移動できない状況が機会に 立教大学観光学部がまとめた「新しい観光」のあり方
(Forbes 2021年4月22日)
https://forbesjapan.com/articles/detail/40791?fbclid=IwAR3Y6HZN5CyRkUImXkrt7XF7_KdR9C7m6cn9ec50mVBwDNPTS2iUCR6Im8I

【ポイント】
大学も一年の大半がオンライン授業で、このアンケートもオンラインでまとめるられている。
ゼミ生が考えた新しい観光のあり方は、「地元観光」と「訪問先を思いやる観光」だという。
メディアは、コロナ禍をめぐる経済と感染拡大という議論に終始されており、「自分ごと」として向き合う知見があるはずだといい、若い感性の言葉に耳を傾けたいと思うと述べたという。

【 内 容 】
全国7都府県で初めての緊急事態宣言が出た2020年4月7日から早1年。ツーリズムの周辺で仕事をしてきた筆者にとっては気詰まりな日々が続くなか、ずっと気になっていたことがあった。

コロナ禍という人の移動に制限をかけられた状況を、いまの若い人たちはどう受けとめ、いかに向き合おうとしていたのだろうか。

なにしろ彼らは人生のなかで最もエネルギーのあふれる年代だ。筆者の学生時代は、中国の改革開放やソ連のペレストロイカの時代と重なり、それまで鉄のカーテンの向こうに隠されていた未知なる世界を自分の目で見たいと、春と夏の長期休暇を使って旧共産圏の国々を訪ね歩くことに夢中だった。

考えるよりまず動きたい。動きながら考えたい。そんな自分と同じような性分の若者はいまもいるだろう。それを思うと、しのびない気持ちになる。

こうした問いや思いに、ひとつのヒントを与えてくれたのが、この4月に立教大学観光学部から創刊された機関誌「RT」だ。誌面の内容はネット上にも公開予定

「RT」は、観光学をめぐる最前線の知見やトレンドを、研究者同士の対談や論考、学生たちの取り組みを通じて紹介する媒体だ。2005年から2018年にかけて計17冊刊行された「交流文化」の後継となる定期刊行物である。

創刊号の特集テーマは「ポストコロナ時代の観光」。ここでいう「ポスト」とは、コロナ終息後ではなく、「コロナ禍を経験したいま」という含意がある。はたしてポストコロナ時代の観光は悲観に満ちたものなのか。それとも、新しい時代の幕開けなのか。この特集のタイトルにはそういう問いかけがある。

簡単に同誌の内容を紹介しよう。

小野良平観光学部長による「いまだからこそ、観光学再考」という創刊によせた呼びかけで始まる同誌は、まず、同学部教員で都市工学者の西川亮准教授と社会学者の高岡文章教授の、ポストコロナ時代の観光についての対談が掲載されている。

語られているテーマは多岐にわたるが、冒頭での高岡教授の以下の発言は印象的である。
「いま『ステイホーム』の掛け声とともに移動が制限されているとき、いちばん誰が得をしているのかというと、実は私たちのような観光研究者なのではないか。
社会全体の移動を中断するというのは、きわめて非人間的で暴力的なことです。しかし、現実に移動が止まりました。このような異常な状態においてこそ、移動とは何か、旅とは何か、他者をまなざすとはどういうことか、などといった本質的な問いについて、私たちはよりクリアに思考できるようになりました」
移動できない、観光できないという状況が、逆に観光とは何かという問題について考える機会を与えてくれたという指摘である。

対談は、2010年代が観光バブルの時代だったのではないかという西川准教授の指摘をもとに、オーバーツーリズムの問題や、経済一辺倒に傾斜したように見えた過去10年の日本の観光の現場で何が起きていたかについての検証に移り、今日の社会において観光学を学ぶ意義が語られている。

同誌には、他大学を含めた3人の観光研究者の論考も収められている。
文化人類学者の門田岳久立教大学准教授は、研究休暇で滞在するフィンランドから、コロナ後にヨーロッパ各地で始まった「フライトシェイム(飛行機旅行を抑制する)運動」やアンチツーリズムキャンペーンについて寄稿している。それらのテーマは「遠くから近くへ」「多動からスローへ」である。
宗教学者の岡本亮輔北海道大学教授は、「歩きという最も効率の悪い手段を選択」する現代の聖地巡礼の姿を通じて新しい観光のあり方を論じ、観光経済学者の麻生憲一帝京大学教授は、コロナ禍で宿泊客の行動はどう変わったかを検証している。

学生たちから感じた前に進もうとする意思
冒頭の筆者の問いについて、みずみずしい思考で応えてくれているのが、前述の西川准教授のゼミ生たちのレポート「日常・非日常を超えた新たな観光の展望────学生へのアンケート調査から考える」だ。
観光地における都市計画やまちづくりをテーマに、観光客を受け入れる地域側の視点を大切にしてきた西川ゼミは、「ウイズコロナ、ポストコロナの観光行動、観光地はどう変わる(べき)か」という問いのもと、昨年6月と10月に600名以上の学生を対象にアンケートを実施、7月と12月に調査報告書をまとめている。

アンケートの内容は、新型コロナウイルス感染拡大による学生の旅行意識への影響に関するものだ。そのテーマを選んだ理由について、レポートにはこう記されている。
「新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」)の流行をきっかけに観光の脆弱性が露わになり、今までのように容易に観光をすることができなくなってしまった状況に、多くの人々が不安を抱いたことでしょう。観光を専門に学ぶ私たちも、観光産業はこの先どうなってしまうのだろうか、希望はないのではないかと不安を抱いた時期がありました。
しかし、ゼミでの新型コロナ後の観光を考える議論を機に、この新型コロナの状況は、今までオーバーツーリズムなどの問題もあった観光のあり方が変わるきっかけ・チャンスでもあるのではないかと少しずつ前向きに考えられるようになりました」昨年11月、この西川ゼミを聴講する機会があった。ゼミ生たちは4つのグループに分かれてコロナ後の観光について議論を整理し、ホワイトボートに書き出したうえで、それぞれの意見を発表した。

彼らがアンケート調査から得た結果をもとに見出した新しい観光のあり方は「地元観光」と「訪問先を思いやる観光」というものだった。それらの詳細については、同レポートや西川研究室のホームページなどをお読みいただきたい。

驚いたのは、1年の大半をオンライン授業で行っていたため、学生同士が一緒に教室に集まる対面ゼミは年間でわずか2回だったことだ。ゼミ生たちは西川准教授の指導のもと、アンケート実施や回収、分析、それらを調査報告書としてまとめる作業を、ほぼオンラインでやり遂げたのだという。

以前、このコラムで、日本最高齢91歳の英語通訳ガイド、ジョー岡田氏が実施したオンラインセミナーの話題を取り上げたことがあったが、彼やゼミ生たちに共通しているのは、コロナ禍を切実に受けとめ、もがきながらも前に進もうとする意思があることだ。

「コロナをきっかけに生まれた価値観をコロナ後も接続させたい!!」

メディアはこの1年、コロナ禍をめぐる経済と感染拡大という葛藤に対しての答えの定かでない議論に終始しているように見える。だが、この状況に「自分ごと」として向き合った人たちだけが持つ知見があるはずで、それに静かに耳を傾けたいと思う。