BUAISOU、5人の小さな工房がグローバルブランドになれた理由
(Forbes JAPAN 2023年1月31日)
https://forbesjapan.com/articles/detail/60330

【ホッシーのつぶやき】
「日本の伝統工芸を世界に」を実践されている徳島の藍染工房の「BUAISOU」という企業の取り組み、目指す方向が素晴らしいと感じるレポートです。最初から世界を目指すとしてニューヨークに会社と工房を作られ、世界に認知される様は突き抜けています。
それにしても「青く染められた職人の手と藍の葉」の写真は美しく、この企業の真髄を感じさせますね…

【 内 容 】

BUAISOU マネジメントの西本京子氏。写真提供:CHAT(Centre for Heritage, Arts and Textile)2月5日まで開催中の展覧会「Absolute Blue: BUAISOU Works with Japanese Natural Indigo」の展示作品「 百色幟」の前にて

「日本の伝統工芸を世界に」という標語は、正直もう聞き飽きた。しかしながら、少子高齢化が進み、経済的な成長も見込めない日本において、伝統を絶やすことなく、むしろ良質なコンテンツとして世界に打ち出していくことは、今後ますます重要となる。それも、一時的に盛り上げるのではなく、継続して支持されるブランドを築き上げていく必要がある。

そんな中、ニューヨークやイギリス、インドなど、世界各国からワークショップの依頼が殺到し、ナイキやトリーバーチ、ジミー チュウなどの著名なブランドとコラボし、さらには香港で大規模な展覧会を開催するなど、独自のグローバル路線を直走る徳島の藍染工房がある。それがBUAISOU(ぶあいそう)だ。

たった5人の小さな工房が、なぜグローバルで熱烈に支持されているのか。ブランディングをディレクションしている西本京子氏に話を聴いた。

「グローバルを目指すにあたり、まず始めに“伝統工芸”の定義について考える必要があります。一般的に伝統工芸というと、昔から行われている技法を忠実に再現していくものと思われがちです。でも技法というのは、実は何百年、何千年と進化を繰り返しながら受け継がれてきたものです。今、伝統工芸と言われているものは、私感ですが、江戸時代から昭和にかけての手法を教科書的になぞらえているものが多いように思います」

確かに伝統工芸というと、古き良き製法をそのまま継承するのを良しとする風潮がある。ところが西本氏の言うように、昔の職人たちも、常にもっと良いものを作るにはどうしたら良いかと葛藤し、幾多のイノベーションを起こしてきた。良いものは継承し、時には大胆に進化させながら、今日の伝統工芸を作り上げてきたのだ。

「BUAISOUの代表で藍師・染師の楮覚郎(かじかくお)は、伝統工芸を背負っているという意識は全くありません。昔の職人たちをどうしたら越えられるのか、という純粋な気持ちで、先人たちに本気で挑んでいる。

結果的に天然素材にこだわることになるので、古き良き伝統を受け継いだかのように捉えられますが、技法についてはたとえ一片でも、新しく独自のものを開発しています。例えば独自の表現をするためであれば、ヒートガンを使ったり、エアーコンプレッサーなどを使うこともあります」

このように伝統を重んじながらも、現代的な技法を駆使してモノ作りをすることで、BUAISOUの秀逸なプロダクトは生み出されている。

ただ、この伝統と現代的な技法を融合させる塩梅が非常に難しい。やりすぎると突飛なものになり、伝統工芸の枠を逸脱してしまう。逆に教科書的な方法を重んじすぎるとイノベーションは起こせない。BUAISOUの手掛けるプロダクトや作品は、どれも絶妙なバランスで成り立っている。一体どうすれば、このアウトプットに至るのだろうか。

「モノづくりに純粋さや自由さがあるか、そしてどこまで深く理解しているか、というところだと思います。例えばビジネスとして成功させようとか、家業として継いで職人になった場合ですと、どうしてもモチベーションが、ビジネスや家のためになりがちです。

楮は自分たちが生み出した「藍」という色が、エジプトのミイラが包まれていた布に一片の藍色が見受けられるように、何百年も、強いては何千年と未来に残ることを純粋に願っている。もしBUAISOUが解散して1人になったとしても藍を触り続ける、という人生を掛けた覚悟で挑んでいます。

また特定の師匠に弟子入りして学んだわけではないので、モノ作りに対しての自由さも持ち合わせています。加えて、大学でテキスタイルを学び、布の構造や特性、染色についての知識があり、今でも興味を持ち、資料を読み漁り、学び続けているので、より深みがあってユニークな発想が生まれるのだと思います。

