「これぞ究極の宿泊施設」星野佳路氏が絶賛、顧客をリピートさせる圧巻のシステム
(朝日新聞デジタル 2021年1月1日)
https://www.asahi.com/and_M/20210101/20574436/?fbclid=IwAR2MWtmJAaYOM72vMlpmITP7zGdaW4wEiesopOyhDocWFQoPGUaEmYGdSf8

【ポイント】
カナダの宿泊施設「Chatter Creek」は、主に上級スキーヤー向けの宿泊施設で、通常の観光客が訪れない自然の雪山を滑れるといい、ほとんどの宿泊客が「来年もまた来たい!」と思うという。
ツアー終了後の2週間、翌年の同じ週のツアーを優先予約できる権利が与えられ、直ぐに予約は満杯になるという。
強いインセンティブを顧客に与えることにより、顧客の満足度を高めて、ロイヤルカスタマーになる仕組みができあがっているようだ。

【 内 容 】
1990年代から2000年代にかけて、苦境にあえぐ数々のリゾート施設を再生に導いてきた。付いたあだ名が「リゾート再生請負人」。「マルチタスク」や「フラットな組織文化」など観光産業の既成概念にとらわれない仕組みを創造して競争力を高めてきた。00年代後半からは自社施設のブランド化にも力を注ぎ、「星のや」「界」などは今や国内有数の人気施設に。
星野リゾート代表・星野佳路さん。日本の観光産業の“顔”と言えば、この人のことを想像する人は少なくない。
そんな業界の牽引(けんいん)役に「すごい同業者」はどこかと尋ねてみると、返ってきたのはカナダの知る人ぞ知るロッジ。いわく「“究極”の宿泊施設」らしい。一体どんなところなのか――。

ロッキーの大自然で味わう極上のキャットスキー体験
――「すごい同業者」というテーマで事前にお尋ねしたところ、カナダの宿泊施設「Chatter Creek Mountain Lodges」(以下Chatter Creek)が挙がりました。正直、初めて耳にする名前でした。
星野 そうですよね。どこがすごいのかをお話しする前に、まずはどんな施設なのか説明しますね。
Chatter Creekは、カナダ・ロッキー山脈の西斜面にある、キャット(雪上車)スキーのツアーを提供するロッジです。日本ではキャットスキーはあまりなじみがありませんが、通常の観光客が訪れないような自然の雪山をキャットで移動しながら滑るという、主に上級スキーヤー・スノーボーダー向けのアクティビティーです。

現地での滑走可能な敷地面積はなんと238平方キロメートル(東京ドーム約5100個分)。これだけの敷地ですから、人が滑った跡のあるところを滑るなんてことはありません。大きなキャットに乗って移動して、降りて、雪原を滑る。滑り終わるとまたキャットに乗って移動して、滑る。毎日、新雪のプライベートゲレンデを独り占めしたような気分になれます。
こんな極上のスキー体験は日本ではまず味わえませんよ。ここはスキーヤー・スノーボーダーの間では知る人ぞ知る、キャットスキーの「聖地」なんです。

「Chatter Creek Mountain Lodges」HPより。
――そのリッチな体験を提供しているところが同業者の視点ですごい、と。
星野 ユーザーとして魅力を感じるのはもちろんそこですが、同業者として私がすごいと思ったのはまた別のポイントです。このChatter Creekの予約システム、予約のさせ方がすごいのです。
――予約のさせ方、ですか?
星野 Chatter Creekの予約サイト(下図)をみてください。カナダのスキーシーズンは12月中旬から4月上旬くらいまで。Chatter Creekではその期間中に、2~4日間を1ツアーとして、36組のツアーが組まれています。今年はコロナで規模を縮小しているようですが、例年であれば、一つのツアーにおける定員は42人です。
この予約サイトには、そういったツアーの情報がまとめられていますが、注目してほしいのは「Availability」と「Pending」という二つの項目と、そこに記載されている数字です。

