星野リゾートが「温泉旅館」で海外進出する真意  〜「30年で激変」日本文化に対する世界の理解
(東洋経済ONLINE 2022年12月27日)
https://toyokeizai.net/articles/-/636395?page=4

【ホッシーのつぶやき】
星野リゾートが「なぜ海外進出するのか。なぜ温泉旅館なのか」が良く分かる記事だ。今後の人口減少に伴い国内需要が減少する中で、日本の経済は落ちざるを得ない。10数年後を見据えると海外進出しかないと星野氏は言う。
温泉も「銭湯で下着を着用し湯船に入る」という問題も生じたが、今は外国人も裸で入るのが当たり前になった。これは文化の壁で、時間とともに解消されている。インバウンドが増え始めた当初、外国人(利用者)の嗜好に合わせた動きが多かったが、今は外国人に日本文化の奥深さを体験してもらう時代だ。良いものを伝えることにこそ需要があり、本質がある。

【 内 容 】

星野リゾートの今後の海外戦略や、なぜ「温泉旅館での海外進出」にこだわるのかなどについて、星野佳路代表に話を聞いた(撮影:尾形文繁)

コロナ禍による大きな影響を受けた旅行・宿泊業界の中にあって、星野リゾートの活発な動きが目立つ。海外市場に着目すると、同社は既オープンの4施設(バリ、台湾、ハワイ、中国)に続いて、2023年4月にはグアムに進出する。

さらに、その先の海外進出のステップとして、星野佳路代表は北米大陸市場に狙いを定めている。具体的には、「北米の大都市から3時間圏内で天然温泉が湧いている場所」(星野氏)という条件で出店先を探しており、施設の形態としては日本の温泉旅館のスタイルにこだわるという。

同社の今後の海外戦略や、なぜ「温泉旅館での海外進出」にこだわるのかなどについて、星野氏に話を聞いた。

人口減少に対する危機感

アメリカで2店目となるグアムの施設。「Onward Beach Resort Guam」をリニューアルし、2023年4月に「リゾナーレグアム」としてオープン予定(写真:星野リゾート)

星野リゾートの海外進出の状況を見ると、バリ(2017年1月)、台湾(2019年6月)、ハワイ(2020年1月)、中国(2021年4月)、グアム(2023年4月予定)と、コロナ下においてもコンスタントに海外出店を続けている(カッコ内は開業年月)。

このように海外進出を積極的に進める理由について星野氏は、日本の人口減少に対する強い危機感があるからだと言い、具体的には次のように話す。

「星野リゾートは今年で創業108年目の家族経営の企業だが、ファミリービジネスの経営者は、ビジネスをいかに良い状態で次世代に継承するかということを常に考えている。

こうした視点で見たとき、今から50年後、100年後を見据えると、人口減少にともなう国内需要の減少などから世界の中での日本の経済的なプレゼンスは落ちざるをえない。そうなれば、円だけでしか稼げない会社は、相対的に地位が沈むことになる。私たちがホテル業界の中で生き残っていくためには、必然的にドルやユーロなど外貨で稼げる運営会社にならざるをえず、そのためには海外に打って出るしかない」

加えて、ここ数年で旅行・宿泊業界は感染症の流行だけではなく、ゼロコロナのような外国政府の政策や、国際紛争、自然災害などによって旅行需要が大きく変動するリスクがあることを、身をもって体験した。経営資源を分散することは、こうしたリスクへの対策としても重要であるのは言うまでもない。

では、今後、北米大陸へ進出するにあたり、西洋式のホテルではなく日本の温泉旅館のスタイルで勝負するのはなぜなのか。この点を問うと、星野氏は自身がアメリカの大学院に留学していた頃の、ある経験から「海外に打って出るときに武器になるのは温泉旅館」だと思うようになったと言う。

「1980年代のバブル期に、日本のホテルチェーンがアメリカに進出したものの、残念ながら失敗して撤退した過去がある。その原因として『バブルの崩壊』ということが挙げられていたが、私が思うに、失敗の根本的な原因はほかにある。

