「もっと見せたい」日本の浮世絵:観光立国目指すなら文化インフラの充実を
(nippon.com 2019.05.30)
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北斎の「冨嶽三十六景」などの浮世絵は、江戸時代には何千枚と摺られたが、今は世界中で「大波」で150枚から200枚しか残っていない。ほとんどが美術館に収まっており、売りに出る事が少ない。
「日本に行けば良い浮世絵が観れる」と期待する外国人もいるが、浮世絵は色あせやすいので、長期展示はできないという。
パリのルーブル美術館で「モナ・リザ」がいつも観れるように、日本でも浮世絵が観れるような美術館が欲しいものだ。

【ポイント】
葛飾北斎(1760-1849)の没後170年、浮世絵が日本を代表する文化の一つとして改めて注目を集めている。「北斎漫画」をはじめ多くのコレクションを持つ浦上満氏に、日本の”文化インフラ”を今後どのように活用していくべきかについて聞いた。

—日本のパスポートのデザインに葛飾北斎の「冨嶽三十六景」が登場し、米国のオークションで三十六景のうち北斎の「凱風快晴」「神奈川沖浪裏」が5000万円を上回る価格で落札されるなど注目されている。

浦上 2年前、ニューヨークのにクリスティーズオークションで「大波」(神奈川沖浪裏)が1億円で落札された時には、「ついに1億円を超えたか」と驚いた。
浮世絵は江戸時代に何千枚と摺られ、「大波」も5000枚以上あったという。大半は消失して、今は世界中で150枚から200枚しか残っていない。ほとんどが美術館に収まっているので、売りに出れば当然高値になる。
ここ10年ほど、日本人の美術品購入意欲が落ち込んでいる。日本にある中国陶磁とか印象派の絵画など、いいものはどんどん外国に流出している。近年健闘しているのは浮世絵と明治の工芸品といったところだ。
浮世絵は美術品の国際市場で改めて評価が上がっている。

—訪日客が「浮世絵を鑑賞したい」という時、どこに行けばいいのでしょうか。

浦上 「日本に行けば、いい浮世絵をたくさん見ることができるはず」という期待は、旅行者の気持ちとして当たり前のことだ。ただ残念なことに、その期待は裏切られる。
上野の東京国立博物館に松方コレクションがあり、浮世絵専門の太田記念美術館が原宿にある。
2016年にはすみだ北斎美術館が東京都墨田区にオープンした。だが、見たい作品が常に展示されているとは限らない。むしろ常設展は貧弱な印象を受ける。
浮世絵版画は色あせしやすいので、長期の展示はできない。すみだ北斎美術館の場合、内規で一つ一つの作品の展示期間は「1年に1カ月」と決まっている。美術館において、保存と展示のバランスは非常に難しい。
来た人に「なんて素晴らしい展示だ」「いい作品だ」と思っていただかないと、美術館も盛り上がらない。
最近はLED照明がよくなり、あまり紫外線を出さなくなったので、展示期間を2カ月、3カ月程度に延長してもいいのではと思っている。

—パリのルーブル美術館に足を運べば、必ず「モナ・リザ」が展示されているが、浮世絵はの場合、それはなかなか難しいということですね。

浦上 北斎の「冨嶽三十六景」「北斎漫画」や歌川広重の「東海道五十三次」「名所江戸百景」などが常時見ることができる施設があればいい。そうすれば、世界の人たちは黙っていてもそこに集まってくる。
美術館は観光インフラとしても非常に重要だ。外国の人たちはそこに「日本の美と品格」を感じ、イメージアップにもつながる。
ロンドンの大英博物館、パリのルーブル美術館、マドリードのプラド美術館。日本人も多くの人が足を運ぶ。
なぜ博物館、美術館に行くのか。それは文化を通じてその国のアイデンティティーを知りたいからだ。
東京国立博物館は世界の名だたる所に比べると、やはり少し落ちる。

—政府も、京都迎賓館を通年公開したり、国立の博物館・美術館の夜間開館を拡充したりするなど、対応は始めている。

浦上 開館時間を長くする一方で予算は年々カットしている。日本の文化庁の予算は他国に比べ、恥ずかしいほど少ない。その多くが寺社の修復などに使われ、生きた事業をする余裕がない。
文化庁を文化省にしようという運動もやっているが実現しない。なぜか。日本の政治家、官僚は、言葉では「文化の発信は重要」と唱えても、まだまだ文化・芸術の力を本心から理解していない。
閣僚レベルの政治家が文化行政への理解、芸術への造詣が深いというのは、外交面で非常に大事なことだ。
欧米では文化を語ると、その人の評価がぐっと上がる。フランスの歴代大統領はみな、文化行政で国民や世界にアピールする。

伊勢志摩サミットの際、会場に北斎の作品を飾ろうという話があったと聞く。実現しなかったが、アイデアとしてはとてもいい。世界のトップは美術・芸術が好きだ。話をすれば盛り上がる。安倍首相もそういう話ができれば株がぐんと上がる。食べ物とお酒の話だけではなく、プラスアルファが必要だ。
敗戦直後、吉田茂はGHQとの会議に際し、会場の朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)によい美術品を並べるよう指示した。米国の青年将校は、日本を“野蛮な国”だと先入観を持っていたが、それらの美術品を目にして態度が変化したそうだ。
北斎の浮世絵がパスポートのデザインになったが、日本人はこのパスポートを現地の人に見せて、北斎の素晴らしさを語ることができるだろうか。

—浮世絵は幕末・明治期、欧米の人々がまずその美に驚き、芸術性を客観的に評価して、印象派など多くの画家に影響を与えたといいます。

浦上 江戸時代の庶民には浮世絵は非常に人気が高かったので、見る目がなかったというわけではない。
ただ、身近にありすぎて、外国人が興味があるのなら「好きなだけ持っていけば」という気持ちだった。
「日本人が美術品を買わなくなった」という傾向だが、文化国家としては真逆の方向に向かっている。
日本では美術品を購入することが「道楽」「金を捨てている」ようにみなされている。外国では「資産」「投資」だ。投資がいいというわけではないが、少なくとも良い美術品は大きな価値があると評価される。
日本はこれから、文化国家として世界にアピールしていくべきだと思っている。