アベノミクス8年の観光立国
(観光経済新聞 2020年9月18日)
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【ポイント】
安倍首相が8年間で推進したインバウンド政策を俯瞰してみると、大きな業績を残しのは事実だろう。
しかし、地域のいろいろな取り組みが、訪日旅行の機運を盛り上げたのだ。
その一つに、スルッとKANSAIの乗り放題チケットの海外版『KANSAI THRU PASS』もある。
海外で、関西の私鉄の乗り放題チケットが売れるとは予想もされなかったが、2年後には、関西以外での販売より、海外の販売の方が多くなった。そして『大阪周遊パス』が生まれ、今では約150万枚を販売している。これらのチケットにより、訪日客の個人旅行が増え、日本の良さがクチコミで広がった。
地域で頑張ってきた取り組みの積み重ねだと思いつつ、安倍首相の成果も称えたい。

【 概 要 】
第2次安倍政権の発足以降、約8年にわたって推進されたアベノミクス。経済政策としての評価はさまざまだが、成長戦略の一端を担ったインバウンドでは、結果的に大きな実績を残した。
コロナ禍までの期間に訪日外国人旅行は、人数、消費額ともに約4倍に増加した。
日本経済への波及効果が拡大し、政策の重要度が高まるにつれて、安倍晋三首相が国会演説で観光政策へ言及することが多くなった。安倍首相のインバウンドにおける成果と課題を見ていきたい。

政府は2003年4月に訪日旅行促進(ビジット・ジャパン)事業を開始。07年1月に観光立国推進基本法が施行、08年10月には観光庁が発足した。しかし、リーマンショック(08年)や東日本大震災(11年)などの逆風もあり、訪日外国人旅行者1千万人の目標は未達成のままだった。

12年12月に第2次安倍政権が発足。財政出動、金融緩和、成長戦略を「3本の矢」とするアベノミクスが始まった。初めて迎えた通常国会の施政方針演説では、海外の成長を取り込むという文脈の中で「観光立国」の推進が表明された。
「日本のコンテンツやファッション、文化、伝統の強みも世界から注目されている。アニメなどのブームを一過性のものに終わらせることなく、世界の人たちを引きつける観光立国を推進することに加え、クール・ジャパンを世界に誇るビジネスにしていこう」(13年2月28日、施政方針)

13年3月には首相が主宰する会議体として観光立国推進閣僚会議が発足し、同年6月には「観光立国実現に向けたアクションプログラム」が策定された。訪日外国人旅行者数1千万人を達成し、さらに2千万人の高みを目指すため、観光施策を強化する方針が掲げられた。
ビザ(査証)緩和やプロモーションの強化に加え、円安の追い風もあり、13年の訪日外国人旅行者数は1036万人を記録した。初の1千万人突破を受けて、14年の通常国会の施政方針演説では、観光立国に言及する部分が大幅に増えた。
「昨年、外国人観光客1千万人目標を達成した。北海道や沖縄では昨年夏、外国人宿泊者が8割も増えた。観光立国は地方にとって絶好のチャンス。タイからの観光客は昨年夏ビザを免除したところ、前年比でほぼ倍増だ。やれば、できる。次は2千万人の高みを目指し、外国人旅行者に不便な規制や障害を徹底的に洗い出す。フランスには毎年8千万人の外国人観光客が訪れる。日本にもできるはず」(14年1月24日、施政方針)

インバウンドは拡大が続き、14年10月には外国人向けの消費税免税の対象を全品目に拡大。15年の旅行者数は1974万人、消費額は3兆4771億円に上り、この年の新語・流行語大賞には「爆買い」が選ばれた。また、15年には訪日外国人旅行者数が出国日本人数を上回った。この逆転は45年ぶりだった。
「外国人観光客は3年連続で過去最高を更新し、政権交代前の2倍以上、1900万人を超えた。20年前、3兆円の赤字であった旅行収支は55年ぶりに黒字となり、今年度は1兆円を超える黒字が見込まれる。次は3千万人、いや、さらなる高みを目指していく」(16年1月22日、施政方針)