別の視点で言えば、私が藍の産地である徳島で生まれ育ちながら、藍の業界を知らなかった、触れてこなかった、ということも、全く異なるBUAISOUオリジナルの藍染のイメージを作り出すことができた一因であると思っています」

彼らは、グローバルへ発信する上でも、“すべてにオープンで、嘘がない”ということを重要視している。伝統工芸の現場に取材に行くと、「ここは撮影しないでください」などと独自の技術を隠して守ることがあるが、BUAISOUでは素材から道具、技法に至るまで、すべてを明かしており、工房に行くと事細かに説明してくれる。

インド、ケララ州で行われた国際カンファレンス「Sustainability of Natural Dyes」で行ったワークショップ時の写真

「インターネット時代になり、オープンソースであることが人々のスタンダードになっています。そんな中で、何かを隠しても、逆にファンのエンゲージを妨げてしまうだけ。すべてを曝け出し、お客様も気持ちよく、自分達も100%胸を張れる状況を作るのが、ブランドの強さに繋がります。もしやり方が分かったとしても、他が追随できないクリエーションをすればいい。そういうものこそ、圧倒的なオーラを纏うのだと思います」

BUAISOUが世界に出ていく戦略やプロセスにも、そうした潔さが貫かれている。

「徳島の中学の先輩で、社会人になってもお世話になっていたチームラボの猪子寿之さんが以前、これからのモノづくりは『グローバル・ハイクオリティ・ノーコミュニティ層と、ローカル・ロークオリティ・コミュニティ層の二つに分断される』と言われていました。猪子さんの言葉を借りて言うのであれば、最初から前者を目指してきたと思っています。これらの軸をごっちゃにしてしまうと、中途半端になってしまいます。

例えば最近の日本では、コミュニティの重要さが良く語られますが、BUAISOUでは意識していません。もちろん地域のコミュニティも大切だと思っていますが、グローバルに突き抜けることで、間接的に地域へも還元ができると考えているんです」

会社として立ち上げる際も、最初から世界を目指すということでニューヨークに会社と工房を作り、徳島出身の投資家等から調達した出資金をニューヨークに設立した会社に入れ、世界各国でワークショップを行うことにも専念した。

「藍染って仕込みに10日程掛かるので、職人の渡航費や滞在費を考えると、海外でワークショップを行うのは通常、ハードルが高いんです。でも我々は最初からグローバルを目指したので、そこに資金を投入し、アメリカ、フランス、シンガポールと躊躇することなく、さまざまな国に出向きました。

その結果、BUAISOU=海外で活躍しているというイメージを作り上げることができましたし、ワークショップは2年目からすべて招待していただけるようになりました。自分たちの世界を表現し、物事の本質的な価値を伝ていくためには、とれる限りのリスクをとって飛び込んでいくことが必要だと思います」

ブランドを立ち上げる際、小規模であればなるべくお金を使わずに展開することは鉄則であり、伝統工芸の場合は補助金を活用するケースも多い。しかしながら、BUAISOUはしっかりと自分たちの熱意とポテンシャルを投資家に伝え、自ら資金を確保し、それを惜しみなく活用することで、スピード感を持ってブランド認知を確立した。

ビジネスシーンでは当たり前のようにも思えるが、職人が主導する伝統工芸の分野ではファイナンスはおざなりになりがちだ。職人とビジネスマネジメントの役割分担がしっかりできていたことも、勝因の一つであろう。

BUAISOUの魅力を伝える上で特徴的なものに、インスタグラムなどにUPされる写真が挙げられる。特に青く染まった手に、鮮やかな緑の藍の葉っぱを持った写真は、多くの海外メディアで使用され、BUAISOUのイメージ戦略の一翼を担っている。実はこの写真、プロのカメラマンではなく西本氏が撮影したものだ。

「私は学生時代に報道カメラマンを志したこともあり、“一枚の写真が世界を変える”と信じています。写真については、大学の写真部時代に基礎知識を身につけ、建築写真家のアシスタント経験や、様々な国々をバックパックしながら撮影をしていたのである程度のリテラシーはありますが、プロには及びません。でも、私は常に工房で職人たちと一緒にいるので、最も美しい瞬間を知り尽くしています」

