コロナ禍でも増収増益のスノーピークが進める、都会に住む人にこそ体験してもらいたいローカルツーリズムとは?
(やまとごころ 2021年4月16日)
https://www.yamatogokoro.jp/report/42680/

【ホッシーのつぶやき】
2012年当時、キャンプメーカーだった「スノーピーク」。アパレル参入により「衣食住・働く・遊ぶ・学ぶ」と展開され、2018年に体験事業「ローカルツーリズム」も始められた。
2020年に代表取締役に就任した山井梨沙氏は、「ゼロからイチにする力は人でなく自然にある」という。「都会では絶えず情報がインプットされ、感じ方や考え方が平均化されがち」だともいう。
”ローカルツーリズム”は、「継承されてきた土地の文化や食、ものづくりに触れ」追体験すること。ローカルな暮らしで生まれた生き方や価値観こそ、都会人に体験してもらう価値だと語られている。
スノーピークの快進撃の根本にあるアイデンティティーに触れた気がする。

【 内 容 】
アウトドアブランドとして「衣食住働遊」+学ぶという人生に関わる全領域で、自然と人や人同士をつなぎ、すべての人の生涯価値を高めようと歩みを進めるのが株式会社スノーピークだ。同社は、ここ数年で、アパレル事業や地方創生事業など新事業を次々と立ち上げ、規模を拡大させ、コロナ禍で経済が停滞するなかでも増収増益を遂げた。そんな変化をけん引してきたのが、2020年3月に同社の代表取締役社長に就任した山井梨沙氏だ。急速な時代の変化に柔軟に対応しながら、熱い想いを持って行動し、新しい取り組みを続けてきた彼女の原動力とは。2018年にスタートした体験事業「ローカルツーリズム」立ち上げの背景や現在の状況、今後の展望は? 同社とインバウンド領域で業務提携をする株式会社MATCHA代表取締役社長の青木優氏が山井梨沙氏に話を伺った。

ビジョンを見続け変化させ続ける、新社長が目指す個人主体の企業像
青木:社長に就任して1年経ちましたが、山井会長からの世代交代、若くしての社長就任、と沢山の変化があったかと思います。この1年、経営者としてどのような意識で臨んできましたか?
山井梨沙(以下、梨沙):スノーピークを、個人が失敗を恐れず主体的にチャンレジできる企業にすべく、意識的に取り組んできました。圧倒的なカリスマ性で会社を突き動かしていた父に代わり、私が社長に就任できた一番の要因は、反対や逆境があろうとも、やりたいことを絶対に形にしてやるという気概があったからなのかなと。1つの企業体というよりも個々人の集合体として、主体性や個性そのものがスノーピークの人格となり、新事業や未来を形作っていく。その実現を目指しています。
青木:梨沙さんが考えるスノーピークの社長の役割とは、何でしょう?
梨沙:個人が自走する環境を作ること、その一環としてまずは自分が実践して見せること、そしてビジョンを見続けることですね。特に大切なのが、今と未来のスノーピークの両方を、自分が状況判断し、変化させ続けることだと思っています。例えば、私が入社した2012年当時は完全なるキャンプメーカーでしたが、アパレル事業参入により、「衣食住・働く・遊ぶ・学ぶ」、という人間の営みの全てにスノーピークが必要であることの理由が見えてきました。そこから、「人生価値=ライフバリュー」というキーワードが生まれ、この達成の先にはまた別のビジョンが見えてくるはずです。予測して時代の流れを外さない目利き力が私に課せられていると思います。

