“最高の酒”集う 全国新酒鑑評会 福島県の史上初10連覇なるか
(NHK WEB 2023年5月19日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230519/k10014067801000.html

【ホッシーのつぶやき】
日本酒の金賞受賞数1位が福島県だとは知らなかった。
2021年度の日本酒生産量は、兵庫県29%、京都府16%、新潟県約9%で、福島県2%、その福島県が金賞受賞連続9年1位だという。今年も取れば10年連続だ。
何故、福島県に金賞受賞が多いのかよく分かるレポートだ。酒造会社の枠を超えて酒造りの技術を学ぶ「清酒アカデミー」の存在、そこに集まるノウハウの共有、福島県の工業研究所の科学データによる功績が大きい。それと感動したのは、東日本大震災と原発事故が重なる中で、金賞受賞をスローガンとして取り組んだ福島県全体の酒造組合の底上げによる功績だということ。
困難に立ち向かうときにこそ、新しいイノベーションが生まれるのかもしれない。

【 内 容 】

全国の酒蔵が威信をかけ、最高の技術を結集した日本酒を出品する、年に1度の全国規模のコンテスト「全国新酒鑑評会」。

その結果発表が、5月24日に迫っている。

日本酒が好きな人も、そうでない人も、この機会にお酒にまつわるディープな世界を知ってほしいと “日本酒王国”の記者たちが知られざる審査の裏側に迫った。
(福島放送局 記者 相原理央・潮悠馬)

“日本酒王国”といえば?
この問いに「福島県」と答えた人は、かなり日本酒に詳しいはずだ。

2021年度の日本酒生産量トップ3は、兵庫県(約29%)、京都府(約16%)、新潟県(約9%)で、この3府県だけで全国の生産量の半分以上を占める。

一方、福島県は7位(約2%)。

それでも“日本酒王国”を名乗るのはなぜかといえば、最も歴史がある唯一の全国規模の日本酒の鑑評会で、近年圧倒的な成績を収めているからだ。

全国新酒鑑評会
独立行政法人酒類総合研究所(広島県)と日本酒造組合中央会が、日本酒の製造技術と品質の向上のため開いている『全国新酒鑑評会』は、ことしで111回目。

その年の酒の品質の動向をいち早く知ることができるため、業界関係者や全国の日本酒ファンに注目され、売り上げなどにも影響することから、各酒蔵とも威信をかけて最も良い酒を出品する。

出品数:800〜900点
出品:3月下旬
予審:4月(約半数に絞り込まれる)
决審:5月(金賞は全体の25%前後)

出品できるのは、精米歩合が60%以下の「吟醸酒」のうち、水を加えてアルコール度数を調整していない「原酒」で、酸味の指標「酸度」が0.8以上のもの。

審査は2段階で行われ、4月の「予審」で半分程度に絞り込まれたあと、5月の大型連休明けに最終審査の「決審」が行われ、特に優れた酒に贈られる「金賞」が決まる。

金賞に輝くのは、800~900点の出品酒から選び抜かれた200点ほどだ。

こちらは、詳しい記録が残っている過去20年の都道府県別の金賞受賞数。

かつては、新潟県や山形県などがトップに君臨していたが、福島県が、2013年から新型コロナの影響で最終審査が中止された2020年をはさんで去年まで、9回連続日本一を達成している。

酒蔵がたくさんあるから、金賞の数も多いというだけなのではないか。
そう思った人は、このデータを見てほしい。

都道府県別出品数が公表されていた一時期のものではあるが、「金賞受賞率」を計算してみたところ、福島県は平均で宮城県に次いで全国2位。
2012年(57.9%)と2013年(70.3%)はトップだった。

福島県は、多くの酒蔵があるうえ技術力も高い、まさに“日本酒王国”なのだ。

全国から集う“特別な酒”
全国新酒鑑評会出品酒の仕込みは、通常の酒の仕込みが終わった後、寒さが厳しさを増す年明けごろに始まる。

各酒蔵は3月下旬の出品期限から逆算して、原料となる米の選択から処理、麹(こうじ)造り、もろみ管理などの各工程で細心の注意を払いながら作業を進め、持てる技術のすべてを注ぎ込んで、最高の酒を目指す。

