「乗客1000人未満」でローカル線を廃止? 存廃議論「国は積極的に関与すべき」
(ITmediaビジネス 2022年8月6日)
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2208/06/news023.html

【ホッシーのつぶやき】
長文ですが赤字ローカル線問題がよく理解できるレポートだ。
赤字ローカル線だけの議論にとどまらない「人口減少時代に相応しい、地域公共交通を再構築」するための話し合いを始めなくてはならない段階にきている。
国土交通省が2022年7月25日に発表した「地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言」は地域交通問題の教科書だという。JR東が鳴子温泉~最上間「100円稼ぐために2万2149円かかる」と公表した。
これまで鉄道会社、自治体、国の話し合いは、①鉄道会社:赤字だから廃止したい、自治体:鉄道を維持してほしい、国:地域と鉄道会社で話し合いなさい、②鉄道会社:せめて公共交通事業者の責任を果たしたいからバスにしたい、③鉄道会社:どうしても鉄道をというなら、自治体の支援がほしい、④鉄道会社:上下分離で負担軽減できるなら運行を継続したい、自治体:上下分離なら国の支援制度を利用できそう。今後も運行継続できる施策を考えましょう。国:それならちょっとくらいはお金を出しても良いよという流れだという。

【 内 容 】
先週は新聞やテレビなど多くの報道機関で「乗客1000人未満のローカル線は存廃論議」などと報じられた。これは国土交通省が2022年7月25日に発表した「地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言」がきっかけだ。

 くしくも3日後の7月28日にJR東日本が「ご利用の少ない線区の経営情報を開示します」として、2000人/日未満の線区の経営情報を公開した。いままでは平均通過人員のみ開示し「これだけ利用者が少ないんですよ」にとどめていたけれど、今回は「収支(これだけ赤字です)」「営業係数(100円の収入を得るためにこれだけ費用がかかります)」「収支率(費用に対して収入はこれだけです)」が示された。

国土交通省が発表した「地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言」。断片的な報道より、原典で真意を読み取ってほしい
まずは「1000人/日未満の路線から」

 「利用者が少ない」は先刻承知。そこに具体的な金額が示されたから、赤字金額の多さに驚く人が多かった。特に営業係数において、陸羽東線のうち鳴子温泉~最上間は「100円稼ぐために2万2149円かかる」。久留里線のうち久留里~上総亀山間は「100円稼ぐために1万7074円かかる」。具体的な数字を出されると、自分の財布を握りしめて震えてしまいそうだ。

 しかも久留里線は千葉県だ。東京の近所といえそうな路線が大赤字である。これには驚く人も多かっただろう。特にテレビのニュースは「事実を伝えて視聴者をビックリさせたい」が主旨のようだから、格好のネタだった。

 ある朝のニュースショーを見たら「日中は乗降客がいません。夕方は駅に人がいましたが、SL列車を撮影するだけでした」と、いかにも「乗客がいない」をアピールしていた。SLを見て磐越西線だと分かったけれども、SLが走るといえば土休日だ。地方ローカル線の主な役割は平日朝の通学輸送だから、曜日も時間帯も外しておいて「乗客がいない」はひどい。これでは「あんな路線はいらないよね」という印象を持たれてしまう。

 本連載の読者には承前の話だけれど、そもそも「乗客1000人未満」という見出しもかなり乱暴な話だ。正しくは「平均通過人員が1000人/日未満」である。「1年間の集計で1日に1キロメートル当たり何人の乗客がいたか」という数字で、乗客の総数ではない。これは複数の路線の営業成績を比較するための指標で、あえて例えれば「学力偏差値」である。

 5教科の総合偏差値が低ければ学力が低い。しかし偏差値の低い子だって得意科目はある。理科や国語など1教科は飛び抜けて好成績かもしれないし、美術や体育は算入対象外だ。それはローカル線の地域ごとの役割に通じる。「平均通過人員」が分かりにくいからこそ、具体的な赤字金額の報道が注目された。

