パネルディスカッション 「日本のインバウンドは終わったのか?」
(「インバウンドサミット2021」 2021年6月19日)
https://www.youtube.com/watch?v=epp1AjB8aUU

【ホッシーのつぶやき】
私は「単価を上げる」という言葉に疑問を持っていました。確かに日本の観光消費額を増やすには、一人当たりの消費額を増やすしかありません。しかし、「価格」は売り手があって、買い手があり成立します。商売で一番難しいのは「値決め」と稲盛和夫氏も言われています。
しかし、ここでいう「単価を上げる」とは、既存のサービスそのままで価格を上げることではありません。サービスを利用する人が満足して支払うことができる付加価値をつけたサービスのことです。
日本の産業構造がこれから大きく変わろうとしているこのような時に、特に観光に携わる人間は、付加価値を高める努力をする必要があると思います。

 
「インバウンドサミット」のテーマは、「日本のインバウンドは終わったのか」ですが、皆さんが考える課題、「世界から日本が選ばれるために必要なこと」、そして「10年後の日本のインバウンド観光の戦略」などのご意見をお聞きしたいと思います。

自己紹介

吉田氏(JNTO理事長代理):JNTOとして、コロナ禍での取り組み内容を多岐にわたり紹介されました。

山野氏(アソビュー代表取締役):観光は「宿泊」「移動」「現地での食事」「現地で遊ぶ」「土産を買う」の5つの要素でできていますが、「アソビュー」は、「現地で遊ぶ」の情報を提供しております。

龍崎氏(L&G代表):日本の6ヶ所のホテルの企画・開発・運営に関わっております。

青木:①アトキンソンさんの基調講演にあった、「単価の向上、適正化、付加価値化」についての意見交換をお願いします。

山野:観光商材の単価を適正化していくこと、高付加価値化を強化していくことに全面的に賛成です。
それに加えて「利益率」の観点を持ちたい。トップラインのグロスが向上しても生産性が低ければ薄利になってしまいます。薄利になると従業員の給料や設備投資するための貯金が減っていくので、利益率をどの様に上げていくのかが重要だと思います。
龍崎さんのお話に「OTAが問題だ」とありましたが、「本当にOTAが問題なのか?」を考えないといけない。自社で設備投資ができないが故に、オンライン上に集客と業務生産性をサポートしてもらってきたのであって、利益率の適正化について議論されなかったことが問題ではないのか。また、利益率をどのように設定するかについて、業界内で議論されるべきではないかと思います。

龍崎:一概にOTAが問題だと言ったのではなく、どこのホテルも均質化されている場合は、OTAのスコアリングも適正にできて、お客さんもスコアを見て選べますが、様々な個性あるホテルも生まれていて、スコアだけでは伝わらないこともあります。私たちは、ホテルの個性とのミスマッチが出ないよう、自社予約のプラットフォームで運営しています。
また、利益率を高めることも大切ですが、どこに投資すれば利益率が高められるのか、投資の見極め力、リテラシーを高めることが大事だと考えます。

吉田:JNTOが考えている方針は、「市場の多様化」「高付加価値化」「地方への分散」で、「高付加価値化」も入っています。国際観光が再開されれば、2030年の目標6000万人は、おそらく達成できそうですが、消費額15兆円の達成は難しい。6000万人で15兆円ということは、一人25万円の消費ですが、直近で15万円であり、この差を埋めるには、一人一人の観光客が支出したくなるサービスの提供が大切です。また、遠方から来る長期滞在の観光客は消費額も大きい傾向があるので、北米、欧州に加えて、中東、南米等を視野に入れ、海外事務所増やして訪日観光を促進していきたいと考えています。

アトキンソン:中東、南米は富裕層が多いので開拓していくことに賛成です。15兆円を達成するためには、単価の高い層を作って全体を押し上げていくことが大事です。しかし、これだけでは限界があります。それに加えて、これまで無かった高付加価値の商品を開発していくことが必要です。
例えば、京都の二条城の入場料は元々600円だったものを1000円にしています。これは二条城の整備を進めたから可能でした。また、5つ星ホテルを誘致することによって高額ゾーンの開拓につながりました。これまで無かったグランピングなども生まれています。これら新規開発商品は国内観光にも大きな市場を提供していくので、この開発が一番求められています。

青木:②「世界から日本を選ばれるためには」どのようにすればよろしいでしょうか?

龍崎:日本のインバウンドを語るうえで、これだけ「豊かな自然」「文化」がある国だから、「日本が選ばれて当然でしょう」と言われる方が多いように思います。しかし中国人の場合、「近い国だから、いつでもいける」「お寺などの文化は中国にもある」、それなら「欧米などに行く」と考える人が多い。実際、訪日する中国人は中国人全体の数%(注釈:2018年の中国人の海外旅行者数1億6,199万人に対し、2019年の訪日中国人は959万人で6%)ですし、欧米からすれば「日本は渋い国」で、変わり者が行くイメージがあり、日本にいるからこそ「日本好きな外国人」を目にすることが多いですが、無関心層が多いという視点を持つことも大切です。
「日本が選ばれるための課題」についてですが、同業者でも「日本人のお客様の方が良い」とか「こういう人種の方なら」という偏見があり、実際に接客などにも表れています。日本人とインバウンドを分けるような対応の是正が必要かなあと思います。