こちらは、酒の味を左右する「搾り」の作業の一種、「袋吊り」。
もろみを綿の袋に注ぎ、余分な力を加えず、重みで自然に酒が落ちてくるのを待つ。
機械に頼らず、じっくり時間をかけて雑味がない酒本来の味を引き出す、古くからのぜいたくな手法だ。

出品する酒蔵の中には、手間がかかるためふだんはできないこの作業を、年に1度、全国新酒鑑評会の出品酒を造る時だけ特別に行うところもある。
なぜ福島県の酒蔵は強いのか
その秘密は、“チーム戦”にある。

かつては目立たない存在だった福島の酒蔵が高級酒造りに力を入れるきっかけとなったのは、県酒造組合が運営する「清酒アカデミー」。

酒造会社の若手社員などが、3年間、会社の枠を超えて酒造りの知識や技術を学ぶこの職業訓練校は、1992年に設立され、これまでにおよそ300人の卒業生を送り出してきた。
今では、県内に60ほどある酒蔵の杜氏(とうじ)の3分の2がアカデミー出身者だ。

こうしてできた土台をもとにさらに勢いを加速させたのが、有志が立ち上げた「高品質清酒研究会」。
通称「金取り会」、文字どおり全国新酒鑑評会で金賞をとるための会だ。
企業秘密でもある吟醸酒造りのノウハウを互いに包み隠さず共有し、切磋琢磨(せっさたくま)しながら、高いレベルの酒造りを追求してきた。

経験と勘に 科学とデータを
日本一を目指す福島の酒蔵の息の長い取り組みを支え、“日本酒王国”福島を誕生させた陰の主役として、関係者の間で「日本酒の神様」と呼ばれている人がいる。

県の技術系職員として、福島の酒蔵が高級酒造りに力を入れ始めた30年余り前から一貫して酒造りの研究を続け、福島県清酒アカデミーの講師を長年務めてきた鈴木賢二さん。

どうすればうまい酒ができる確率が高くなるかを数値で示し、杜氏の経験と勘に頼っていた酒蔵の技術を、科学とデータで底上げしてきた。

これは、鈴木さんが2002年から毎年作り、県内の酒蔵に配っているマニュアル。
業界の流行や金賞を狙うための技術的なポイントなどをまとめた、いわば全国新酒鑑評会向けの作戦指南書だ。

福島県酒造組合 特別顧問 鈴木賢二さん
「酒屋万流ということばがあるように、杜氏は、こだわりや思い入れが強く、一度良い酒ができるとそれを自分の蔵の秘策として変えようとしない傾向がある。このため、そこで品質向上がストップしてしまうことが課題だったが、一部の杜氏や若い蔵人は比較的柔軟に私のマニュアルを受け入れてくれた。若手中心に、私が教えた以上に良い酒を造り、ベテラン杜氏たちもそれに感化されて『自分たちも負けていられない』と良い酒を造って、互いに高め合ってきた」

地道な取り組みが実り、福島県は2006年に初めて全国新酒鑑評会の金賞受賞数日本一に輝いた。
さらなる飛躍のきっかけ

そんな福島県の酒造業界が全国的に注目されたきっかけは、皮肉にも、あの出来事だった。
東日本大震災と世界最悪レベルの原発事故が重なる、かつてない苦しみ。
福島県産のあらゆるものが消費者から敬遠され、売れなくなった。

そこで福島県酒造組合は、それまで一般にはあまり注目されていなかった全国新酒鑑評会の都道府県別金賞受賞数に着目し、マスコミ向けに発表する作戦に出た。

全国新酒鑑評会は、本来、酒の品質やそれぞれの蔵の技術を評価するもので、地域ごとに競う「団体戦」ではないが、原発事故の風評に対抗するため、金賞というブランドを利用しようと考えたのだ。
震災の翌年は2位、そして2013年には日本一に返り咲いた。