これまであまり撮られることがなかった職人の青く染められた手を美しく切り取り、かつ藍染が植物からできている自然由来の染料であることを世界へ伝えたアイコニックな写真

確かにBUAISOUのSNSの写真を見ると、プロのカメラマンが数時間いただけでは撮れないような、現場の躍動感を感じる。日々、職人に寄り添いながら、変に作り込まれていない製作風景を撮影できるのも、彼らの強みだ。また投稿に関しても、米国のインスタグラムの責任者が工房を訪れた際に「理想的な使い方をされていますね」と絶賛したほど、巧みに行われている。

「制作までの工程や手間をできる限り分かりやすく伝えることが出来るように写真を撮影、公開していますが、その上で、イメージの統一を特に大事にしています。私は例えば職人の被っているキャップに他社のロゴがあれば、それをフォトショップで消すくらい、一枚の写真に徹底的にこだわります。

また、その写真がどういうところに届いて、どういう影響を及ぼすかということを明確にイメージしながら投稿している。ただお洒落な写真を上げているように思われますが、写真自体にも投稿にも、細心の注意を払っています」

BUAISOUはナイキやジミー チュウなど、名だたるブランドとコラボレーションをしているが、自ら営業したことは一度もない。ほとんどのブランドがSNSやインターネットでBUAISOUを発見し、Webサイトのお問い合わせにメールが届いたところから、プロジェクトがスタートしている。このようなプル型でブランド展開できているのは、徹底したイメージ戦略の賜物であろう。

「コラボレーションのプロジェクトは一年に一社と決めていて、他はすべてお断りしています。メディアの取材も必要以上にお受けしませんし、いくら有名なブランドから打診があっても、自分たちの方向性と合わない場合は、お断りしています。

恐らく、私、生意気だと思われて、評判が良くないと思います。でも、ブランドを守っていくには、小さい企業だとしても諂う(へつらう)のではなく、しっかりとこちらの意志を伝え、労働に見合う対価を提示し、時にはキッパリとお断りすることも必要だと思っています」

伝統工芸などに携わっていると、良いものを作っていれば売れる、いつか誰かが見てくれると信じ、ひたすら真摯にモノ作りに勤しむケースが多い。また、日本では特にそのような姿勢が美とされる風潮もある。

しかしながらグローバル化が進み、情報過多な世界においては、どのように知ってもらい、いかにブランドを成長させていくのかも含めてモノ作りに向き合わないと、なかなか結果を出しにくい。それこそ、職人の幸せも、日本の伝統工芸の底上げも叶わず、ただ地味に朽ちていくことになる。

香港のアートセンター「CHAT(Centre for Heritage, Arts and Textile)」で2月5日まで開催中の展覧会「Absolute Blue: BUAISOU Works with Japanese Natural Indigo」

「なぜ今回、BUAISOUのモノ作りについてではなく、ブランディング戦略についての取材をお受けしたかというと、日本の若い世代の人たちに、もっとグローバルで勝負してほしい、という想いがあるからです。私の祖父母は徳島が昔、生産量日本の一位二位を誇った、鏡台を作る工場を営んでいました。しかし、鏡台産業の急激な衰退を受け、私が幼い頃に閉鎖されました。そのようなことになることを少しでも防ぎたい、という気持ちもあります」

BUAISOUはただただ良いモノ作りをしてきただけではなく、西本氏のディレクションのもと、戦略的に世界に打って出るための手段を講じてきた。当然その過程においては、批判を浴びることもあったという。

「残念ながらユニクロとコラボレーションした時は、我々が染めた生地の色味や柄を忠実に再現しプリントした商品だったので、『お前等は悪魔に魂を売ったのか!』とまで卑下されたこともありましたが、固執した狭い視野の概念だけでは、もう世界とは勝負できないと思います。

ナイキを通してでしか我々の声が届かない層もいれば、ハイブランドを通してでしか、藍に興味がない方々もいる。そしてユニクロを通して藍に興味をもった方々も少なからずいるはずです。多角的な視点を持ち合わせ、アプローチをしていかないと、裾野を広げることはできず、それだけ声が届くであろう層を最初から失ってしまうことになります。

また、このような話をすると、モノ作りではなく戦略でのし上がったのか、などとご指摘を受けそうですけど、私は両方が必要で、ある程度したたかに事をなさないと、グローバルでは戦えないという確信があります。包み隠さずありのままのやり方を皆様にお伝えすることで、日本のモノづくりを世界に知らしめる、そして何よりも残すことの出来る一助になれば本望です」