「存廃論議には応じない」という自治体の「悪手」

 これまでローカル線の論議は「平均通過人員2000人/日未満」からスタートしていた。JR北海道は16年11月に「当社単独では維持することが困難な線区」として「2000人/日未満」を掲げ、JR西日本も20年4月に「ローカル線に関する課題認識と情報開示について」として、2000人/日未満を対象とした。JR四国も開示資料で2000人/日未満を赤線で示した。JR九州も2000人/日未満を線区別収支の開示対象としている。そして今回、JR東日本も同じ数値を基準としている。

 この2000人/日未満という数字の根拠は、1980年の国鉄再建法にさかのぼる。鉄道路線を平均通過人員(輸送密度ともいう)などで分類し、利用者の少ない路線をバスに転換する。輸送密度については、本連載で過去に説明しているので、参考にしてほしい。

 対象は83線区で、このうち第1次廃止対象線区と第2次廃止対象線区の基準が2000人/日未満だ。第3次廃止対象線区は4000人/日未満だった。なお、代替道路がないという理由で対象から外れた線区もある。

 これらの路線をすべて処理しても国鉄再建のメドが立たず、というより、それだけでは焼け石に水のような累積赤字だったけれども、次に国鉄分割民営化が検討され、JRグループが発足した。つまり当時、JR各社の発足時は、廃止対象外だった路線を除き、4000人/日未満の線区がないという建前だった。

 しかしその後、地方路線の人口減少が進み、国鉄時代の廃止対象レベルまで平均通過人員が落ち込んだ。民間企業、上場企業でもあり、赤字事業の放置はできない。そこで、過去にバス転換の対象として使われた「平均通過人員2000/人」に注目した。

 JRが「沿線自治体に今後の運営を相談したい」という事情は「乗客減は主に沿線の人口減少が理由であり、JRだけの問題ではない」と考えているからだ。「廃止したい」ではなく「相談したい」という態度は、JRが発足したときの大臣指針「路線の適切な維持、仮に路線を廃止しようとするときも、国鉄改革の実施後の輸送需要の動向等を関係自治体等に対して十分に説明すること」を求められたから。理解を得るまで廃止届を提出できない。理解を得るため、公共交通を担う責任を果たすため「バス転換」で運行継続を提案する。

 しかし、報道などで「2000人/日未満で相談」が先走りしてしまい、「2000人/日で足切り」という認知が広まってしまった。こうなると、JRから「この路線は2000日/未満になりました」と宣告された沿線自治体は「鉄道を続けたいなら金を出せ、出せないならバス転換を容認しろ」と受け取ってしまう。

 いままでもいくつかのローカル線で「話し合いに応じればお金とバスの話になる。だから話し合いには応じない」という態度が見られた。しかしこれは悪手だ。結論を先延ばしにすれば時間切れ。JRは大臣指針「十分に説明すること」を満たしているから廃止届けを出せる。では沿線自治体はどうすべきか。話し合いの場で「沿線にとって鉄道がどれだけ必要なものか、今後、どのような形で営業成績に貢献できるか」を説明すべきだ。

 必要な物を手に入れたいなら、取りに行くべきだ。待っているだけでは解決できない。

18年に廃止されたJR西日本の三江線。JR発足後、初めて全長100キロメートル以上の路線が廃止された。沿線自治体からの廃止反対の思いは通じなかった

2000人未満が1000人未満になった意味

 この状況を踏まえて、国土交通省は「1000人/日未満」という新たな指標を発表した。これはどういう意味があるか。断片的な報道だけでは「いよいよ1000人/日未満を廃止する方向か」「1000人/日以上2000人/日未満は存廃対象から外れた」と受け止められてしまう。どちらも正しくない。

 国土交通省が発表した文書「地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言」は、A4版70ページ、表紙などを除いて66ページ。本編は44ページ、資料編22ページという長大な資料だ。とりまとめは国土交通省が招致した有識者による「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」が行なった。22年2月から同年7月まで5回にわたり開催された。半年も経たずに提言が出された。緊急性の高い案件といえる。