山野:日本は、自然、気候、文化、食に魅力があるとアトキンソンさんも言われましたが、これは他国と比較して優位性があるということで、この魅力をちゃんと伝えられる様にすることです。また、日本は公平性の観点から北海道から沖縄まで一緒にプロモーションしますが、観光客の立場で考えるとアプローチ力が弱くて、これらも含めたコミュニケーション力を高める必要があります。
また、日本の観光の基盤はアナログなのでDX化を進めることは重要です。例えば、寺社仏閣などの入場料はほとんど現金ですが、受付でコミュニケーションも取れないところに、現金決済しかできないアナログ的な体制を改善する必要を感じます。

吉田:観光のディストネーションは「商品を売る」ことです。その観点で国際競争を考えると、沖縄のビーチリゾートの競争相手は他国のビーチリゾートであり、北海道のスキー場の競争相手は中国のスキーリゾートであったりします。その中で日本が選ばれるには、データ分析、マーケティングすることが重要です。一昔前と比べるとデータ整備も進んでいますが、競争相手の国が、実際にどのように戦っているのか、自分たちの目で確認することも重要です。
また、遠方の国から来てもらうにはメインストリー化が必要だと思っています。竜崎さんの話にあるように、まだ日本は認知度が低いです。例えば、海外に行かれる方が世界で3番目に多いドイツで、日本は行きたい国の44位に過ぎません。日本が好きなフランスで29位、イギリスも38位です。認知度を高めるための努力が必要です。

アトキンソン:世界戦といえばそうですが、全ての項目においてそうかと言えば、実はそうではない。例えば車の購入を考えると、「車は一度買えば、しばらくは買わない」「一つのメーカーが好きで他社の車は買わない」ということ。観光でいえば「リピーター」となるのでしょうが、「1回は行くけど、2回は行かない」という方も多い。しかし「1回は行ってみたい」と思う人は多い。「遠方の国の場合、物理的にリピートできない」。
日本は、経済力が550兆円、人口が1億2500万人もいる国なので、多くの産業があって成立する国です。それぞれの産業が一定の顧客を獲得し、いろいろな商品を、いろいろな価格で提供していかないと大きな産業にならない。観光の基本は「多様性」です。インバウンドの場合も、多様な商品を提供していかなければならないこととなります。

青木:③「今後5年後、10年後の観光戦略について進言」についてご意見をお願いします。

山野:「既存の商品の単価アップ」と「新商品をアップセルして一人当たりの単価を上げる」、そして「顧客層の属性を変えましょう」ということです。観光業界は「新商品のアップセル」にはまだまだ余地があると思います。宿泊・移動だけでなく、例えば、「お賽銭をあげる」にも、もう少し利益が出ないかだったり、日本は自然が豊かなので「自然を活用して利益を上げられないか」など、業界全体でアップセルに取り組みたい。
もう一つは「DX」。生産性を上げることなくして営業利益率の向上はない。外国人もどこからどれだけ来ているか可視化する必要があります。これまでチケットをアナログで販売していたものを、スマホで買えるようにして、そのデータで可視化することで、中吊り広告からは集客できていないことが分かったりします。これがDXの真骨頂なので、データを活用して科学的に分析することを、業界全体で取り組んでいきたい。

龍崎:インバウンド客に向けてどうこうするというのは本質的ではない。日本の人、海外の人など関係なく、どんな方にも満足頂けるものを作るべきです。日本人が喜ぶものに、インバウンドの方がつられて来てくれるようになると考えています。また、PRの仕方についても、まだ、富士山、侍、寿司…の状態だと思っていて、外国人が知りたい日本との間にミスマッチが生じています。外国人に一番喜んで貰えるのは、日本人にとって当たり前なものなので、デイリーライフに沿った魅力の見せ方が必要だと思います。

アトキンソン:観光戦略を何のためにやるのかというと「観光で稼ぐため」になり、それだけに専念してもらえれば良いと思いますが、大きな戦略の中で、自分の事業が、どういう根拠に基づいて、どういうマーケットの位置にいるのかを、客観的に見なければダメだと思います。
また、「大河ドラマを誘致しただけで観光客が来る」と思っている地方も多いですが、それだけで観光戦略できたと勘違いしないことです。今はインターネットの時代です。城下町に2軒か3軒の武家屋敷があるだけなのに、うまく写真を撮ってたくさんあるように見せるというような手法は、これからは通用しません。このような情報を発信しても、実際に行った時に騙されたと思われると、すぐに悪い情報が拡散します。本当に良いものを作り込むと、勝手に情報が拡散されます。

青木:④「最後に一言」をお願いします。

吉田:JNTOとして取り組んでいることは、「市場の多様化、高付加価値化、地方への分散」ですが、その中でも遅れているのは「地方への分散」です。観光客は東京や京都へ集中している。これを変えるには地方に予算を投入して、地方を楽しめる場にすることです。JNTOもそこをサポートしていきたいと思います。

山野:経営者として、昨年、大きな打撃を受ける経験をしました。そして手立てを打って、V字回復も経験しました。兎に角、観光業界が横連携して頑張ることが必要なので、サミットに集まった皆で一緒に動いていきたいと思います。

龍崎:ワクチン接種も進み、観光回復への希望はポジティブに持ちつつも、思うようにいかないこともありえると思い、インバウンドに頼り切らず価値を高めていきたい。ネガティブに考えながらも、結果が良ければラッキーと考えたいと思います。

アトキンソン:今のような医療体制ができるまでは、感染症で大くの人が死んでいた。インバウンドがいつ戻るかは流動的ですが、必ず戻ります。観光産業は無くなることはない産業です。そして極めて将来は明るい産業です。