準備に使う前向きな時間にしたい」と話している。

オーバーツーリズム対策を
「関西は今後、高齢化が進み、経済規模も収縮していく。その中で、訪日客にお金を落としてもらうことは不可欠だ」と指摘するのはアジア太平洋研究所数量経済分析センターの稲田義久センター長だ。その訪日客を再び呼び込むためにも、オーバーツーリズムの解消が重要になる。
稲田さんは「一つの観光地を紹介するのではなく、関西全域を周遊できるツアーなどを提案することが重要」と提言する。歴史文化遺産に恵まれた関西は、テーマごとに各地を周遊することも可能だ。例えば、「城」をテーマに姫路城(兵庫県姫路市)から大阪城(大阪市中央区)、彦根城(滋賀県彦根市)を巡ったりする、付加価値の高い旅行が提案できるという。
同センターでは、GDP(国内総生産)がコロナ禍直前の令和元年12月レベルに戻るのは来年4~6月期、直近で最もGDPが高かった元年7~9月期レベルに戻るのは5年以降と分析する。稲田さんは、訪日客の回復も同時期の「2、3年後になる」とみる。
「急がば回れの戦略でこの1、2年間を良質な観光資源を蓄えるための訓練期間、助走期間と考えるべきだ。関西の旅行の裾野を広げ、旅行の質を安定化させられれば、コロナ収束時にインバウンドの満足度が高い旅行が提供できるのでは」と話している。