 このなかで「1000人/日未満」という文言は31ページにある。

 当面は、対象線区における平常時の輸送密度が1000人(国鉄再建特措法に基づく旧国鉄のバス転換の基準4000人の4分の1の水準)を下回っていること(ただし、利用状況を精査した結果、隣接する駅の間のいずれかの区間において一方向に係る1時間当たりの最大旅客輸送人員が500人(大型バス(50人乗り)10台以上の需要に相当)以上の場合を除く)を一つの目安としつつ、より厳しい状況にある線区から優先順位を付けながら総合的に判断)
 さらに39ページに「地域の実情に対応した新たな輸送サービスの導入に関する支援メニュー(例)」と題して、バス転換を支援するような文言が続く。「BRTに関する法的適用関係の整理、導入手続きの簡素化」「利用者ニーズにマッチしたBRT・バスの円滑な導入を支援」「鉄道と同等またはそれ以上の利便性と持続可能性を確保するために必要となる追加的な投資(略)への支援」「自治体と協力してバス事業に対する運行費補助等の支援制度を適用」となっている。

 新聞やテレビが簡潔にまとめようとすれば、このような部分だけを拾う。ここだけを見れば「1000人未満は存廃論議」という見出しをつけるしかない。その結果、短絡的で、数字を出せば耳目を集められるという報道になる。そんなことをいえばこの記事もそうなのだが。もう少し丁寧に紹介していきたい。

提言の本意は「国がちゃんと関わりなさい」
 この提言で最も重要な部分はどこか。実は31ページの「1000人/日未満」のくだりの前段にこう記されている。

 国の主体的な関与により、都道府県を含む沿線自治体、鉄道事業者等の関係者からなる協議会(特定線区再構築協議会(仮称))を設置し、「廃止ありき」「存続ありき」といった前提を置かずに協議する枠組みを創設することが適当である。
 「国の主体的な関与により」ここだ。国の積極的な関与を求めている。これはローカル線に対する政策の大転換を促す文言で、全44ページの中で最も重い。

 いままでのローカル線問題をざっくり説明すると、こんな流れだった。

【第1段階】
• 鉄道会社:赤字だから廃止したい
• 沿線自治体:鉄道を維持してほしい
• 国:地域と鉄道会社で話し合いなさい
【第2段階】
• 鉄道会社:せめて公共交通事業者の責任を果たしたいからバスにしたい
• 沿線自治体:バスはもうある。鉄道を維持してほしい
• 国:地域と鉄道会社で話し合いなさい
【第3段階】
• 鉄道会社:どうしても鉄道をというなら、自治体の支援がほしい
• 沿線自治体:そんなお金はない
• 国:地域と鉄道会社で話し合いなさい
【第4段階】
• 鉄道会社:上下分離で負担軽減できるなら運行を継続したい
• 沿線自治体:上下分離なら国の支援制度を利用できそう。今後も運行継続できる施策を考えましょう
• 国:それならちょっとくらいはお金を出しても良いよ

 国は一貫して傍観者という構えだ。それは交通政策基本法と、法に準拠してまとめられた「交通政策白書」にも表れている。「鉄道は新幹線と都市輸送、地方は最適な交通手段を検討」という流れ。鉄道需要に見合ったコストではない、という考えだろう。

 提言でも「国の主体的な関与が必要な場合もあるが、現在の地域公共交通活性化再生法において国の関与は『必要な助言』にとどまっている」と指摘している。

 なお、北海道は事情が異なる。上記の3者で都府県は沿線自治体に含まれるけれど、北海道は国の立場と同じ。JR北海道に対して北海道庁の支援が消極的で、北海道新幹線の並行在来線問題でも道庁は関与せず、JR北海道と沿線自治体に丸投げしている。これは北海道庁が悪いというより、制度に不備がある。北海道は道路を選択するしかない。

 なぜなら鉄道と平行する道路は国が「北海道開発予算」で一括して面倒を見てくれるから。令和4年度の北海道開発予算は5702億2800万円。うち道路関係予算は2180億3800万円。総額の約4割だ。

 ちなみにJR北海道の22年3月期の区間別収支の合計は790億円の赤字である。道路のぶんをちょっとだけ鉄道に回してもらってもいいじゃないか、と思う。北海道開発予算も国土交通省の管轄だ。建設省と運輸省だった時代からタテワリ行政が続いているのだろうか。