Availabilityは予約可能な人数、つまり空き状況です。例えば「Tour 9」であれば、空きは残り14人分。この、空き状況を表示するシステムはさほど珍しくありません。
もう一方のPendingは「支払い待ち」の人数。参加枠のみを抑え、参加費は払っていない人の数です。
例えば私が空席(Availability)のあるツアーに応募すれば、その時点ではPendingの扱いになる。つまり、Availabilityの数が1減り、Pendingが1増えます。そして期日までに参加費を払えば、予約が確定し、Pendingは1減る。こうして定員が一つ埋まります。
もしも期日までに料金を支払わなければ予約は不成立となり、その枠は再びAvailabilityに回され、誰もが応募できるようになります。つまり、Pendingが1減り、Availabilityの数が1増える。そうした仕組みがサイト上で見える化されています。

――それだけ聞くと、普通の仕組みに感じます。
星野 そう思いますよね。でも、実際はリピートを誘う究極の構造になっています。実は先に説明した“普通の応募”以外のルートでPendingに入る方法があるのです。
Chatter Creekでは、その年のツアー参加者に対しツアー終了後の2週間、翌年の同じ週のツアーを優先的に予約できる権利が与えられます。例えば今年の「Tour 3」の参加者は、終了後の2週間、翌年の「Tour 3」の参加枠を自動的に押さえている状態になる。そして、2週間以内にデポジット(参加費の25%)を支払えばその時点で予約が完了する。

――その年の参加者だけに与えられる特典。
星野 そういうことです。一昨年やそれより前に参加したことがある人には、この特典は与えられませんから。
この仕組みによって、たとえば定員の42人で行われたツアーの場合、ツアー終了後の2週間は「Pending」が42、「Availability」が0になります。当該ツアーの参加者が全員リピートすれば、新規の利用者が入って来られない仕組みになっている。そして、新型コロナウイルスが広がる前までは、現にそういうことが起きていたといいます。つまり、リピーターのみで定員が埋まり、クリスマスにかかるツアーなどを除いてほぼ一年中、Availability0、Pending0の状態になっていた。

リピーターで全てが埋まるなんて、ホテル事業者としては究極の姿ですよ。目指してもまずできることではありませんが、Chatter Creekはそれを実現している。これはすごいことです。
ただ、驚くには値しません。なぜなら、年間のツアー数、ツアー定員が絞られている上に、このChatter Creekでの非日常の体験を一度味わうと、ほとんどの参加者が「来年もまた来たい!」という気持ちになるほど、強力なコンテンツがある。そこに、「2週間以内にデポジットをお支払いいただければ、来年のツアー枠を確保しますよ」とささやかれたら。

――その席を明け渡したくない、という心理が働く。
星野 そうなんです! 明け渡したくない、という気持ちに、自然と顧客をさせてしまう。そして、1年後の予定をその場で決めてしまう。私は、このChatter Creekのウェブサイトを見て、これは“究極の予約システム”だな、と思ったんです。
事実、私が参加したときも、元プロスノーボーダーの団体客がいましたが、彼らは「毎年同じ時期のツアーに参加して、チェックアウトの日に必ず翌年の予約を入れているんだ」と言っていました。
時には、リピートをしない参加者もいるでしょうし、何かしらの事情で予約がキャンセルされることもある。そんな奇跡的な“空き”を求めて、世界中のスキーヤー・スノーボーダーが、日夜Chatter Creekの予約画面をチェックしている。いつ空席が発生するかわからないから、日々チェックしないといけないんです。

実はマーケティングの王道戦略
――星野さんは様々な場で、「教科書(専門書)どおりの経営」の重要性を説かれています。その観点からChatter Creekの予約システムをみた場合、理にかなっているのでしょうか。
星野 一見、ユニークなシステムにみえるのですが、実はマーケティングの基本に忠実な戦略だと思っています。
まず、Chatter Creekの予約システムは、リピート顧客に強い予約インセンティブを与えることで、顧客の満足度を高めて、ロイヤルカスタマーに育成する仕組みが自然とできあがっています。これは、ドン・ペパーズなどが『ONE to ONEマーケティング 顧客リレーションシップ戦略』(ダイヤモンド社)で基本原理を提唱したカスタマー・リレーションシップ・マネジメント(ITを駆使し顧客との関係強化を図ることにより獲得収益の最大化を図る手法)の究極の姿だと思いますよ。