アイデアの源は新潟の自然、今の時代に必要なのは自然と旅が培う野性
青木:拠点を東京から新潟に移したとのことですが、そのことで、新しい気付きや意識の変化はありましたか?
梨沙:何もないところから何かを生み出す、ゼロからイチにする力って実は人ではなくて自然にある、自然の摂理が物理的・形式的なものを生み出しているのでは、ということに気づきました。東京では絶えず情報がインプットされるので、感じ方や考え方が平均化されがちですが、新潟の自然のおかげで、新しいクリエイティブな発想がどんどん生まれていると実感しています。都会の環境から抜け出せたのは、日頃からキャンプをしていたり、仕事で地方に実際に足を運んで地域を感じるという体験があったからこそだと思っています。
青木:自然を感じることで五感が豊かになり、アイデアが生まれる。そうして言葉が生まれ、その言葉がデザインになり形を作っていく。
自然から派生した言葉やデザインが記号のようにたくさん並んだ都会は、ゼロから何かを生み出すことが難しくなっていますよね。だからこそ、自然を感じる体験や時間を大切にするべきだと思います。そうした体験が、梨沙さんが新しいものを生み出したり、何かを判断する際の拠り所になっているのでしょうか。
梨沙:仰るとおりです。スノーピークに入社してアパレル事業を立ち上げたのですが、入社前から興味があり携わっていたアパレル業界での経験や、自然のなかで感じていることを洋服として形にできるのでは? という閃きが繋がってのことです。機能的だけれども、五感で感じられて、感性も満たせる。自然環境に出ていく人にとって最適な洋服をデザインする。このような、今までにない価値観の創出も、やはり自然により培われた感覚だと思っています。
自然のなかにいると、気候や環境によって常に状況判断と未来の予測が必要となる、かつ、最大限に楽しめる設えを自分で考えて形にしなければならない。これは、スノーピークが目指す「都会の生活で失われた野性をキャンプで取り戻す」ということにも繋がっています。自然に乏しい東京育ちの友人がいるのですが、彼は野性を旅行で培ったと言います。確かに、旅は、行先は決まっても交通手段や過ごし方など不確定要素が多い。見知らぬ人に声をかけ頼ったり、地域との交流があったり…。キャンプと旅の目的・得るものは近いなと感じています。

自然の中で主体的に生きるローカルの暮らしがローカルツーリズムの原点
青木:スノーピークが取り組みを進めているローカルツーリズムを始めた経緯は、具体的にどういったものでしょうか?
梨沙:ローカルツーリズムは、日本各地で継承されてきたその土地の文化や食、ものづくりに触れ、追体験することで日本の魅力的な文化や産業を未来に継承していく旅のことで、現在は、Food(食)、Life(生活)、衣服(Wear)の3つを展開しています。最初は『消えゆく地方の産業を継承したい』という想いで、佐渡の農家のライフスタイルをもとにした〝洋服を作る″ところから始まりました。
かつて、日本のアパレル産業の工場の多くは日本国内にありました。ただ、若い人にとって厳しい環境であるため担い手が育たず、またコスト削減のための海外への工場移転なども相まって衰退・廃業していっていた。そんななか、慣れ親しんだ新潟の服の地産地消を促し、地元の着る文化を伝えたいと思ったのがきっかけです。そこで、幼いころからよくキャンプをしに足を運び馴染みのあった佐渡に決め、圧倒的に多い米農家をモデルにし「新潟で生きるための服」のビジュアル撮影することにしました。そこで撮影モデルとして紹介してもらったのが “ジジイ”こと佐渡棚田協議会の大石会長です。

梨沙:彼も同じように産業の衰退に直面する一人でした。ただ、そんななかでもジジイは自然のなかで生きていたんです。人としての魅力に溢れ、自然の摂理のなかでの原理原則の考え方を主体的に実践しながら、生活を営んでいました。そんな姿を見て、この地域に根差したローカルな暮らしで生まれた生き方や価値観こそ、都会の人に体験してもらうべきライフスタイルなのだ、と閃めいたのです。そこで「着てもらった服を販売するのですが、この服を着て、ここの田んぼで農業体験しませんか?」とジジイに提案したのが、ローカルツーリズムの始まりでした。

伝統に新たな価値を見出し伝えていくことが真の地域貢献に
青木:洋服を作るローカルウェアが、ローカルツーリズムの原点なのですね。なお、そうした地域に根差した伝統や暮らしの体験をビジネスとして成立させること、ローカルとビジネスの両者のバランスをとることに難しさも感じています。梨沙さんはどのようにして実現しようと思っていますか。
梨沙:難しいですね。私にできることは、きっかけ作りと可能性を生み出すことです。工芸や棚田など非効率な産業は、現代の大量生産大量消費の価値観においては必要のないものです。それがなぜ、今の時代に必要なのか? その必要性を理解してもらうには、現代にあった形にアップデートすることと実績が不可欠だと感じています。
佐渡の棚田に関しては、自分が食べる食糧の成り立ちを知る重要性や、生産の川上からかけ離れたところにいる都市で生活する人にこそ新しい発見がある。それを新たな「価値」として見出し、年2回の送客で実体験する機会を根気よく作り続けてきました。実績ができてきたのは最近のことで、経産省の「Cool Japan」に認められたことも相まって、スノーピークが価値を見出した棚田がようやく世間に知られるようになりました。ジジイから「スノーピークとやり始めてよぉ、米がたりねぇんだよ!」という言葉を聞いたときに、「あ~やっとここまで来た。今までの取り組みが報われた」と肩の荷がおりました。ようやく本当の地域貢献ができたのだと実感できました。

