エリアセッション:全国
「これからの日本の観光政策のあり方」
(インバウンドサミット2021 2021年6月19日)
https://www.youtube.com/watch?v=Gp5eMJ0LxKQ&t=9s

・山田 桂一郎 – 観光カリスマ JTIC.SWISS代表
 内閣府・国土交通省・農林水産省認定「観光カリスマ」
 内閣府官房 クールジャパン地域プロデューサー、内閣府官房 地域活性化伝道師
 総務省地域力創造アドバイザー、環境省 環境カウンセラー
・五十嵐 徹人 – 国土交通省 観光庁・審議官
        https://www.mlit.go.jp/kankocho/
・ロス・フィンドレー – NAC ニセコアドベンチャーセンター 代表取締役
        https://www.nacadventures.jp

【ホッシーのつぶやき】
このセッションで、改めて感じたのは『基本』ということでした。
・観光に関心のある人は、観光の中から世界を見ていますが、世の中には観光と違う立場の人が大勢おられる。そして地域により選択するものが違う。
・助成制度はあるが、借金が増えるだけなので、新しい企画をやる力が地域や企業に無い。
・インバウンドは、世の中にまだ良く知られてない。
・総理がよく言われるのは、「我が国の産業構造が変わる中、国の富を作るという重要な柱に観光産業を位置付けた」 という言葉でした。五十嵐審議官からお聞きして改めて認識しました。
私は元大阪市職員でしたが、配属先に合わせて「消防白書」「通信白書」「情報通信白書」「交通白書」などで勉強しました。国のマクロな情報から、地域との違いの基礎を学び、国が目指すべき道を読んで、時にはワクワクする気持ちで読みました。皆さんも「観光白書」を紐解かれてはいかがでしょうか。

山田:JTICスイスの山田でございます。普段はスイスのツェルマットを拠点に、日本の地域振興のお手伝いをしております。コロナ禍で移動制限がありますが、日本に来ると北海道から沖縄まで様々な地域で活動しております。皆様にも自己紹介から始めていただきたいと思います。

五十嵐:観光庁で審議官をしております五十嵐でございます。今日はよろしくお願いします。

ロス:僕はロス・フィンドレーと言います。1989年にオーストラリアから日本に来て、スキーのインストラクターをし、ニセコの素晴らしい自然環境を活かしたスポーツで仕事をしたいと思い、1995年に「ニセコアドベンチャーセンター」という会社を始めました。しかしニセコは、冬はスキーを初めとするウィンタースポーツを楽しめますが、夏はレジャーが無いので、キッカケがないと誰も来ないと思い、ラフティング会社「NAC」を1996年に作りました。すると「このようなアクティビティが欲しかった」と人が集まるようになり、2001年頃から外国人がどんどん集まるようになりました。しかし今はコロナで、スキー場も閑散としています。

山田:ロスさんと私は二人とも観光カリスマです。選定されてから10年以上たっていますが、ロスさんも国や北海道、市町村の観光政策にも関わっておられます。
今日は“観光政策”がテーマなので、非常に硬い印象がありますが、五十嵐審議官から口火を切っていただいて、今の政府もしくは観光庁が考える政策を説明していただきたいと思います。

五十嵐:先週、「観光白書」が閣議決定されました。これは法律に基づいて国会に報告することになっており、世の中にも公表されます。今年は200ページを超える大作で、観光統計を使った分析から、新型コロナが観光に与えた影響について分析し、観光業の体質強化や、地域再生の取り組みもまとめております。

