カテゴリーセッション:富裕層 「日本の富裕層観光戦略」
(インバウンドサミット2021 2021年6月19日)
https://www.youtube.com/watch?v=shyVRTq4taA

梅澤 高明:A.T. カーニー日本法人会長 / CIC Japan会長
永原 聡子:Deneb 代表取締役
山田 早輝子:FOOD LOSS BANK 代表取締役社長 / 国際ガストロノミー学会 日本代表
長谷川 祐子:金沢21世紀美術館 館長

「上質な観光サービス早出に向けた観光戦略検討委員会」報告書(本文)  2021年6月18日発表
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001409538.pdf
報告書(概要版)
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001409537.pdf

【ホッシーのつぶやき】
旅行消費額100万円以上という、富裕層観光の経済効果の大きさを改めて感じました。(観光庁の報告書をご覧ください) そして富裕層が求めるものは多様だが、精神性の高いものを求める傾向があり、日本の文化の背景だけでなく、相手国の背景もよく理解して、ストーリーを語る必要があることが理解できました。
日本には、富裕層が求めるユニークなモノも多いようですが、「上質な宿」が無ければ、送客できないという致命的な問題に取り組む必要性を痛感するセッションでした。

梅澤:今何故、「日本の富裕層観光戦略」なのかを説明させていただきます。
1、富裕旅行市場の意義は、①経済成長戦略、顧客価値を上げて観光収入を拡大する、②日本のブラウンド力、ソフトパワーを向上する、各国のリーダー層である富裕層がもっと日本に来て、日本のファンになれば、必然的に波及効果が期待できる、③富裕旅行者がもっと来るようになれば、美術品や伝統工芸の購入で飛躍的に貢献する。
2、これは、昨年7月「観光推進実行会議」でお見せした「ラグジュアリー観光のポテンシャル」の資料です。富裕層観光は、着地100万円以上の消費です。2019年に5千5百億円だったものを、5年以内に1兆円以上の積み上げが可能で、2030年まで順調に伸びれば3兆円規模も可能ですと、当時の菅官房長官にお話ししました。

3、昨年10月「上質な観光サービス創出に向けた観光戦略検討委員会」が立ち上がり、今日の3名の登壇者にもご活躍をいただきました。
4、富裕層観光の日本のポテンシャルは、①文化資源の奥行き・広さ、②自然資源、③食、④安全と衛生・医療(コロナ禍でさらに大きくなった)、⑤地の利(富裕層人口で世界の2番目の中国が隣国)があげられます。
5、富裕者層には、50〜60歳代のクラシックラグジュアリー層と、20〜30歳代のモダンラグジュアリー層があり、日本には、ホンモノ体験に関心があり、サスティナビリティやエコツーリズムなどに挑戦しようとする、モダンラグジュアリー層のポテンシャルがある。
6、「旅行の好み」として、縦軸の、自己発見重視なのか、アクティビティ重視なのか。また横軸の、楽しみ重視なのか、目的重視なのかと分類されますが、日本はどの地域もどれかに当てはまるので、自分の地域の強みを活かすこととしました。

7、「日本において取り組むべき課題」として、宿泊施設、体験コンテンツ、移動、サービスの多様性、人材育成、ブランディング強化とまとめられました。全てにおいて課題がありますが、関係者が解きほぐしながら進めることになりました。

永原:私は海外富裕層向けのオーダーメードの旅を作る仕事をしてきましたが、面白いコンテンツがあっても「上質な宿」がなければ送客できないことが一番の課題だと思っています。
と言って、大手デベロッパーとホテルオペレータがタグを組むのを待っていても、鶏か卵になり、なかなか話が進まないので、地元の優良日本にも小規模なラグジュアリーホテル「坐忘林」「天空の森」などもあるので、できない訳はありません。きちんと開発を進めていくことが大事だと思っています。

梅澤:今あげられたホテルは、部屋数的には中・小規模なホテルですが、サービスレベルは群を抜いて高くて、ユニークなのでしょうか。

永原:日本全国に面白い宿泊施設があり、深掘りすれば、唯一の体験であったり、人が面白かったりするので、どうやって伝えるかが改善されれば良いと思います。

梅澤:上質な宿に、どのようなプレイヤに期待されますか?

