熱中症・エボラ…迫る五輪 医療の備えは万全か?(朝日新聞デジタル 2019年11月12日)https://digital.asahi.com/articles/ASMC76789MC7ULBJ018.html

2025年オリパラには国内外から延べ1010万人が訪れるという。熱中症や感染症、事故やテロなども想定され、訪日外国人によってデング熱やマラリアなどが流入する心配もある。感染症は首都圏だけでなく、海外からの事前合宿や、大会前後に交流する「ホストタウン」など全国に広がる。また外国人労働者からの感染のリスクもある。「過度に心配する必要はない」と関係者は話すが、国は万全を期すようだ。

【ポイント】国内外から観客など延べ1010万人が訪れる東京五輪・パラリンピック。猛暑による熱中症や感染症、大規模な事故やテロなど、多くの人に健康被害が生じる事態も想定される。

一定期間に限られた地域に多くの人が集まる状態を、災害医療用語で「マスギャザリング(MG)」と呼ぶ。人が集まることで、災害の発生リスクが高まるとされる。
国際的なMGとして、イスラム教の聖地・メッカ巡礼がある。200万人以上が世界から集まる大イベントで、髄膜炎の流行や巡礼者が折り重なって倒れて死亡する事故などが起きている。2016年のブラジルのリオデジャネイロ五輪では、ジカウイルス感染が話題になった。

東京五輪・パラリンピックでも、訪日外国人の増加によってデング熱やマラリアなどが流入したり、外国人が一般医療機関を受診する機会が増えたりする可能性がある。
また外国人労働者も増加することを前提にした対策を考えないとならない。

日本救急医学会を中心とした関連学会は16年4月、学術連合体(コンソーシアム)を立ち上げた。感染症や外傷、集中治療、中毒など様々な専門分野の25団体が、対応策の検討を進めている。「世界的にテロが増えているが、国内で具体的な対策を進めている医療機関はまだ少ない」 10月の総会では、医療態勢の課題とともに、国内で整備が進んでいなかったテロ発生時の態勢についても議論された。日本外傷学会は、銃や爆弾を使ったテロによる負傷者を診察する際のガイドラインを作成。日本臨床救急医学会は、訪日外国人診療に関するガイドラインをまとめ、診察時のコミュニケーションや医療費支払いに関する注意事項などを盛り込んだ。日本感染症学会は注意すべき76種類の感染症の解説をサイトで公表した。「開催まで時間はあまりないが、仕上げて、東京五輪・パラリンピックをきっかけに、地域の救急医療を整備し、将来へのレガシー(遺産)としたい」と話す。

蚊が媒介して人に感染し、熱や筋肉痛などの症状を引き起こすデング熱。2014年、海外から持ち込まれたとみられるウイルスによって約160人が国内で感染した。東京五輪・パラリンピックにウイルスが持ち込まれ、再び感染が広がる懸念がある。
国立感染症研究所は、新宿御苑で蚊からデングウイルスが検出されたと想定し、駆除訓練を行った。約50カ所で蚊を採取し、蚊の密度が高かった場所に殺虫剤を散布した。

国際的な大規模イベントによって流行リスクが高まる感染症には、はしか(麻疹)と風疹もある。「はしか」は今年、世界的に患者が増加。国内では排除状態だが、感染力が非常に強く、海外で感染した人から周囲に広がり、散発的な流行が起きている。
「風疹」はくしゃみやせきなどのしぶきでうつる。妊婦が感染すると、赤ちゃんが心臓の病気や難聴、目の障害を起こす先天性風疹症候群になるおそれがある。国内でも過去に定期接種を受ける機会のなかった中年男性を中心に流行が続く。
厚生労働省は、重い感染症が疑われる患者が出たときは、病名が診断される前に医療機関が保健所に届け出るように基準を変更。麻疹や風疹などについて、自治体同士が患者の情報をすぐに共有できるようシステムを追加し運用を始めた。
内閣官房などがまとめた東京五輪・パラリンピックに向けた感染症対策の計画では、大会に関わる国家公務員に麻疹と風疹の混合ワクチン(MRワクチン)の接種歴が確認できない場合は接種を求め、大会関係者や訪日客と接する民間企業の従業員にも推奨している。
エボラ出血熱など致死率の高い感染症の検査体制を強化するため、感染研はエボラ出血熱やラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱など5種類の病原体を、村山庁舎(東京都武蔵村山市)に初めて輸入した。病原体の実物を使うことで、より速く正確に診断でき、患者の回復状況も調べられるようになるという。

感染症への警戒は首都圏だけではない。海外から事前合宿を受け入れたり、大会前後に交流したりする「ホストタウン」は全国に広がる。
「過度に心配する必要はないが、自分たちが交流する国や地域でどんな感染症が流行しているか、事前に頭に入れておいた方がよい」「手洗いやワクチン接種、せきや熱がある人との接触を避けるといった基本的な予防が大切だ」と指摘する。

東京オリンピック・パラリンピックが開かれる7月下旬から9月上旬は、熱中症の危険性が1年間で最も高い時期だ。国や東京都は、来夏に向けてハードとソフト両面での対策を準備している。
熱中症のリスクが高いのは、最寄り駅から競技会場まで観客が歩くルートだ。日光を遮るものが少ない道路を多くの来場者が移動する状況は、空調や救護所の整った会場内と比べて対策が難しい。
東京都は、会場までの行程の最終区間を意味する「ラストマイル」と名付け準備をしている。
一つは、ミスト(霧)都は、公園や駅前、歩道などに区や企業がミストの噴出装置の設置費用を全額補助している。水道料金を割り引く仕組みもあり、都内の会場周辺の20カ所以上に設置される予定だ。街路樹を活用して、効果的に日陰を作り出す取り組みもある。会期中に樹形が規定の範囲で最大になるよう、数年前から刈り込むタイミングを調整している。
気温だけでは熱中症のリスクをとらえづらいため、環境省は五輪期間中、湿度や日射などを踏まえた「暑さ指数」(WBGT)の測定器をおもな会場に設置する。全42会場の指数をインターネットで配信、観客の対策を促す方針だ。
日本の高温多湿に慣れていない外国人向けには、成田空港と都心を結ぶバスの車内で熱中症対策を呼びかける動画を英語など3カ国語で流すほか、会場周辺でうちわ形のチラシを配って注意を呼びかける。
高齢者や障害者への配慮も欠かせない。体温が調整しにくかったり、車いすでは路面からの照り返しを受けたりしやすい。

外国人診療、言葉の壁については、「やさしい日本語で外国人診療を」を医療者へ普及を進めるグループが、昨年から学会の研修会などとして開いている。「外国人に英語で声をかけがちだが、日本語の方が話せる人は多く、ある程度理解してもらえる例も少なくない。東京五輪でも、学習してきた日本語を使いたいと思って来日する外国人が一定数はいるだろう」と話す。