脱観光・脱インバウンド コロナに負けない事業を作る
(やまとごころ 2020年9月3日)
https://www.yamatogokoro.jp/column/inbound-seminarreport/39698/
YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/watch?v=pVj0NThZOxM

【ポイント】
金沢で宿泊や体験ツアーなどを手掛けていた「(株)こはく」は、これまでの事業の延長のオンラインツアーには見切りをつけ、コロナ禍でも伸びるニッチかつ成長市場は食品ネット通販事業だとして「イチバのハコ」を立ち上げた。
「(株)こはく」のミッションは「地域の魅力発信」だ。新鮮な魚介や野菜が集まる近江町市場があり、加賀野菜というブランド力もある。金沢の食文化の魅力をお取り寄せで広める決断をしたという。
驚異的なのは、この通販事業を1ヶ月で立ち上げた点だ。これまでの勤務先や友人の力を借り、またボランティアで支援する「プロボノ」の応援も受けている。
これまで培った観光業のつながりから、金沢市観光協会のサイトに掲載やマスコミの応援も得ている。
土地ごとに独自の食文化があり、その魅力をストーリー性を持ってお客様に伝えれば、全国どこでも展開できると山田氏は語る。

【 概 要 】
長引くコロナ禍で客足が戻らない観光業では、ビジネスモデルの転換に迫られている。
ホテル客室をテレワーク用にしたり、体験ツアーをオンラインツアーとして配信するなど、既存の施設やコンテンツを活用した例が多いなか、まったく畑違いの食品ECサイトを立ち上げて新たな活路を見出した観光事業者がいる。
金沢を拠点に訪日客向け着地型体験ツアー事業などを手掛ける「株式会社こはく」の山田滋彦氏をお迎えし、たった1カ月で食品ネット通販事業「イチバのハコ」を立ち上げた経緯や、新規事業発想の原点を伺った。
現状から将来まで客観的に分析した山田氏の言葉には、不確実性が高い環境でも生き残るヒントが散りばめられている。

ニューノーマルを踏まえた中長期的な視点で事業を見直し
インバウンド比率が75~80%を占める日本文化体験ツアーや古民家宿泊施設を運営していた「こはく」は、多くの観光業者と同様、コロナ禍により予約はすべてキャンセルされ危機的状況に陥った。
そこで山田氏は、インバウンド観光に依存していた事業の抜本的な見直しを決断する。これまでの勝ち筋である特定市場へのリソースの集中、資産保有にこだわらず、ニューノーマルを踏まえた中長期的な視点で勝ち筋を再定義した。これからは「資産を抱え過ぎず、初期投資が不要なサービス」を活用してライトな事業体質とすること、必要に応じた社外との連携をより積極的に活用することを据えた。

脱観光・脱インバウンドでも企業のミッション「地域の魅力発信」は変えない
各種統計やwebメディア、書籍などで情報を収集・分析しながら、資産や在庫を極力持たずにコロナ禍でも伸びるニッチかつ成長市場を探した。目を付けたのが国内食品ECだった。通販は一般的に初期コストがかかるが、単一商品に絞った。小規模通販モデルであれば初期投資が少なく済む。食品通販市場は約4兆円規模とそもそも大きく、直近5年の年平均成長率が3.6%だった。さらに”国内食品のEC化は2018年で2.6%”に過ぎず、今後成長の余地が大きいといえる。コロナ禍により非接触で完結できるEC需要はますます高まる。新規事業候補としてオンラインツアーも候補にあったが、日本人は外国人に比べ、体験コンテンツに高いお金は払わない傾向があり、食のほうがお金を使うだろうと判断した。
しかも金沢には近江町市場という新鮮な魚介や野菜が集まる有名市場が存在し、加賀野菜というブランド力もある。金沢の食文化の魅力をお取り寄せで広める。たとえ、観光以外の事業だとしても自社のミッションである「地方の魅力を世界に発信する」が実現できれば、取り組む価値があると思ったという。