政府は、中・長期目標などを定めた「明日の日本を支える観光ビジョン」を16年3月に策定した。20年に訪日外国人旅行者数4千万人、その消費額8兆円、そして30年に6千万人、15兆円とする目標を掲げた。観光を「成長戦略の柱」と位置付け、特に地方の人口減少や地域経済の衰退といった課題を踏まえて「地方創生の切り札」として推進する姿勢を鮮明にした。
「日本を訪れる外国クルーズ船は、わずか3年で4倍に増加。秋田港で竿燈祭り、青森港でねぶた祭り、徳島小松島港で阿波踊り、各地自慢の祭りを巡る外国のクルーズツアーが企画されるなど、地方に大きなチャンスが生まれている。民間資金を活用し、国際クルーズ拠点の整備を加速する。(中略)沖縄はアジアとのかけ橋。わが国の観光や物流のゲートウェーだ。新石垣空港では昨年、香港からの定期便の運航が始まり、外国人観光客の増加に沸いている。(中略)全国の地方空港で、国際定期便の就航を支援するため、着陸料の割引、入国管理等のインフラ整備を行う。(中略)あらゆる政策を総動員して、次なる4千万人の高みを目指し、観光立国を推し進めていく」(17年1月20日、施政方針)

17年には訪日外国人旅行者数が2869万人、その消費額が4兆4162億円に上った。「観光白書」(18年版)は、「インバウンドの効果は、旅行消費のみならず、日本経済に幅広いインパクトを与えている」「観光が日本経済をけん引する稼ぎ手に成長しつつある」と記述した。
「日本を訪れた外国人観光客は5年連続で過去最高を更新し、2869万人となった。地方を訪れる観光客は三大都市圏に比べて、足元で2倍近いペースで増えている。観光立国は地方創生の起爆剤だ」(18年1月22日、施政方針)

18年には、西日本豪雨、北海道胆振東部地震などの自然災害が相次ぎ、甚大な被害が出た。政府が旅行費用を補助する「ふっこう割」が実施されるなど、過去の東日本大震災、熊本地震(16年4月)を含めて、観光が地域の復興に果たす役割が明確に認識された。
「北海道の大自然、美しい倉敷の街並み。観光名所に多くの皆さんに足を運んでいただくことが復興の大きな力となる。政府も『ふっこう割』で後押ししていく。災害情報の外国語による提供など、外国人観光客の皆さんの安全、安心の確保にも取り組む。熊本を訪れる外国人観光客は、昨年、熊本地震発生前の水準を回復した。(中略)東北の被災地でも、震災前の2倍近い観光客が海外から訪れるようになった。本年も全国平均を上回る伸びとなっており、東日本大震災からの復興は、一歩一歩、着実に進んでいる」(18年10月24日、所信表明)

18年は自然災害が影響したものの、訪日外国人旅行者数は3119万人、消費額は4兆5189億円。19年は日韓関係の悪化に伴う韓国からの訪日旅行の減少が響いたが、旅行者数で3188万人、消費額で4兆8135億円と過去最高を記録した。
「昨年、日本を訪れる外国人観光客は6年連続で過去最高を更新し、3千万人の大台に乗った。北海道、東北、北陸、九州で3倍以上、四国で4倍以上、沖縄では5倍以上に増えている。消費額にして、4兆5千億円の巨大市場。観光立国によって、全国津々浦々、地方創生の核となる、たくましい一大産業が生まれた」(19年1月28日、施政方針)
「地方への外国人観光客はこの6年で4倍を超えた。観光は地方の新たな活力だ。地方でも商業地の地価が28年ぶりに上昇に転じるなど、地方経済に活気が生まれている」(19年10月4日、所信表明)

19年1月には国際観光旅客税が導入され、インバウンドの推進に伴う政策需要の増加などに対応した観光財源が確保された。ラグビーワールドカップ日本大会(19年)では、欧米豪の誘客や消費の拡大に一定の成果を上げた。法整備を受けてIR(統合型リゾート)の整備に向けた動きも本格化し始めた。20年の東京オリンピック・パラリンピックを弾みに訪日外国人旅行者4千万人を達成して、次の目標に踏み出そうとしていた。
「多言語化、Wi―Fi環境の整備など、観光立国の基盤づくりを一気に進める。高い独立性を持った管理委員会の下、厳正かつ公平公正な審査を行いながら、複合観光施設の整備に取り組む。さらには、外国人観光客の多様なニーズに応える宿泊施設など世界に冠たる観光インフラを整え、2030年6千万人目標の実現を目指す」(20年1月20日、施政方針)

安倍首相の約8年間の演説からは、インバウンドによる経済成長への貢献と、地方創生の成果を誇示したいとの意図が見て取れる。ただ、訪日外国人の旅行消費額や地方部での延べ宿泊者数の目標は、コロナ禍がなくても達成は厳しい状況だった。
インバウンド推進の恩恵が全国津々浦々で実感されているかと言えば、道半ば。次期政権の観光政策の課題は、コロナ禍に対する観光産業、観光地域の活性化であると同時に、インバウンドの復興だが、地方が抱える課題の解決に直結する戦略の再構築が求められている。