ハワイから学ぶ観光地の感染対策、疫学専門家が提言する、観光再開に向けた社会の処方箋【コラム】
(トラベルボイス 2020年9月8日)
https://www.travelvoice.jp/20200908-147008

【ポイント】
ハワイのCOVID-19は、アメリカ本土の観光客が14日間の検疫を守らず、ビーチや街に繰り出したことが原因で感染拡大したようです。
しかしロックダウンにより、ハワイの自然が驚くほどキレイになり、これまで社会活動や観光がいかに自然に負担をかけていたのか実感できたといいます。
観光と住民の生活のバランスの中で、感染拡大をコントロールしながら、社会生活・経済活動を両立させる必要があるということを再認識させてくれます。

【 概 要 】
ハワイ大学の疫学専門家の岡田悠偉人は、「COVID-19は、もはや単なる感染症の問題ではなく、社会構造の問題です」と述べた。

ハワイで感染拡大が起きた理由
ハワイ州は、2020年3月25日からロックダウンとなり、5月には新規感染者が1日当たり数人となり、徐々にロックダウンを解除する中で、アメリカ本土や日本からの観光客を受け入れ、新しい形での観光再開に向けて調整してきた。しかし7月の後半から、爆発的に新規感染数が増加し、現在は人口95万人のオアフ島で1日当たり300人程度の新規患者が確認された。中核病院のベッドも満床となり、旅行再開のために用意していたPCR資源もすべて第二波に取られ、観光再開も完全リセットされました。
ホノルル市では、8月27日から2週間の自宅待機・在宅勤務令、実質上の第2回目のロックダウンが施行され、ビーチやトレイル、公園、アラモアナセンターもすべて閉鎖された。

観光地における感染拡大は、観光地に感染が持ち込まれて発生し、地域内において接触が進むことにより感染が拡大する。感染拡大を防止するには、感染の持ち込みを減らし、かつ地域において接触を減らし、感染拡大させない対策が必要だ。しかしハワイは、両方の対策において失敗した。
見えない部分でハワイ州内で感染が持続していたことと、アメリカ本土からの観光客が14日間の検疫を守らずに、ビーチや街に繰り出したことが原因だと考えている。

5月に新規感染者が減少したことで、7月には感染対策も緩み、独立記念日には20人以上が集まってビーチでバーベキューを行う日常に戻ってしまった。マスクは着用せず、社会的距離も保っていない。結果的に、2週間後の7月20日前後から爆発的な拡大が発生した。
• ホノルル市は新規感染者が増加して、再びロックダウンとなっている。
• 地域における感染対策への意識低下が、感染を拡大させてしまった。
• 観光再開に対する新しいシナリオを提示するために調整している。

ハワイの第2波から学ぶ、感染対策
(1)観光は段階的な再開を
観光地は都市外であることが多く、医療や保健の資源が限られる。特に、ハワイのように島となると非常に脆弱だ。日本でも石垣島や与論島でクラスター発生した際、医療資源とPCR検査の確保に難渋したと聞いている。COVID-19問題の本質は、どれだけ医療資源を維持できるかにある。東京のように新規感染者が大量発生しても、マネジメントできる医療・保健資源があれば、大きな問題にはならない。
感染には地域差があるので、観光は一律に再開するべきではない。地域にて合意形成できた場所から順に観光を再開していくべきだ。観光地では、観光と医療、保健でチームを作り、段階的に再開することで地域内の合意を形成する必要がある。

(2)旅行者PCR検査の本質は
旅行者用のPCR検査について、現時点の日本国内旅行では必要ないと考えている。
感染がコントロールできていることと、費用対効果が低いことが理由だ。
年内にも簡便かつ迅速、安い価格で精度が担保された検査が確立される予定なので、医療資源が少ない観光地では選択肢のひとつになると考える。

アメリカ本土では感染拡大が続いており、アメリカ本土からハワイに来る場合は、旅行前PCRを義務化すべきだった。旅行前PCRでも100%防ぐことはできないが、リスクを減らすことは可能で、市民からの共感が得られます。
医学的理由によるPCRと、観光におけるPCRは議論を分けるべきです。医療者は医学的な論理を社会に押し付けすぎであり、安心や安全という市民感情へのアプローチが欠けています。
日本もインバウンドを再開させるため、旅行前PCRやワクチン接種証明にて、14日の検疫を免除する議論が展開され始めており、本質を忘れない議論になることを期待しています。

(3)地域における感染管理とは
感染の持ち込みを完全に防ぐことは難しくても、観光施設や観光地での感染対策をしっかり行うことで、地域における接触を防ぎ、クラスターの発生を防ぐことは十分可能です。
従って、施設ごとの感染対策だけではなく、地域全体で統一して感染対策を行う必要があります。ハワイ州も市民がしっかりと感染対策を継続していれば、ここまで感染拡大することはなかったと考えます。
• 資源が異なるので、観光再開は地域ごと、かつ段階的に再開することが現実的である。
• 観光地と旅行者の両者が、安心と安全を感じることができる方法を議論する。
• 感染管理の基本は、地域における感染管理であることを再確認する。

ハワイにおける官民連携とブランディング
観光地における感染管理には、官民連携が不可欠です。
観光地ハワイの最大資源は、観光人材であり、お互いに顔を知っている、小さい観光地の強みが生きたといいます。行政による感染管理に関する経済支援は不可欠です。残念なことに、この官民連携に、保健・医療分野が乗り遅れて、今は、疫学専門家として観光と保健・医療をつなぐために奔走している。
ハワイは観光地としてのブランディングが確立しているため、感染対策もブランディングの一部とすることが不可欠です。つまり、感染対策を可視化して、ブランド価値として伝えていく戦略です。
日本の宿泊施設で、ホームページに感染対策を掲載することで売り上げが2倍以上になった例もあります。旅行に行く人も、感染対策がしっかりしている観光先だから大丈夫という言い訳が必要なのです。
• 官民連携が基盤となり、特に民間からの提案を行政として活用していく。
• 観光と保健・医療の連携は難しい部分があり、調整する人材を置くべき。
• 感染管理をブランディングの一部として、価値を提示していく。

