観光庁発足12年半、観光立国の現在地 – 矢ケ崎紀子氏 (講演ポイント)

2021年3月31日「今だからこそできるインバウンド観光対策」オンラインイベントに、観光庁立ち上げに民間出身者として加わった東京女子大学の矢ケ崎紀子教授が登壇されました。

【ポイント】
観光庁が発足した当時(12年半前)、観光を産業として捉える風土もないなか、観光統計は各都市バラバラな基準だった。そのような観光庁に民間出身者として加わった矢ケ崎紀子が奮闘して、世界に通じる観光統計の基礎を作られたのがよくわかる講演だった。
「観光を産業にしなきゃいけない」こと、「インバウンド・ツーリズムは、可能性と脆弱性を併せ持つ」こと、インバウンド・ツーリズムに関わって「嬉しいな」と思ったことは、日本中で認知されるようになったことと、明るく語られていました。

矢ケ崎 紀子 氏
東京女子大学 現代教養学部 国際社会学科 コミュニティ構想専攻 教授
2008年の観光庁設立に官民交流で参加。2008年10月から2011年3月、観光経済担当の参事官として観光統計観光統計を整備。2021年観光庁アドバイザリーボード委員6人の1人。専門分野は観光政策。
著書に『インバウンド観光入門~世界が訪れたくなる日本をつくるための政策・ビジネス・地域の取組み』(晃洋書房)ほか。

【講演概要】
着任した当時、「日本の観光統計を世界レベルに挙げる、UNWTO(国連世界観光機関)に対してここまでできると見せるんだ」、「観光を産業にしなきゃいけない」という話については「優秀なマネジメントができる⼈材を育てることが近道」とセントラルフロリダ大学の原忠之先生からは言われました。
本保芳明初代観光庁長官の「たとえ組織がなくなったとしても残る観光統計をつくってくれ」の言葉をいただき、胸を打たれました。
当時、私のモットーは「観光にサイエンスを、⼈々に休暇を、参事官室に愛を」でした。
私が観光庁に着任した当時、9000万円弱しかなかった観光統計予算が、その後9億円に増えました。

政府は長いこと「1000万人越えを目標」にしてきました。次の目標は、観光立国推進基本計画ベースで1800万人としましたが、その後2000万人、2500万人と目標が上げられていきました。
2003年は、「VISIT JAPANキャンペーン」が開始され、業界的に「インバウンド元年」と言われています。この年には、イラク戦争がありSARSも流行りました。
「1000万人の目標」を超えるまで時間がかかりましたが、1000万人を超えると世の中での認知もされ、ニュースでも取り上げられ、歯車がいい方向に回りました。
「1000万人」は越えなくてはいけない実務目標でしたが、「4000万人・6000万」という目標は政策目標であり、少し性質が違い、「観光立国」という表明になりました。

インバウンド・ツーリズムは、可能性と脆弱性を併せ持つものだと思います。
自然災害や感染症、戦争・テロといったリスクがあります。「自然災害」も、今まで局地的な災害は経験してきましたが、大都市圏で起きたら、全国規模だったらというようなことも考えておかなければなりません。
湯布院は1975年に大分県中部地震で地域が大打撃を受けました。この時、年上の旅館経営者を中心に地元の大工を使うという方針に変えて、日頃から地元の大工と仲良くして、何かあるとすぐ直してもらう体制を作っています。それが熊本地震のときにも活かされ、早めの復興に役立ちました。
今回のコロナの体験も、経験と教訓をしっかり分析し、反省し、アーカイブにして次に伝えていかないといけません。
また政権交代のようなリスクもあります。民主党政権に変わった時、独立行政法人はダメ、社会的実験もダメ、プロモーションって何?と言った「事業仕分け」にかけられました。この時、JNTO(日本政府観光局)も解体の危機に見舞われました。

「訪日プロモーションの執行機関化」という話があります。2014年までは、海外プロモーションも企画も観光庁が実施しており国内契約も観光庁が行っており、この業務を監督するのがJNTOという立場でした。
プロモーションに関して、最も能力とリソースを持つJNTOが本業から追いやられていたのを、2015年以降、観光庁が企画し、予算を取ってJNTO=プロが実施する形に変わりました。

インバウンド・ツーリズムに関わって「嬉しいな」と思ったことは、日本中で認知されるようになったことです。
海外では当たり前の「旅のライフスタイル」、体験型(歩く、スキー、文化体験)など、物見遊山でない旅の本質が、インバウンド観光を通じて日本にも入ってきました。
訪日外国人が増えて、旅行消費額も大きくなり、投資もやってきました。このようにダイナミックな動きが、インバウンド・ツーリズムが認知されるに従って起こったことから、やっぱり「インバウンドは、観光振興の大事なエンジン」だと思います。