観光白書(概要版):https://www.mlit.go.jp/common/001408385.pdf

コロナ感染症対策で、人の動きを止めると言う究極の対策を1年以上取り続けているので、マーケットが消えてしまう状況にありますが、オリンピックも始まる状況ですし、ワクチン接種も進んできたので、ちょっとトンネルの先が見えてきたかなぁと思っています。
コロナでは、先ずは事業者の方に何とか耐えていただいて、廃業しないでいただきたいことと、雇用の維持を図っていただきたいというのが大きな柱の一点目です。持続化給付金もありましたし、第2弾第3弾の緊急事態宣言を受けての一時金もご用意し、政府系金融機関が中心ですが、実質無利子無担保融資も、当初3年間実質無利子という利子補給とセットで、最長5年間元本据え置きという制度もできましたので、キャッシュフローに苦しんでおられる事業者には相当に効いているとお聞きしています。
「雇用調整助成金」は、業況が悪くなった時、急に解雇するのではなく整理縮小を前提とした出向とかを活用しながら、給与が大幅に減らないようにする制度です。一定の要件はありますが10/10ですので、インバウンド再開時を考え、社員のスキル、IT、語学、おもてなしの学習に活用して頂きたいと思っております。
2つ目は需要喚起策の「Go To トラベル」です。これは台湾やタイでニュースにも取り上げられましたが、所得制限無しに1泊最大2万円50%助成は、世界的に見ても類を見ないものです。この政策は手放しで旅行していただくだけではなく、旅行者、事業者、観光地域の飲食やお土産の方全員に感染防止対策をしてもらうという趣旨もあって実施したのですが、年末以降の感染状況悪化に伴い、一時中止になりましたが、業界が一息つくのには大きく役に立ったかなと思っています。県内だけを旅行するマイクロツーリズムは、自治体が主体となった割引助成制度ですが、この原資も国が助成する政策を設けました。
これらにアフターコロナも含めたプランを、昨年の12月に「感染拡大防止と観光需要回復のための政策プラン」というパッケージにして、「Go To トラベル」で合計予算2兆円近くになりました。
施策の柱は5つあり、1点目は今お話しした「Go To トラベル」の延長です。
2点目はホテル・旅館、観光地域の再生の補正で500億円超となっています。1990年代までの団体旅行に合わせて建設し、その後、廃墟になっている廃墟物件を撤去して街を再生する事業に1/2補助する制度を作りました。全国で100か所程度採択し、その内40カ所程度は廃墟物件の撤去とセットになっています。これは旅館単体を再生するというのではなく、観光地域全体を再生して魅力アップしていくということで、1歩踏み込んだ支援となっています。
3点目は、国内外の観光客を引きつけるコンテンツの充実。これは長期滞在や自然環境を使ったコンテンツ、伝統的な文化行事、アドベンチャーツーリズムなどを磨きあげるための助成です。
4点目は、観光地の受け入れ環境の整備。WiFi整備、バリアフリーも引き続きやっていくものです。
5点目は、国内外の感染状況を見極めた上で、インバウンドの段階的復活ということで、安全な国、感染が落ち着いている国から、小規模で管理型のグループ旅行をモニター的に来ていただいて、問題が無いことを実証するものです。これは、海外マーケットから日本は安全に旅行ができるという観点と、受け入れ地域の不安を解消するもので、インバウンド観光をスムーズに再開するための柱です。
そういう意味では「Go To トラベル」の2兆円も含めて、総額で4桁という驚くべき規模の予算です。総理がよく言われるのは、「我が国の産業構造が変わる中で、国の富を作るという重要な柱に観光産業を位置付けた」ということです。そして大都市中心ではなく地方創生につながると政府は強く思っているので、こういう金額のラインアップになったと思っています。

山田:「観光白書」は、観光庁のホームページから見ることができます。これまでも「国は何を考えているのかよく分からない」と言われる方が多いのですが、「観光白書」にしっかり書かれていますので、是非、目を通していただきたいと思います。

ロス:今はニセコにお客さんがいません。5月、6月の修学旅行は全滅でした。ほとんどの修学旅行が延期となり、コロナが邪魔しなければ8月後半から10月まで、毎日、修学旅行生が入って、アドベンチャーをやることになります。
国の制度には本当に感謝しています。それが無かったら生き残れないです。ただ、これから自分が苦労するのは、次の企画ができないことです。国からの支援は、返済は後でいいと言われますが、どんどん借金が増えるだけで、新しい企画をやる力が会社に無いからです。次、どうすれば良いのか分からないのが、一番の悩みです。

山田:今は緊急事態で、スタートダッシュを切りたくても体力が無いという話ですが、観光庁以外でも政策的に考えられていると思うのですが、いかがでしょうか?

五十嵐:資金の流動性だけのものは一時金のものと政策金融だけです。それ以外では、街の再生、観光地の再生というのは、補助率や金額が大きくなくて、アフターコロナに向けての事業なのですが、例年に比べるとボリュームは増えてはいますので、それをうまく使っていただきたいと思います。ここから先は観光庁の公的見解ではなく、私の個人意見ですが、金融機関における観光産業に対する目利き能力の無さが解消されないと、ロスさんが話された内容は解決しないと思います。
旅館業だけは、土地建物があるので担保価値までは社内を説得できるのですが、インバウンドは、世の中にまだ良く知られてないので、与信力で難しいと思います。金融制度は、商工中金とか政策金融公庫を中心に進められており、投資案件は少ないですが、観光に特化したファンドも作られています。

山田:五十嵐さんの本音が出てきたので、もう少し突っ込んで聞きたいところですが、ロスさんの「借りたはいいけど、どうやって返す」のという気持ちもよく分かります。
国も補助金だけでなく、自己負担の無い10/10の実証事業も多いので、こういうものを地域で取り組んで、将来の可能性を開け広げていくのは大事だと思います。ロスさんは地元の金融機関や地元企業の連携で考えていることはありますでしょうか?