 話がそれてしまったけれども、提言にはJR北海道の事情も加味してほしかった。

 提言の37ページには、ローカル線再構築における「国の支援の在り方」の「入口段階」として「鉄道特性を評価するため必要な資料、データの分析を実施する費用の支援、実証事業の経費と規制緩和など制度の支援」が書かれている。出口段階には「地域戦略と利用者の視点に立った鉄道の徹底的な活用と競争力の回復」、または「BRT・バス等を導入し、運営経費を削減しつつ、増便、ルート変更、バス停の新設等により鉄道と同等またはそれ以上の利便性を実現していく」とある。

 そして決定的な文章はここ。
 「国は制度面での支援を行うほか、関係部局の予算を総動員して、再構築に必要な経費を財政面で支援すべきである」。そのために「鉄道運賃に関する協議運賃制度」「鉄道事業者が関与する特定BRT制度の導入」を提言する。
 「関係部局の予算を総動員して」に「国が傍観者でいることを許さない」という強い意思を感じる。

提言では国が主体となり、鉄道事業者や自治体からの要請で「特定線区再構築協議会(仮称)」を設置することを提案している(出典:国土交通省、地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言)

「沿線自治体は逃げないでください」

 提言は末尾の42ページで「国土交通省を中心に、本検討会の提言の内容を実現するために、新たな制度的枠組みの整備や必要な予算等の確保、推進体制の在り方等の検討を本格化していくことを求めたい」とし、国に対して真摯(しんし)な対応を求めるとともに、沿線自治体に対しても「受け身であること」を許さない。

 18ページでは沿線自治体に対して

 JRのローカル線に対し、JRの内部補助によりローカル線区が支えられてきた、という実態があり、沿線自治体が主体的に取り組む対象ではないとの認識が定着しており、地域鉄道、バス等と異なり、これまで多くの沿線自治体にとって財政支援を含め、自分事として捉える対象とはされてこなかった。
 と指摘。また28ページでは

 単なる現状維持ではなく、真に地域の発展に貢献し、利用者から感謝され、利用してもらえる、人口減少時代に相応しい、コンパクトでしなやかな地域公共交通に再構築していくことが必要である。その際には、国・地方自治体・交通事業者が上記の役割分担を踏まえて、協力・協働しながら取り組んでいくことが不可欠である。
 と、鉄道の活用に対する積極的な関与を促している。

 まとめの42ページにはこうある。

 この新たな仕組みは、「ローカル鉄道の存続ありき」が大前提とされ自己目的化するような文脈で活用されてはならない。定住人口や交流人口の増加を通じて、魅力ある、持続可能性の高いまちづくりを実現していく中で、ローカル鉄道、あるいはこれに代わる新たな輸送モードをどう位置づけ、どう生かしていくか、それによってどのように地域モビリティを人口減少時代に合ったものに刷新していくか、各地域の戦略的思考が試されており、まさに「がんばっている地域」を応援する文脈で活用されるべきである。
 「この新たな取り組み」は、提言で「特定線区再構築協議会」と仮称しているものだ。国が積極的に関与し、沿線自治体がまちづくりを含めた乗客増に取り組むなかで、鉄道事業者とともに最適な交通モードを選択するための協議会である。

 ここまで読み取れば、この提言が一部の報道のように「1000人/日未満でローカル線の存廃を足切り」していないことが分かる。線区ごとに、丁寧に「鉄道を生かすか、殺すか」を考えていくべきという話だ。

近江鉄道は上下分離方式で再生が決まった。鉄道がある場合とない場合の社会的費用を試算し、鉄道があるほうが地域の総コストが低いと確認された(出典:国土交通省、地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言)

 ローカル線問題、地方交通、活性化などに関心のある方はぜひ、提言の本文を読んでほしい。国鉄時代のローカル線問題の解説から始まり、現状の認識、進むべき道。すべてここにある。鉄道会社、国、沿線自治体の責任を明確化しつつ、適切な役割分担を示した。鉄道にとどまらず、自家用車有償交通なども触れており、幅広い見地がある。

 この提言は「新しい地域交通問題の教科書」だ。

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。