ワーケーションに熱視線 誘致合戦激しく、地域交流深化
(日経新聞 2020年11月23日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66509390Q0A121C2LKA000

【ポイント】
ワーケーションは、和歌山県が地域振興に向けて2017年度から取り組み、仁坂知事がトップセールスに取り組んできた。19年には全国65自治体と自治体協議会を発足させ、参加数は7月以降に急増し現在は130自治体を超える。
関西は、和歌山県と県内13市町、奈良県と同県生駒市、京都府舞鶴市、兵庫県新温泉町、滋賀県と県内の13市町が加入している。
単に通信環境を整え、観光のついでに仕事をしてもらうだけでは十分ではない。地域と利用者が交流する場を持つことが重要になる。そして地域と利用者をつなぐ専門の仲介役を置く例もある。
ワーケーション参加者が今後増えるのは間違いないが、現状は観光業者や自治体が過大に期待している面もあるようだ。

【 内 要 】
仕事と休暇を組み合わせた「ワーケーション」の誘致が全国で熱を帯びている。関西でも先行する和歌山県を中心に、企業や自治体が相次いで名乗りを上げる。新型コロナウイルスの感染拡大でテレワークが広がる中、観光業界の需要落ち込みを打開しようと政府が旗を振る。自治体も地域活性化のチャンスとして注目する。ただコロナが再び急拡大するなか、普及と定着には課題も多い。

琵琶湖畔の自然豊かな環境が売り物の滋賀県高島市の旅館「白浜荘」。10月、5000万~6000万円を投じて既存のゲストハウス2棟をリニューアルし、さらに1棟の新設に踏み切った。Wi-Fi環境を整備。デスクや椅子も用意し、テレワーク対応にした。
コロナの影響で4~10月の売上高は前年同期から半減した。前川為夫社長は「危機をチャンスにし、ワーケーションを前面に打ち出して集客に役立てたい」と話す。
1棟の定員は22~45人で企業などの利用を想定。貸し切りプランの料金は最も小さい建物で1泊7万円から。目の前に琵琶湖が広がり、仕事の合間にカヌーやカヤックなどを楽しむことができる。まだ予約は多くないが、利用を促すため独自のモニターツアーも実施する。

奈良県吉野町の民宿「太鼓判」は10月、ワーケーション対応の宿泊プランを始めた。通信環境を整備しテレビ会議用の部屋を準備。近くの寺で朝の勤行体験もできる。
この民宿は新型コロナで3~8月の売上高が8割ほど減った。「どうにかしなければいけない」と対策を考えていたところ、吉野町の職員のアドバイスで導入を決めた。

ワーケーションへの注目が急上昇したきっかけが当時官房長官だった菅義偉首相の発言だ。菅氏は7月、コロナで苦境にある観光業界への支援策として推進を言及。政府は補助金などを設けた。
ワーケーションは和歌山県が地域振興に向けて2017年度から先駆的に取り組み、誘致イベントや、仁坂吉伸知事自らが都市部でのトップセールスなどに取り組んできた。19年には長野県など全国65自治体と自治体協議会を発足させた。
協議会の参加数は6月末時点で89自治体だったが、7月以降に急増し現在は130自治体を超える。関西からは和歌山県と県内13市町、奈良県と同県生駒市、京都府舞鶴市、兵庫県新温泉町の計18自治体が参加。20日には滋賀県と県内の13市町が新たに加入した。

ひとまず走り出した自治体も多い。京都府京丹後市は12月、推進担当の「ふるさと創生職員」1人を3年間の期限つきで採用する。同市の海水浴場をビーチリゾートに衣替えするなかで、ワケーションも「一つの手段として考えている」(人事課)という。ただ職員の仕事内容などは「今後決める」(同)状況だ。
懸念材料が新型コロナの「第3波」だ。和歌山県情報政策課の担当者は「地域の移動が制限されれば、ワーケーションには逆風」と表情を曇らせる。都市部からコロナを持ち込まれることに対する懸念の声が受け入れ地域で高まれば、施設単独での対応は難しくなる。
観光やテレワークに詳しい山梨大学生命環境学部の田中敦教授は「ワーケーション参加者が今後増えるのは間違いないが、現状は観光業者や自治体が過大に期待している面もある」と指摘する。ブームに終わらせないためには「地域が受け入れのためのコミュニティーをつくるなど利用者のニーズに応える努力が必要だ」と話す。