ロス:会社ではいろいろ企画はありますが、今は手を出す力はありません。マーケットがもう少し回復して、もう少し時間が経たないと見えてきません。お客さんが喜ぶコンテンツについては、これから先も頑張って作っていきたいと思います。

山田:今日のセッションは五十嵐さんの他にも多くの観光庁の方も聞いておられるので、現場が抱えている課題を認識していただいて、今後、意見を取り入れていただければと思います。
五十嵐さん、国の観光政策を都道府県や市町村が受け止める時、自分たちの政策に落とし込みきれていないという感じがするのですが、この辺はいいかがでしょうか?

五十嵐:例えば、「地域観光事業支援」という形で、制度的には自治体で助成制度を作って、原資は国からお渡ししますというものも用意しており、いろいろな機会に説明会を開いているので、都道府県の観光セクションとは連携ができていると思います。
ただ、国のお金でも民間のお金でも、熱意を持っている人に伝わるかという問題があって、現場の方と公的セクターの方とが、どのようにコミュニケーションを取るかの問題があります。
観光産業でも宿泊業のようにコミュニケーションを上手に取られる業態もあって、そのような業態は十二分に活用されています。コンテンツを売られている方、小売している旅行エージェントみたいな所はあまり活用されていないので、コミュニケーションの密度が足りないと、活用してもらえていない面もあると思います。
観光庁の公的意見でなくて私個人的見解として申し上げると、市町村も都道府県も、地域に住んでいる方が喜ぶことには反応します。僕らや、シンポジウムを見ている人は観光の中から世界を見ていますが、自治体や財務省は、お金を中心に見ているので、キラッと光るものでないとお金を出しません。
お金を持っている人にどのようにPRしていくか、良い関係を作っていくかということが大事だと思います。
観光庁と自治体が共に育っていくため職員派遣制度というものがあります。自治体から観光庁に来ていただいて、国がどのようにしてお金を配るのかを見てもらい、観光カリスマの研修を受けてもらって、2年後とかに自治体に帰った時、学んだノウハウを地域の事業者に出していただくというようなキッカケを作る以外に無いと思います。観光庁が出来て10年ですが、産業政策として育つのはもう少し時間がかかるのは仕方がないと思います。

山田:政府と都道府県、市町村の間には、予算だけでなく、総合計画、総合戦略、もしくは自治体の観光振興計画とか基本計画と合致していないのではないかと思っています。国の目指す方針の捉え方が違っていたり、自分たちが勝手に決めてしまう所もあると思うのです。訪日外国人数6000万人、消費額15兆円にしても、都道府県がどれだけ負担しなければならないのか、市町村はどれだけ経済効果を上げなければならないのか、この辺が因数分解できる形になっていないように感じますが、五十嵐さんはどのようにお考えでしょうか?

五十嵐:全くリングしていません。義務的な政策じゃないので、国としては目標を立てますが、国全体として維持すればいいのであって、資金と制度を作ってもそれで出来上がるものではありません。企業経営だと、積み上がった数字が、因数分解されて数字が出ると思いますが、自治体には、自治体の選択もあるし、地域に住んでいる人がどういう生活をしたいかの話なのです。
日本の観光産業でやらないといけない1つは「ICTの活用の遅れ」で、2つ目が「人材」です。世界的ブッキング会社は、ICTに投資をしないと世界的なサービス産業で勝てないという意識があり、ICT技術者を2000万円3000万円という金額で引っ張ってきます。ICTに詳しい人材も必要ですが、観光産業でどうしたら儲かるのかを考える人材が求められます。
観光庁の公的意見でなくて私個人的見解として申し上げると、従来、日本人が得意にしてきた、良い品質のものを作って安く売るのが美徳とか、堅いメンバーシップ制の雇用をするのが立派な経営者というようなことでは、多分、観光産業を高付加価値化できないのです。日本のモノづくり産業は、コストダウンで生産性を上げるという時代を経て、知らない間に高付加価値のものしか作らないようになり、安いものは輸入するようになりました。それと同じことがサービス産業で起こっています。
観光産業で生産性を上げるというと、ICTを活用してチェックインを無人化し、予約システムを導入して人を減らしますが、多分、それでは生産性は上がらなくて、同じ商品をどれだけ高く売りつけるかということになるのだと思います。でも、マーケットで買ってくれる人がいるという事は、value for money になります。勿論、一定のモラルの中でやらなければならないのだと思います。
山田さんやロスさんが悩んでいることは、観光という名前を借りた地域政策です。地域毎に特徴があるので、地域毎に違った観光政策が必要になるのです。しかも、地域によっては観光産業でご飯を食べなくても良いという選択肢すらあり得ます。
東京や大阪など大都市圏は、グルメやエンターテイメンの消費地として魅力があるのでインバウンドも重要ですが、関係者は10%もいないので、多数派のお客様が政策ターゲットの中心になります。
小泉政権の時にビジットジャパンをやり始めて約20年ですが、ようやく理解が深まってきました。その典型的な話の1つは「ラグビーワールドカップ」です。ラグビーワールドカップによって、経済的に儲かるという話だけじゃなく、街が活性化する、街が賑わうというのは良い政策だと実感した人が多いのだと思います。