そこからは、昭和の時代に広島県が達成した5連覇を超え、怒とうの9連覇。

福島の酒は、ふるさとを誇れなくなっていた県民の希望の星となっていった。

福島県勢の快進撃に、ライバルも賛辞を惜しまない。
“強豪県”の酒造組合幹部
「原発事故の影響で大変な思いをしながら、各蔵が優秀な成績を収めているのは、率直に言って尊敬に値する。全国新酒鑑評会の金賞受賞数日本一は、県内の酒蔵のレベルが総じて高くないと実現できないし、そもそも狙ってとれるものではない。1位と2位は雲泥の差で、9回連続で1位をとるというのは、あっぱれというほかない」

謎に包まれた審査 謎に包まれた審査

酒類総合研究所で行われた決審

全国の酒蔵が浮沈をかけて臨む全国新酒鑑評会の審査とは、どのようなものなのか。
原則非公開の現場に、今回、特別に許可を得てカメラが入った。

5月10日から2日がかりで行われた金賞を決める「決審」で審査委員を務めたのは、国税局の鑑定官や酒造会社の関係者など20人。

それぞれ用意された席に座り、醸造元や銘柄が伏せられた状態で専用のカップに注がれた酒を口に含んで、味や香りなどを確かめていく。

しかし、撮影できたのは、ここまで。

もっと詳しく知りたいと、今回を含めこれまでに4度審査委員を務めた鈴木賢二さんに聞いた。

新酒鑑評会審査カード(予審)

こちらは、第1段階の「予審」で使われた審査カード。
香りの品質と華やかさを5段階で評価したうえで、どのような香りを感じたか細かくチェックしていく。

バナナやリンゴといった果実の香りなどの「吟醸香」に関するもののほか、カビや土の臭いがするなどマイナスポイントになるものもある。

味についても同様に、品質や濃淡、それにあと味の軽快さなどについて細かくチェックしたうえで、総合評価を5段階でつける仕組みだ。

これに対し「決審」は、香りや味などの要素を細分化せず、総合評価だけで、特に良いものは「1」、その次なら「2」と判定していく。

福島県酒造組合 特別顧問 鈴木賢二さん
「決審に進んだ酒は、いずれも厳しい審査をくぐり抜けた入賞候補の酒なので、問題があるものはほとんどない。このため、入賞がふさわしくないと評価した酒があれば、審査カードに理由を書き込む仕組みになっている。すべて良い酒だという前提なので、心を鬼にしてもの足りない点を探し点数を下げていくイメージで、特にバランスの良い酒、香りの良い酒、非常にインパクトのある酒が良い点がつくことが多い。もし渋味があれば、酒を搾る時の袋の洗浄が甘かったのではないかといった改善点が浮かび上がるので、それが技術の向上につながっていく」

成績書(サンプル)

審査結果は、各項目が数値化されて通知表のような形で各酒蔵にフィードバックされ、次の酒造りに生かされる。
香りや味などの項目は偏差値で示され、入賞酒や金賞酒と自分の蔵が出した酒の評価の差を細かく確認できるようになっている。

最高の酒には 最高の状態で
全国の酒蔵が送り出した最高の酒を見極めるには、審査する側も最高の状態でなければならない。
審査委員は、体調管理はもちろん、当日の食事などにも、とても気をつかっているという。

福島県酒造組合 特別顧問 鈴木賢二さん
「香りが強いものや香辛料がきいたものは避けなければならないので、ソーセージやベーコン、それにコーヒーなどはNGで、ほかの審査委員に迷惑をかけないようタマネギやニンニクなども避けるようにしている。利き酒の際は1回ごとに水を飲んでリセットするのかとよく聞かれるが、そうすると逆効果。連続してたくさん審査するから違いがわからないのではなく、たくさんやるからこそだんだん迷わなくなり、違いがはっきりわかるようになる。口に含むだけとはいえ、2日間で400近い酒を審査するのは、正直言って非常に体力を使いしんどいが、感動できるような酒に出会えることもあるし、全国的なトレンドを肌で感じて次の酒造りに生かせるので、貴重な経験だ」

注目の結果発表は、今月24日の午前10時。
酒類総合研究所のホームページに、入賞酒と金賞酒の一覧が掲載される。

都道府県別金賞受賞数日本一の行方はもちろん、知っている銘柄の酒がどんな評価を受けているか、見てみてはいかがでしょう。