日本の観光地を台無しにする「看板公害」の実情 〜マナー違反を止めるには「看板」しかないのか〜
(東洋経済オンライン 2019/03/17)
https://toyokeizai.net/articles/-/269435

観光客のマナー問題もイタチごっこが続いている。
注意喚起しか方策がないとして看板で禁止行為を記している。そしてあまりにも多いので「看板公害」というアレックスカーの言い分にも一理ある。
人は看板があるからマナーを改めるのではない。看板を見て気付く人は、そもそもマナー違反しない。
条例で禁止したり罰則を設けることを含め「大人の対応」を考えなくてはならない。

【ポイント】
京都をはじめとする観光地でオーバーキャパシティーをもたらし、景観を最重視すべき観光地で「看板の氾濫」という形でも表出している。
この問題について、京都在住の東洋文化研究者アレックス・カー氏と、ジャーナリスト・清野由美氏が建設的な解決策を記した『観光亡国論』から取るべき対策について紹介する。

日本の観光地には、外国人観光客がもたらす「観光公害」以前に、もう1つの「看板公害」が存在している。
観光地に行くと、街角に「何々寺はこちら」、駐車場には「入り口はこちら」、門には「重要文化財」、参道には「順路はこちら」、路地には「トイレはあちら」の看板が。中に入れば、玄関に「土足厳禁」「禁煙」「火気厳禁」。廊下と座敷、庭の前には「撮影禁止」。美術品には「撮影禁止」「ガラスに触るな」。

私は日本のインバウンドツアーに向けた特別参拝の手配や、神道についてのレクチャーなどを行っている。
神社と神道の儀式は、水で「禊」、「大幣」で清め祓いを行い、「祝詞」をあげて「祓へ給ひ清め給へ」と願うなど、あらゆる形で潔癖で、清らかな「神の世界」を表している。
「神社の境内は『神が宿る地』ですので、参拝する際には手と口を清めます」と説明しますが、神社を訪れると境内は見苦しい看板だらけ。「清らかさはどこにあるのか」とびっくりされる。
歴史や信仰というより「指示」と「注意」、または客を迎える「商売」の場になっている。
街の通りを歩けば、店や商品の宣伝看板の洪水。聖域から俗域、都会から田舎まで、至る所看板だらけです。

最近は、訪日外国人をお迎えするという背景もあり、英語、中国語、韓国語、フランス語、スペイン語と、看板に記される言語もキリがない。多言語表示は、基本的にはいいことではありますが、インバウンド増加を呼び水に、過剰な看板が多言語化して、2倍、3倍と増えていく事態を招きかねません。

実際に外国人観光客が急増したことで、境内での飲酒飲食などマナー違反も急増。12カ国語でマナーを喚起する看板を設置しています。また観光名所や商業施設などで、マナー喚起のアナウンスを多言語でエンドレスに流す動きです。「視覚汚染」のみならず「聴覚汚染」も広がっています。
言語は、日本語と英語、中国語の3カ国語でほぼ事足りるはずです。

観光庁は「観光立国実現に向けた多言語対応の改善・強化のためのガイドライン」(2014年)で、「駅名表示、立ち入り禁止、展示物の理解などに関する基本ルールは、日本語と英語の2言語」と記している。
総務省も、2020年東京オリンピック・パラリンピックを前に、交番、観光案内、入国管理などを想定した自動翻訳の導入を推進している。実際に31言語の翻訳が可能なスマホアプリ「VoiceTra」を開発している。
景観を壊す看板による多言語表示ではなく、アプリなどを用いた解決を上手に進めていただきたい。

翻訳の質にも注意することが必要です。1つは、翻訳の質が低いパターン。もう1つは、欧米人や中国人向けの案内を、相手側ではなく日本人から見た興味だけで書いていることです。
観光客が興味を持つポイントは、母国の文化によって違いますし、文章表現、スタイルも変わってくる。
インバウンド動向に詳しく、文章表現のスキルのある人に頼む必要がある。翻訳なら誰でもいいわけではない。

京都といえば祇園ですが、近年「パパラッチ観光客」が急増しています。
日暮の花見小路、お座敷に出る芸妓さんと舞妓さんを取り巻き、顔先にスマホを向けて、バシャバシャと写真を撮っています。あまりのマナー違反に眉をひそめましたが、そのような光景がむしろ常態化しているといいます。

また、スナック菓子を食べたその手で舞妓さんの着物に触る、着物を引っ張って破く、袖にタバコを入れる、といった悪質な行為も報告されています。舞妓さんはおこぼ(高さ約10センチメートルの下駄)を履いているので、着物の袖を引っ張られると転ぶ恐れもあります。
その対策として祇園が選んだのは「舞妓さんに触れてはいけません」「食べ歩きはやめましょう」といった看板の設置でした。

観光客のマナー違反は世界中で問題になっています。
フィレンツェでは、サンタ・クローチェ聖堂など世界遺産の周囲で飲食をする観光客が問題になり、フィレンツェ市はランチの時間帯に階段や建物の周囲に水をまいて、人が居座れないような強硬作戦に出ました。
タイのチェンライにあるホワイト・テンプル(ロンクン寺院)は、中国人女性が使用後にトイレの水を流さず、トイレットペーパーの塊を便器の中に捨て、係員が注意したけれど、無視して去ってしまった。

“看板以外の”解決策として、「花見小路」の半分を仕切り、そこに芸妓、舞妓、置屋、お茶屋さんら、地元の花柳界や飲食店の関係者しか歩けない歩道を設けてはいかがでしょうか。「花見小路レーン」として、地元民にはパスを発行し、パスを持っていない人は歩けない。花見小路に並ぶお店に接近できるのも予約のある客だけ。時間帯を設定して、芸妓さん、舞妓さんたちが出勤する夕方に限定すれば、大きな支障も出ません。
入り口に「マナーゲート」を設ける方法も考えられます。ゲートを通過できるのは、事前にマナー講座を受けた人だけ。それらの受講者には特別なパスが発行され、特権的にゲートを通ることができるようにするのです。
最後の手段として罰金もあります。フィレンツェなどでは悪質なマナー違反に罰金を科しています。
「舞妓さんにタッチしたら10万円」という罰金条例を制定してはどうでしょうか。

人は「看板」があるからマナーを改めるのではありません。「看板」を見て、それでマナーに注意を払えるような人は、そもそもマナー違反をしない人です。
来訪者を子ども扱いして、「これはダメ」「あれはダメ」「これをしろ」「あれをしろ」と、あらゆる行動を規制しようとすると、キリがありません。

そろそろ日本は、成熟した「大人の対応」へとシフトするべき時代を迎えているのです。