また、私が実践している経営理論のひとつである「ファイブ・ウェイ・ポジショニング戦略」に当てはめても妥当性がありますよ。
ファイブ・ウェイ・ポジショニング戦略とは、商売における価値観を五つ(価格、サービス、商品、経験価値、アクセス)に分け、さらにそのポジションをレベルⅠ(業界水準)、レベルⅡ(差別化)、レベルⅢ(市場支配)の三つのレベルに区分するというものです。
この五つの価値観にChatter Creekの予約システムを当てはめてみたとき、私が注目するのは「アクセス」です。フィリップ・コトラーは「Ease of access」と言っていますが、要は「買いやすさ」、購入に至るアクセスのしやすさです。
その点で、このChatter Creekの予約システムはすごくシンプルにできていますよね。ウェブサイトも「Availability」と「Pending」が一目でわかる。その意味でもファイブ・ウェイ・ポジショニングの理論にかなっていると思います。

「圧倒的な需要過多」の状態があって初めて機能するシステム
――国内外のリゾート施設でこれを模倣するような動きはあるのでしょうか。
星野 少なくとも私は聞いたことがないですね。極上のスキー体験という強力なコンテンツがあり、それによって需給関係で圧倒的に需要が高い状態をつくれている。この条件がそろって、初めてこの予約システムは機能します。普通のホテルにはそんなに利用者が来ないので、この予約システムだけをまねしてもあまり意味がありません。
逆に言えば、強烈なコンテンツがあれば、こういう仕組みを導入することで顧客に自社の魅力を強く訴求できるわけです。世界のリゾートでこれだけの人気を誇っているところはなかなかないと思います。

――星野リゾートでも、採り入れようと思ったことは?
星野 私たちの運営する宿泊施設でも、正月やGW(ゴールデンウィーク)など満室となる時期に、宿泊された方がチェックアウトと同時に翌年の予約をすることはよくみられます。このように、需要過多の状態をつくれている場合は、Chatter Creekのようなシステムを導入しようと思えばできるかもしれません。
ただ、正直そこに社内リソースを投下しようとは考えてきませんでした。我々は年間を通じて施設を稼働させる必要があり、提供している宿泊数もChatter Creekとは規模が異なります。そのため、正月やGWなど、放っておいても自然と埋まるところではなく、放っておくと埋まらない日にどうやって人を呼び込むかということに腐心してきたのです。そこで、マイレージプログラムとかロイヤルティープログラムのような、顧客を囲い込んで優遇する施策をいろいろ考えてきたわけです。

――リピーターに対してディスカウントをする仕組みは、よくみられます。
星野 そうですね。ホテル業界でも、リピーターの顧客に対する割引制度を導入しているホテルはあります。これは航空業界におけるマイレージプログラムと同じ戦略ですよね。
ただ、リピーターに対するディスカウントというのは、本来のマーケティングの姿ではないと私は思います。リピーターは好きだから買ってくれているのに、安くする必要があるのかと。経済的なインセンティブがなくても、自然と「また泊まりたい!」という気にさせるのが、本当の意味でのマーケティングだと思うんです。
その点、Chatter Creekは割引なんかしなくても、顧客のモチベーションを強烈に高める仕組みになっている。圧倒的な魅力を持つコンテンツの価値をさらに高め、リピーターを優先して入れる。これこそが顧客を大事にする究極の方法ではないでしょうか。日本にも古くから「一見(いちげん)さんお断り」という得意客を優遇する文化はありますが、ある意味それにも通じるところがあります。こんなリゾート施設、世界中見渡してもなかなかありませんよ。