山田:五十嵐さんからも「人材育成」と言うキーワードが出てきました。地域でも様々な人材が必要にはなると思いますが、ロスさんはどのように感じられますか?

ロス:地域の観光には「専門人材」が必要です。専門人材がいないとなかなか前に進みません。DMOは全国に何百もあると思いますが、そのDMOは、これまでの役場と観光協会の人たちが組んで作っていますので、マーケティングの専門人材はいないと思います。
また、僕は自然の中でよく遊びますが、国立公園、国定公園などについて、海外に行くとレンジャーの存在を強く感じます。僕の友達がオーストラリアでパークレンジャーをしていますが、大学でパークマネジメントやリソースマネジメントをしっかり勉強した上で、経験積んで、パークマネージャーになっています。そして、各パークは、自然を守るだけのパークもあれば、ここは遊ぶパーク、ここはマウンテンバイクができるパークと、テーマを持っており、パークレンジャーが「これやっていい」とか、「民間とタイアップしていい」とかの権限を持っています。
日本では、洞爺湖支笏湖のパークレンジャーは1人か2人で、ほとんどの国立公園のスタッフは東京事務所にいるようなので、現場にいなければ「お客さんが何を欲しいのか」が分からないし、直ぐに理解して観光政策を作ることができないと思います。

山田:どういう人材がどう足らないかは地域によって違ってきます。ロスさんがおっしゃったような話は気がついていない面もあると思います。環境省にもレンジャーはおられるのですが、自然を守る方では頑張ってきたけど、遊んでいただいてお金をいただくという部分は学んで来なかったと思います。そういった部分では、環境省と観光庁がタッグを組んでいますが、五十嵐さん、ご意見を頂けないでしょうか。

五十嵐:環境省さんは、国立公園を保護するだけではなく、活用してもらおうと大きく舵を切っておられます。先ほどの温泉街の廃墟物件への補助制度の件ですが、国立公園は環境省さんが地主ですが、借りた人が廃墟にして、それを撤去するために助成制度を先行して作っています。北海道のある温泉でしたが、そこの国立公園の事務所長さんが、観光庁の窓口として、国交省や色々な所からお金を引っ張ってくるので、地域の観光事業者さんに慕われていました。こういうユニークな発想をする人が若い人のなかで増えており、環境省はずいぶん変わったという印象を持っています。
その意味では文化庁も変わりつつあると思います。保護する、展示するだけでなく、体験につないでいくという発想になりつつあります。文化財は、地域で暮らす人の生活と切り離せるものじゃありません。地域に残っている自然環境とか文化資源を残していくためにはお金が必要で、お金を持ってくるのは、多分、観光になります。

山田: 残り時間がわずかとなりましたので、最後に一言ずつお願いします。

ロス:コロナが終わって、日本に海外からの観光客が戻ってくるようになると、投資が大きくなり、小さな街に海外の観光客が大勢押しかけるようになるので、社会的影響を研究しながら前に進んだほうがいいと思います。

五十嵐:今日集まっている皆さんは観光に関心があるから、スピード感がないとか、分からず屋がいると思われるのですけど、先ほど言った通り、観光と違う立場の人たちが大勢おられるということを認識しなくてはいけません。観光への理解が進むためには時間がかかるということです。その意味では、情報発信が足りないので、締めの言葉としては「根気よく関係者と会話を続けることだ」と結ばさせていただきます。

山田:政策を進めるには、もっと規制緩和しなくてはならない部分もあり、逆に規制を強化しなければならない部分もあると思いました。
DMOや観光協会、商工会議所とかの団体組織が頑張るとかではなくて、個店の経営力が上がらないと地域全体が活性化しません。そう言う意味では「人材育成」を強化する必要があると思いました。
五十嵐審議官、ロスさん、今日はありがとうございました。