当時、私はホテル経営を学ぶためにアメリカの大学院に留学していたが、多くの同級生たちから『日本人がアメリカに来て、なぜ西洋式のホテルを運営しているのか』という質問を受けた。つまり、欧米人から見れば、日本人が海外で西洋式のホテルを運営するというのは、日本人が海外で寿司を握るのではなくフランス料理をやっているのと同じなのであり、必ず『なぜ?』という疑問が湧く。もちろん悪いことではないが、心にスッと入らない」

このエピソードを踏まえて星野氏は、次のように分析する。

「私たち日本人は好むと好まざるとにかかわらず、世界に出るときには、どうしても日本文化というものを背負わざるをえない。そして、日本文化は、世界においてリスペクトされるべき重要な文化として認識されている。だから、日本人が海外に進出するときには、どこかで『日本らしさ』を出さないと彼らも納得しない。これは、マーケティング上、非常に重要な視点だ」

このような視点で見たとき、星野リゾートが西洋式のホテルではなく日本の温泉旅館でアメリカへ進出するのであれば、108年の歴史がある日本の旅館運営会社が、アメリカで温泉旅館の運営を始めたということで、当然のこととして理解されるだろう。また、日本人が日本式のサービスを提供しているのだから、「本物」のサービスが提供されていると彼らは認識し、満足してくれるはずとの読みがあるのだ。

日本の温泉文化は受け入れられるか

海外にも温泉に入る習慣がある国はあるものの、水着を着用して入るスタイルが一般的だ。だが、星野氏は北米に進出する際にも、「水着を着用せずに大浴場に浸かる日本の入浴スタイルは、そのまま踏襲しようと思っている」と言う。

果たして日本の温泉文化は欧米ですんなりと受け入れられるのだろうか。コロナ前、日本を訪れた外国人が、町の銭湯で下着を着用したまま湯船に入って問題になったことは、未だに記憶に新しい。

この疑問に対して星野氏は、「最初は文化の違いの壁にぶつかることはあると思う」としつつ、ここでも自身のアメリカ留学時の経験をもとに次のように分析する。

「アメリカに留学していた30年前、刺身を食べる私を見て大学院の同級生たちは、『日本人はローフィッシュ(生魚)を食べるのか!』と物珍しそうに見ていた。しかし、あれから30年が経ち、今では彼らはニューヨークで普通に寿司を食べている。この30年で、世界の日本文化に対する理解は、劇的に変化した。

ここで重要なのは、なぜ寿司が世界で受け入れられたのかということだ。それは、寿司に『本物さ』があったからだと思う。上質でヘルシーなものを食べたいという彼らの要求に応えられる本物であったからこそ、寿司は世界中に広まったのだ」

星野氏は温泉旅館に関しても、これと同じことが言えるとする。「湯治」という言葉があるように日本の温泉文化は、元々、ウェルネスの観点で非常に価値が高い。また、旅館に逗留して天然の温泉に浸かり、ヘルシーな日本食を食べながら、ゆったりとくつろぐスタイルは、海外のリゾートに求められている昨今のトレンドにも合致している。さらに、日本らしい建築、部屋やスタッフの衣装などのデザインを含め、日本旅館は“日本文化のテーマパーク”として、海外の人たちの興味を引くはずだというのだ。

「星のやグーグァン」では日本式の入浴スタイルを採用している(写真:星野リゾート)

なお、日本の温泉文化が海外で問題なく受け入れられている事例として、星野氏は2019年6月に台湾・台中市の温泉地グーグァンに出店した「星のやグーグァン」を挙げる。

「グーグァンの他社施設では水着を着用して温泉に入っているが、『星のやグーグァン』では日本式の入浴スタイルを採用している。同施設は台湾人の利用者が多く、彼らは日本の温泉文化を体験しに来ている。だから、私たちとしても本物の日本の温泉文化を提供すべきなのであり、そして、それは問題なく受け入れられている。『本物さ』があれば、海外でも支持されることを証明する事例だと思う」