実体験のストーリーを語り伝えることが旅への動機づけに
青木:今後、より多くの人にローカルツーリズムを楽しんでもらうには、どのような工夫や取り組みが必要だと思いますか?
梨沙:ローカルツーリズムの良さは、実際の体験を通して初めて伝わり、その本質を理解してもらえると思っています。昔ながらの農法や工芸品の製作方法など、現在まで継承されてきたものに、現代的な新たな価値を見出すためには、やはり実体験として伝えることが重要ですね。デジタルとかITが伝えるにあたって助けになることは勿論ありますが、実際に触って、体験して、頭で理解して、体で感じることが、重要かつ即効性があると感じます。

青木:そうですね。そして人の実体験こそ、他の人を動かす力がありますね。大切なのは実体験をストーリーで伝えることで、聞き手や読み手に追体験してもらうことではないでしょうか。例えば、佐渡を例にすると、海外から佐渡に移住した人に、佐渡にたどり着くまでのストーリーを書いてもらう。実際に経験した人の心が動いたエピソードには凄まじい力がある。なので、ライターを派遣するのではなく、経験をした本人に書いてもらうような流れが今後求められているように思います。
実体験やブランドストーリーを自発的に伝えてくれる「スノーピーカー」と呼ばれる仲間が、自社内に限らず大勢いることは、スノーピークの強みですね。
梨沙:そうですね。スノーピーカーの存在を、どうローカルツーリズムに反映できるかが、重要ですね。
青木:インバウンド観光客のローカルツーリズムへの取り込みは、いかがですか?
梨沙:圧倒的な情報源不足が要因で、インバウンド観光客をなかなか獲得できていない現状です。過去に一組だけ強者のインバウンド観光客が、佐渡のローカルツーリズムに参加してくれました。香港からの30代のカップルで、たまたま日本語が達者だったので、日本語のサイトを検索して申し込んでくれたそうです。佐渡に興味を持ち行きたいと思っても、情報不足で頼れるものがなく、実際に足を運べない人たちが沢山いるのは残念ですし、海外向けに情報発信する必要性を強く感じています。
青木:情報発信にしても、清水寺の拝観時間といった基本的な情報はGoogleやTrip advisorなど知名度があるサイトを見ればすぐにわかります。ただ、旅行者独自が日本に来た理由、そこで何を感じたかといったストーリー性のある話こそ、旅への動機付けになり、人を動かせるんじゃないかと思います。

課題はローカルツーリズムが自発的に生まれ自走する体制作り
青木:ローカルツーリズムの取り組みを加速していくにあたって、今一番の課題は何ですか。
梨沙:地元の方々がより可能性を感じて、企画・運営できる体制を作っていくことが、一番の課題ですね。ローカルツーリズムにおける私たちスノーピークの役割は、外から地域を見て可能性を見出して可視化することです。ただ、私たちから動いて地域に働きかけないとなかなか形にならないのが現状です。地元の人々自らが、努力しツアーのオペレーションを担い、集客できる仕組みを考えられるようになれば、ローカルツーリズムが自発的に各地で生まれ、自走していくはずなのです。そうなれば、結果的にその土地に訪れる人が増え、地元の人と旅行者が直接繋がれる体験がどんどん増えていく可能性があります。
青木:課題解決のためには、何が必要だと思いますか?
梨沙:地域の人たちが、自分ごととして受け止め取り組むことだと思っています。我々が必要以上に手や口を出しすぎていることも、一因なのかもしれません。佐渡以外でも岩手県一関などで同様の取り組みを進めています。そのなかで観光協会や地元の人たちにもオペレーションを見てもらっていますが、地域がより一層主体性をもち、自発的な企画運営を目指してもらうこと、スノーピークはそのサポート役として回ることだと思っています。

青木:自分事にするというのは会社においても同じで、人から与えられたものだと、どうしても〝やらされている〟という感覚になってしまいがち。どうその人の心に火をつけて、消えないように灯し続けてあげるか、それがサポートに回る側としての重要な役割かもしれません。

目指すのは、地域を超えて人と人が繋がる旅の創造
青木:今後ローカルツーリズムをどのように広げ、どういった方向を目指していきたいですか?
梨沙:ローカルウェアのプロジェクトも然りですが、実際その土地に最終的に移住して、産業や技術を継承する人が出ることが最終のゴールです。しかし、それを押しつけすぎて本来の旅の楽しみを奪うことのないようにすることも大切。参加者が旅をきっかけにその土地の魅力に気づき、自らが地域や人のために貢献したいという使命感が芽生える旅にしたいと思っています。個人と地域を超えて、個人と個人が繋がること。ローカルツーリズムだからこそ成し得る、人と人との繋がりが生まれる旅を創造していきたいですね。