永原:「天空の森」は地元の方ですし、「坐忘林」は海外投資家がニセコに魅せられて作っているので、個人事業家の出現を期待しています。

梅澤:次に「食」ということで、山田さんにお願いします。

山田:17年海外で過ごしてきましたが、「日本食」は世界一素晴らしいと思っています。日本食が評価される所は、ユニークさと哲学があることです。しかし日本の食は、中華、フレンチ、イタリアンなど、他国の食文化を取り込んできたので「種類が豊富」なだけです。多言語表記もできておらず、アレルギー、ベジタリアン、ハラル等への多様性への対応も不足しています。また説明不足で日本式押し付けになっています。日本食は海外でも食べられるので、わざわざ飛行機に乗って日本食を食べに来る理由として、日本でしかできない体験が必要だと思います。
ブルガリさんと一緒に食品ロスの食材を使ったチョコレートを商品化したのですが、フェアトレイドにしており、パッケージに和紙を使い、伝統を守ることにも取り組んできました。
海外の富裕層は「ノブレス・オブリージュ(高貴さは義務を強制する)」を大切にされているので、フードロスの食材を使った料理を食べて、社会貢献しているという発信につながることも必要です。

梅澤:フードロスバンクでは、山田さんは日本のリーダーをされており素晴らしいと思います。先ほど「日本の食でフィロソフィーがある」と言われましたが、どういうものがあるでしょうか?

山田:「いただきます」と言うのは日本だけです。SDGsやサスティナビリティーと言われる前から「食」を通じて取り組んでいます。精進料理もビーガンの「食」だけでなく、宗教的な長い歴史の成り立ちを学ぶことも大切です。

梅澤:長谷川さん、「アートと富裕層観光の関係」についてのお話をお願いします。

長谷川:欧米の富裕層は、ほとんどが大型美術館のボードメンバーになっています。自分たちが美術館に協力することによって、ソーシャルステイタスが上がるという仕組みです。自宅にもアートを置き「知的な背景を見せる」と言うことが、彼らにとって重要なアイテムになります。

アートコレクターの家

「金沢21世紀美術館」は、1万5千㎡(展示室2千㎡)の小さな美術館ですが、2018年度の来館者は258万人です。経済波及効果は2018年に174億円でした。美術にはこれだけの力があるのだと理解いただければと思います。
今、断絶の時代にあって「哲学」が重要になってきています。そしてサスティナビリティ、SDGsが重要になるなかで、「利他共生」の感覚があるかどうかです。アートや美術館は、サスティナブルな未来のキーを探る場になっているのだと思います。
日本人はモノに精神を込めます。それが美学になり、漆を塗るだけで何百年も生き残るという価値を生みます。また自然と一体化した「侘び寂び」も含めて、「もったいない」の精神が、折り紙や染物の伝統工芸にも織り込まれています。それが富裕層の精神に訴えるキーストーンになります。
富裕層が日本の伝統文化を理解するためには、翻訳して伝えるだけではなく、相手の文化背景にどのようにつなげるかが重要です。また伝統工芸も、相手の嗜好に合わせてカスタマイズして、外国の方にいかに理解してもらうかも重要です。
また、富裕層の方はクチコミが凄いです。先の団体が帰って、そのクチコミを聞いた次の団体がやってきて、同じような行動をされます。ウェッブサイトだけではなくて、クチコミをどう使うかも重要だと思います。

梅澤:長谷川さんは展覧会をやる時、いろいろな文脈をつなげながら見せていくという作業を得意とされていますが、富裕層マーケットで考える場合、どのような文脈が大切ですか? 

長谷川:富裕層の方は哲学を持っておられて、自分の心をデトックスしたいという気持ちを強く持っておられます。また、欧米では見られないユニークなものが見たいという欲望も持っておられます。デトックスの方は「巡礼」や「聖地」のような感覚です。欧米の方は、信仰や精神の清浄化のようなものと、アートの場所に行くことが直結する感覚をお持ちです。故に、デトックスな欲望と、ユニークなものが見たいという欲望の両方を満たしてあげることです。
また、展示しているものを見るだけではなくて、モノを作っているような場所を見たり聞いたりすることを求める方も多いです。トピックスとしては、新宿ゴールデン街のように、猥雑な文化が交錯した場所を好まれる方もいらっしゃいます。

梅澤:永原さんと山田さんにお聞きしますが、「食」と「アート」以外で、富裕層が求めるもので、何があるでしょうか?

山田:「食」「アート」だけでなくて、「人」との関わりがあります。日本は「良いモノを作れば売れる」とハードの部分を重視しますが、ソフトの部分が大事かなと思います。

永原:日本の職人さんのマインドは、本当にレアで日本ならではだと思います。焼き物の人間国宝の方の所へお連れした際、「何故、作り続けるのか」と質問されたのですが、その答えは「日々、学びがあるからで、自分はまだ焼き物のことを知らない」でした。マスターの方が当然のようにいう日本はやはり凄いと思いました。そこからインスパイアされる気付きも一杯あって、そういった会話から学べる思考が魅力的で、特別な場所、特別な人に会えることに価値があると考えられていると思います。

梅澤:山田さんは、世界の超富裕層を日本に迎えられているうちの一人だと思うのですが、食以外に「日本でこれしたい」と言われるものは何ですか?