地域との交流促進へ 滋賀は無料ツアー、和歌山は仲介役
新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけにワーケーション熱が高まるなか、住民交流や地域貢献を通じて滞在場所との結びつきを強めてもらう動きも出てきた。地域と利用者をつなぐ専門の仲介役を置く例もある。「関係人口」を増やし、地域活性化につなげる。

滋賀県は12月から来年3月まで、150人を無料招待するモニターツアーを実施する。各回20人で1~2泊のプランを7~8回。琵琶湖岸の清掃やヨシ刈り、近江商人講座などの地域活動プログラムを用意し、社会貢献活動に関心のある企業などを誘致する。
同県の三日月大造知事は県外客の呼び込みについて「楽しんで帰って終わりというのではなく、一時的に県民になるような過ごし方を提案していく」が持論。「参加した企業の満足度を高めて恒例化するような『滋賀モデル』を確立したい」(県観光振興局)
全国でもこうした動きが出ている。長崎県壱岐市は今年、利用客が地元の課題を解決する新たなワーケーションを開始。壱岐牛のブランド化や焼酎・豆腐のデザイン向上などに携わってもらうことを想定している。
関西の先進地、和歌山県では利用者が地元企業と意見交換したり、家族連れ向けのイベントを開催したりしてきた。2017~19年度には利用企業や個人に活動内容や感想などを提出してもらい、協力費を支払うモニター制度も実施した。
3年間で83件の参加があり、県によると地域住民と交流した利用者の満足度が高かった。「地域との交流で普段の仕事や暮らしに関わる気づきになる」「地域の人と話すことで自分自身の再発見につながる」などの声があったという。

新しい社員の働き方を探ろうと東京から和歌山をこれまで10回ほど訪れ、自らワーケーションも経験したTIS人事企画部の藤沢孝多さんは野菜の収穫を体験し、農家とも意見交換した。「東京ではできない体験をすることで、IT(情報技術)にどんな需要があり、どう社会に役立てるか改めて考える機会になった」と評価する。
こうした声に応えようと同県と誘致で連携する民間団体「TETAU(テタウ)」(同県上富田町)は、利用者と地域をつなぐコンシェルジュ制度を年明けから本格的に始める。利用希望者に農業や漁業体験などを提案し、希望があれば現地まで同行もする。
コンシェルジュの中村有希さんは「例えば、農家と円滑にコミュニケーションをとることができように『困ったことはないか』と声かけするよう助言する」と説明する。
コロナ前からワーケーションを推進してきた自治体の多くは、地域に関心を持ち繰り返し訪れる関係人口を生み出し、将来的な移住なども含めた地域活性化につなげることを一つの狙いとしていた。観光需要の不振を補うための短期的な視点ではなかった。
関西大学社会学部の松下慶太教授は「単に通信環境を整え、観光のついでに仕事をしてもらうだけでは十分ではない」と指摘。そのうえで「利用者の自由になる時間を設け、地域との交流を準備するなど利用者のニーズにきめ細かく対応することが必要」と話す。
コロナの有無に関わらず、職場に縛られない多様な働き方は着実に広がる。受け入れ側には、働き手に仕事と休暇にとどまらない価値を提供し、企業には社員の生産性向上を見える化するといった工夫が求められる。


▼ワーケーション:「ワーク(働く)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語。テレワークなどの技術を使って自然豊かな観光地などで働きながら休暇も楽しむスタイルを指す。個人のほか、企業が社員の新たな働き方として導入する例など様々だ。環境省は新型コロナで打撃を受けている観光業界を支援するため、国立公園や温泉地でのWi-Fi整備やエコツアーなどに補助金を支給している。