感染対策のアトラクション化
COVID-19は、早くても2021年の夏以降に収束すると考えられており、あと1年以上は感染対策を継続する必要がある。
サメの口の中に手をいれて手指アルコール消毒を行うアトラクションを設置した企業もあった。連日、家族連れや子供たちが並んで、アルコール消毒を楽しんでおり、疫学専門家としても柔軟な発想に衝撃を受けた。社会的距離のマークも、サンダル・裸足・動物の足跡など多彩なシールがあり、並んでいる時間も楽しくなる。遊び心が、攻めの感染対策を生み出していくと確信します。

感染対策をポジティブなものとして捉え直す時期にきています。
ハワイは観光が停止することで、失業率が一時的に40%を超えて、観光のサプライチェーンが大きな影響を受けている。空き家が目立ち、多くの家が売りに出されている。疫学専門家として観光を支援している理由も、地方において観光産業が停止すると、サプライチェーンが崩壊し、観光を再開しても質の高いサービスを提供できずに、地域全体が衰退していくことが予想できるからです。
• 感染対策を持続するためには、楽しめて観光を邪魔しない体験が鍵となる。
• 感染対策の長期化に伴い、維持費やイメージ更新などを考える。
• 11月までに段階的に観光を再開させることが必要である。

観光で救える命がある
観光産業の公衆衛生的な意義は、よく生きることを目的として、医療だけでなく、政治や経済、教育、環境など幅広い視点からシステムを改善していく実践的な学問のことです。
社会の歪みは、最も脆弱な層に大きな影響を与えます。自殺や児童虐待などの残酷な現象も、実は個人の責任ではなく、社会構造の問題なのです。長期の自粛ムードは、大きな精神的な負荷となり、また人間関係などの社会的な資源も枯渇させていき、収入格差や教育格差をさらに広げます。
COVID-19から波及する間接的な影響に対する社会的な処方が、観光だと考えています。
旅館の和室で一緒に雑魚寝することで、家族の成長を思い出し、子供への愛情を強めるかもしれません。そこには「観光で救える命」があります。だから、感染対策を徹底しながら、より良く生きるために、社会を取り戻すために、是が非でも観光を再開しなければならないのです。

観光産業を短期的な時間軸で考えると非常に辛い状況ですが、数年単位の長期的な時間軸で考えると、遅かれ早かれ新型コロナは収束して、日本の観光産業は新たなステージで、新たな価値を提供していることは間違いないでしょう。
感染拡大から6ヶ月経った今、新型コロナを横に置いて、自分の価値や人生について、ゆっくり考える時間が必要だと思います。激流に巻かれ続けた自分とのつながりを取り戻す作業が必要です。
• COVID-19は社会な問題であり、見えない部分で大きな健康被害を与えている。
• 観光という身体性を伴う体験は、人間の本質であり、人を救う力を持っている。
• ひとりの人間として、分断された自分とのつながりを取り戻す作業が必要である。

新型コロナと観光の持続性
COVID-19は、観光地ハワイにおける負の側面も浮き彫りにしました。
ハワイも近年の観光客増加に伴い、負担が大きくなり、観光の持続性を疑問視する意見もありました。
3月初旬からハワイへの旅行を自粛するように要請しましたが、春休みに重なったこともあり、日本から毎日2000人以上の観光客が押し寄せてしまいました。ハワイの高齢者が、感染を防ぐため自宅待機している横を、日本人観光客がスマホで撮影をしながら歩いていたら、誰しも複雑な気持ちになると思います。人が生活している地域に滞在するという観光地へのリスペクトを再教育していく必要があります。
ハワイが観光地として成功することで、世界中から多くの投資が集まり、順調に発展を遂げた反面、生活費は高騰し、格差の増大により取り残された人々もいます。
低所得層の地域の家賃が高騰したことから、一軒家に25人住んでいる例もあります。
経済格差にCOVID-19が加わり、そこに観光がストップすることで、ホテルの清掃などで働いている人々が解雇され、さらに学校が停止することにより、学校頼みだったランチを子供達が食べられなくなり、Wi-Fiすらなく、学習が進まない状況に衝撃を受けました。そこには、観光地ハワイとは真逆の光栄が広がっています。観光の社会的責任も、今後は議論されるべきでしょう。

ここ数ヶ月で、ハワイの自然が驚くほどキレイになりました。
経済活動や観光がいかに自然に負担をかけていたのか、観光の継続性を軽視していたかを実感できました。ハナウマ湾では、過去最高に魚が増えて、ワイキキビーチでもウミガメやアザラシがビーチを散歩しています。海洋学の教授は、うれしそうに珊瑚の変化について解説してくれます。
• COVID-19により、持続可能な観光の議論が活発になる。
• 観光地に対するリスペクト、文化や歴史への理解が観光をさらに特別な体験にする。
• 自然や地域に対する観光の社会的な責任について議論していく。

COVID-19は、良くも悪くも、観光の本質的な地域、歴史、自然など資源を守りつつ、どうやって持続可能な観光を提案していくのかを思慮する機会になりました。
新型コロナでバーチャル化が進む中だからこそ、身体性を伴う観光が人生を豊かにし、観光がコロナ疲れを癒し、多様性への創造力を膨らませて、皆が生きやすい社会を作り出す出発点になると信じたいと思います。