新型コロナの影響で、近江町市場の取引先の外食や観光業界は壊滅的な状況のなか、市場の商店の経営は危機的状況だった

自社の強みを生かして先行する競合他社との差別化を図る
近江町市場の旬の魚や加賀野菜を詰め合わせた「イチバのハコ」では、注文を受けてから商品を用意する。在庫を持たないことでリスクを回避する。また、単一商品の通販は初期投資が少ないが、参入しやすく競争が激しい。既に多くの食品通販サイトが存在するなか、「こはく」らしさを出すために「ストーリー性」「提案力」「デザイン力」で差別化を図った。
市場の人や生産者の想いを取材し自社メディアで発信した。地元在住者によるレシピを同封し、料理の楽しさを提案、顧客の75%が女性であることを意識したロゴ、パッケージデザインで統一した。

短期間かつ低コストで事業を立ち上げるコツ
宿泊と体験ツアーを提供する観光事業者が、まったく畑違いの食品EC事業を、たった1カ月で立ち上げることができたポイントを2つ挙げた。
1つ目は、他社のホームページ制作無料ツールを導入して内製化で作ったこと。ECサイトは、イスラエルのWix(ウィックス)を使い、山田氏自身がデザイン以外のほぼすべてを制作した。
2つ目は、完成度60点で走り出したこと。高い完成度を求めていては時間がかかり過ぎる。60点くらいの段階で、周りの知人やメディア関係者にテストしてもらい、フィードバックを得ながら完成度を高めたと話す。

観光業で培ったネットワークを活かしてメディア露出に成功
新規事業を立ち上げても、お客様に知ってもらわないことには始まらない。そこで最も力を入れたのがPRだ。コストをかけずにメディアに露出するために、なぜ、今のコロナ禍で観光事業者がお取り寄せサイトをやるのかについて、社会性、新規性を感じられるストーリーで訴えた。
地元金沢に密着して体験ツアーをやってきたネットワークをフル活用して、金沢市観光協会の公式サイトや地元の北國新聞、全国の地方新聞社が厳選するお取り寄せサイト47clubにも掲載してもらった。その結果、立ち上げ3カ月でNHKを始め新聞、雑誌など15社以上のメディアに掲載され、一気に知名度が上がった。

新規事業継続のためには顧客のコミュニティ化が必須
「イチバのハコ」立ち上げから3か月、主力であった体験事業の昨年売上の50%程度まで成長した。しかし、直近の7~8月は少し伸び悩んだという。今後継続していくためには、顧客のコミュニティ化が課題だという。利用者は地元在住者や地元にゆかりがある県外客が約8割を占める。これらの顧客の購買データを分析し、今後マーケティングを強化していく。
もう一つの課題、人手不足については、過去勤務していた豊田通商(株)労働組合と連携したプロボノ活動利用することでカバーした。現在、20~30代の物流、金属、広報等の様々な部署に所属する8名が参加し、リモートワークで「イチバのハコ」のプロモーション等3つのプロジェクトをスタートさせている。

既存事業と連携を強め、相乗効果を狙う
今後の事業展開として考えるのが、体験、宿泊、ECを連携させながら伸ばしていくこと。
体験では、もともと「こはく」の人気ツアーだった近江町市場ツアーのオンライン化を検討している。非公開の場所が見られたり、市場で働く人と双方向で対話できたり、その場でECでお取り寄せできるといったオンラインだからこそできる付加価値を組み込む。
宿泊では国内客向け宿泊プランの多様化。ECでは記念日やイベントに合わせた商品造成でラインナップを増やす予定だ。宿泊中に「イチバのハコ」の食材を試してもらい、宿泊とECの連携も強化していく。

最後に山田氏は「新規事業をやろうと決意できた一番の原動力は、地元や観光業界の応援だった」と語る。土地ごとに独自の食文化がある。その魅力をストーリー性を持ってお客様に伝えるができれば、「イチバのハコ」のような取り組みは、全国どこでも可能だとメッセージを送った。