国内では温泉旅館が減少

さて、ここで国内に目を向けると、とくに地方において旅館が減少しているというデータがある。観光庁の統計を見ると、全国の旅館の件数がこの30年で半減している一方で、ホテルは倍増している。これは旅館という営業スタイルが、インバウンドも含めて受け入れられていないことを示しているという見方もできないか。この点についての星野氏の考えは、次の通りだ。

「日本国内の年間約27.9兆円という巨大な旅行市場において、インバウンドはそのうちの約4.8兆円にすぎない(筆者注:2019年時点)。旅館の数が減っているのは、インバウンドに受け入れられているかどうかということよりも、むしろ日本人に受け入れられていないことに主な原因がある。

日本人の若年層、とくに若い女性が『田舎の鄙(ひな)びた温泉旅館は、なんとなく清潔ではない』と敬遠しているという傾向は、私が今の仕事を始めた30年前からすでに出はじめており、2011年に私たちが温泉旅館ブランドの『界』を立ち上げたときに行ったマーケティングのデータにも、はっきりと表れていた。『界』ブランドを立ち上げ、『王道なのに、あたらしい。』というコンセプトを打ち出し、温泉旅館の良い部分を維持しながらも変えるべきところは変えることにしたのには、日本人の温泉旅館離れを食い止めたいという意図があった」

なお、温泉旅館離れが進むほかの原因として、今も慣習として残っている「心づけ」などは煩わしいので、やめるべきだと星野氏は言う。日本で外資系のホテルに宿泊してもチップはとられない。余計な気遣いをせずに泊まれるホテルのほうが、ユーザーに好まれるのは当然であろう。

日本人の生活スタイルや価値観は、ここ数十年で大きく変化したのであり、温泉旅館の側もそれに合わせて変わっていかなければ、淘汰されてしまうということなのだ。

見習うべきはフランス

最後に、今後、海外に日本の温泉文化を正しく広めていくためには、どのようなことが必要かということについても考えてみたい。

これは海外旅行先で多くの人が経験することだと思うが、海外に行くと、本物の日本料理とは似ても似つかない「日本料理」に遭遇することが多々ある。温泉旅館が同じようにならないためにできることはあるだろうか。この質問に対して星野氏は、「見習うべきはフランスだ」と言う。

「フランスは褒めることによってフランス料理の王道を世界中に知らしめることに成功している。例えば、『ボキューズ・ドール』という国際的な料理コンクールを開催するなど、世界各地でフランス料理の普及に貢献している人に勲章を授与するといったことを通じて、『これが本物のフランス料理だ』と啓発している。

日本もこれと同じことを行えばいい。海外で本物の寿司を出している店に、日本政府から勲章やお墨付きの証明書を出してはどうだろうか。そうすれば、それを意識して王道を目指して仕事をする人は必ず出てくるし、その人たちの店が繁盛するといった好循環が生まれるかもしれない。また、お客さんの側も『この証明書が掲げられている店で出されているのが本物の寿司なのだ』と学ぶことができる。寿司店を例にしたが、温泉旅館にも、もちろん同じことが当てはまる」

さて、以上のような「日本の温泉旅館・温泉文化は世界に通用する」という星野氏の話を裏付けるような動きがあるので触れておきたい。星野リゾートが海外に日本旅館で進出するのとは逆方向の動きとして、海外の大手ホテルチェーンが日本国内で旅館を運営しようとしているのだ。具体的にはハイアットが2025年をメドに「ATONA(アトナ)」という新ブランドでの出店を目指している。

こうした双方向の動きが今後加速していけば、寿司やアニメと同じように、日本の温泉文化が世界に広く認知され、「日本の温泉旅館が、世界に誇るべき本物のホテルカテゴリーの1つとして認められる」(星野氏)という日が、近い将来、やってくるかもしれない。