山田:「桜」への注文が一番多いです。「自然」は、日本に来ないと体験できないものなので、自然があるからこそ地域の食を食べます。だから、自然にまつわる日本の良さを伝えていくことが大事だと思います。
昨年、「ワールド 50ベスト レストラン」のアジア版を企画をしました。これまでマカオやシンガポールなど、きらびやかな都市での開催だったので、自然豊かな日本の地域や、地域の生産者に目を向けてもらおうと、佐賀での開催を企画しました。残念ながら、コロナでオンライン開催になってしまいましたが…

梅澤:地域に触れる企画は是非やりたいですね。東京、京都、大阪は有名なレストランも知られてきましたが、地域にも、こんなに素晴らしい食があったのかと言う驚きを、世界に伝えてもらいたいですね。
次は、改善点についてお聞きしたいと思います。

山田:日本の“おもてなし”は素晴らしいと思います。しかし日本の“おもてなし”は独特で、世界標準から外れています。日本は“おもてなし”もマニュアル化してしまっており、マニュアルにないことは断ってしまいますが、世界の富裕層は「いかに “わがまま”な注文に対応してくれるか」を見ているので、フレーキシブルに対応できる人材の育成が大事だと思います。

永原:私も山田さんに同感です。日本のガイドやホテリア(その道を究めたホテルマン)の地位は低いと思っています。ガイドは高度で知的な仕事だと思っていて、だからこそ日本の歴史や文化を学ぶだけではなく、世界の歴史と比較して語れる力量が求められます。その前に、目の前のお客さんが興味を持って聞いているのかを察知する能力の育成も必要だと思います。

長谷川:「桜」への注文が圧倒的に多いです。黒澤映画の影響もあると思いますが、映像で見たインパクトが強烈で、自然に対する憧れになっているようです。
それと「ここにしか無いもの」をどう説明するのかがあります。「食」も、何故この食材なのか、何故こう言う焼き方なのか、何故こういう形なのか、ウンチクが必要です。ここに政治やカルチャーの話をつなげていけば、非常に豊かな会話になります。モノの背景にあるストーリーを語ることが非常に大切です。
もう一つ大事なのは「安全」の話です。日本では子供も一人で通学できるように「安全」です。金沢21世紀美術館でも、全面ガラス張りにできるのも安全だからです。日本はガードマンを連れていなくても安全に旅行ができるという点が大きくて、その中から生まれる心の開放感が大きいと思います。

梅澤:長谷川さんは、最近もフランスの展覧会で、日本のカルチャーを紹介されましたが、どのような点をポイントに伝えられましたか?

長谷川:フランスからいただいた注文は、「フランス人は日本が大好きだが、理解は単純だ。それは「禅」と「カワイイ」しかない。それ以外の日本を見せてほしい」でしたので、日本の「ポップアート」を紹介しました。それに「利他共生」の心をテーマにして「協同して作る」ことにしました。

梅澤:最後に一言ずついただいてクロージングしたいと思います。

永原:富裕層観光といえば消費額に目がいきがちですが、何故、高単価になるのかという点を深掘りして観光資源を作っていただきたいと思います。希少価値があるから高単価になるのであって、高単価なコンテンツは20年先、50年先を考えて作る必要があると思います。

山田:日本でも「多様性」を考えないといけないと言われていますが、もっと真剣に多様性について考えていかなければ、富裕層、インバウンドに対応することは難しいと思います。

長谷川:富裕層の皆さんが言われる共通のイメージですが、「日本は伝統文化とコンテンポラリーなモノが一緒にある」と言われます。もう一点は「発酵」です。ゼロかイチ1なくて、ゆっくり変わっていく、日本独自の時間の流れがあるのだと思います。「伝統」と「現代」が一緒にあるのも、時間の横断にあると思います。

梅澤:最後のまとめですが、①富裕層観光は、経済成長戦略であるとともに地域の文化と伝統を未来につないでいくとても大切な取り組みです。②長谷川さんからいただいた「利他共生」には、日本が持っている精神性としてのポテンシャルなので大事にしたい。③山田さんからいただいた「多様性」については、日本の弱みなので乗り越えていく必要がある。④永原さんからいただいた「上質な宿泊施設」がなければ来てもらえないという指摘は、それぞれの地域の景観を壊さず、ユニークで上質の宿泊設備に取り組んでいただきたいと思いました。
最後に、ハードも大事だがソフトも大事だとのお話もいただきました。“おもてなし”の先にこそ富裕層観光に求められるサービスがあるので、富裕層が求めている情報を、文脈を理解しながら語ることができるガイドを育成していかなければならないとの提言をいただきました。
皆さんありがとうございました。