エリアセッション:中部
(インバウンドサミット 2021年6月19日)

・岩本 涼 – 茶道家 / 株式会社TeaRoom 代表取締役
    https://tearoom.co.jp
・渡部 勝 – 富士山静岡空港 専務取締役営業部長
    http://www.mtfuji-shizuokaairport.jp
・金内 信二 – 株式会社日建設計 設計部門 ダイレクターアーキテクト
    https://www.nikken.co.jp/ja/
・大河内 愛加 – 株式会社Dodici 代表取締役
    https://dodici.themedia.jp/pages/3114867/page_201908061514

【ホッシーのつぶやき】
地方空港の可能性を示唆してくれるセッションです。宮古島の「みやこ下地島空港」を体感してみたいと感じました。
・空港は、その土地に最初に踏み入れる場所
・富士山静岡空港の2019年度の旅客は74万人、旅客以外の利用者も約100万人 (富士山遊覧フライトも利用が多い)
・宮古島は強風が吹く。自然や建物に風に対する配慮であり、その原理を踏まえ設計。地域の特性を表すのが「植生」
・日本文化を活かし切った空港が無い。このような空港を作りたい
・技術を持った職人がリスペクトされていない。職人というだけで安い賃金。これでは貴重な文化が失われる

岩本:「地方空港をどう日本文化の発信拠点にアップデートするか?」をテーマに掲げた理由は、空港は、その地域に行く誰もが通る場所なので、地域に根強く残る文化を伝えるメディアの発信拠点になる。インバウンドを含めた観光の重要なポジションになると思い設定しました。私は、静岡の日本茶の工場を事業継承し、お茶の需要が清涼飲料水にとどまる中、お茶の価値を最大化させるため需要開拓している株式会社ティルームの岩本と申します。
 裏千家の先生をしていることもあり、どうやって日本体験というプロダクトに載せていくかを考えたいと思います。それでは皆様に自己紹介いただきます。

渡部:富士山静岡空港で利用者増加の仕事をしております渡部と申します。富士山静岡空港は、静岡駅と浜松駅の中間に位置し、国内線・国際線の両方を受け入れており、乗客数は2019年度74万人です。コロナで乗客数が減っていますが、空港は2019年4月に民営化して、三菱地所と東急が大株主として運営しています。

金内:金内と申します。日建設計に入社して約30年、空港の設計を中心に携わってきました。日建設計は、建築設計のみならず都市開発、エンジニアリングといったデザインコンサルティングしている企業で、昔は東京タワー、東京ドーム、最近ではスカイツリーやミッドタウンなど、大型案件から小さいプロジェクトまで幅広い設計を行っています。
 今日は、沖縄県宮古島の「みやこ下地島空港」のお話をさせていただきます。

大河内:株式会社Dodici代表の大河内と申します。BtoCのアパレルブランドを運営し、「“renacnatta”(レナクナッタ)」というブランドを作りました。「レナクナッタ」は、使われなくなったり、作られなくなったり、着られなくなった素材を用いて商品展開することを言います。
 イタリアのミラノに10年以上住んでおり、その時にブランド立ち上げました。ミラノで使われなくなったデッドストックのシルクを買い付けて、日本の絹の着物と組み合わせたリバーシブルスカートを2016年から展開しています。2年前から京都にも拠点を持ちました。伝統工芸の方と関わる機会が増え、今まではデッドストックという過去に作られたものに目が向かいていたのですが、京都で今も伝統的なものを作って後世に残そうとしている人がいることを知り、そういう生産にも貢献したいと思うようになりました。今、西陣織とか友禅に使われる金彩という京都の技術や、福岡の久留米絣、兵庫県の播州織とかを用いた商品を展開しています。今日は地域の文化と関わる者としてお話したいと思っています。

岩本:ディスカッションの前に、空港の民営化について知らない方もいらっしゃるので、空港の説明をいただきたいと思います。

渡部:富士山静岡空港は6月に12周年を迎えた比較的新しい空港です。従来は静岡県が管理していましたが、指定管理者制度によって民営化された空港です。実質的な投資権限や、路線誘致は静岡県が担当していますが、国が管理する他の空港と同様に、行政の空港と位置付けられています。

 空港の民営化は2010年頃から始まり、大きな空港では関西国際空港、仙台空港が民営化され、国や地方自治体が管理していた空港が、徐々にマーケットに出てきている状況です。
 私の母体である三菱地所も、高松空港、みやこ下地島空港、富士山静岡空港、北海道の7空港と、全国で10空港に関わっております。空港を民営化すると何がどう変わるのか、基本的には民間の考え方を活かして、利用者を増やし、収益を向上させるのが目的になります。
 富士山静岡空港の利用者は、旅客もありますが、地元の方を中心とした見学客も多い空港です。2019年度は旅客74万人、見学者も約100万人が来られています。「茶畑に囲まれた空港」と言うだけで100万人も集客できたことに正直驚いております。今後、旅客や見学者をさらに増やすためにどうしていくかは次の段階でお話しますが、一つだけ申し上げると、民営化初期から手掛けていた「富士山遊覧フライト」が大変好評で、3年ほどの間で約30回、2000人以上のお客様にご利用いただきました。このお客様の7割から8割は県民だというのも特徴的です。静岡県の方は普段から富士山を眺めておられますが、上から見る視線により、自らの風土として心に刻みつけられるのだと思います。

岩本:金内さん、「みやこ下地島空港」のご説明をお願いします。

金内:宮古島には元々「宮古空港」があり、宮古島の横にある伊良部島に「みやこ下地島空港」が建設されました。日本一長い無料の伊良部大橋がある空港です。
 それほど大きくない島に何故2つの空港があるのかと言いますと、1979年にパイロット訓練用の滑走路として空港インフラが建設され、JALやANAの方が離着陸トレーニングされていましたが、コンピューターシュミレーションが進み、2013年には空港が使わなくなり、2014年に沖縄県がこのインフラを利活用する事業者を募集し、三菱地所さんが選定され日建設計が設計を受注いたしました。

 これだけの緑に囲まれたエリアで、滑走路はサンゴ礁にはみ出しており、今なら環境破壊と言われるのですが、元々在ったものを最大限に利用しようということで始まりました。
 リゾートにある空港は、ガラスと鉄でできた“インターナショナルスタイル”と言う、どこにでもある特徴のないものが主流ですが、地方空港の再生と言われ、その土地の印象をいかに感じていただくか、観光客に最後の最後まで楽しんでいただける、リゾートホテルのような空港にしたいと考えました。
 沖縄での設計は初めてでしたが、宮古島は最大瞬間風速で国内2番目という厳しい風環境があることを知りました。そして宮古島の自然や建物を見ますと、風に対する配慮であり、自然との接点の作り方があり、それがどういう原理で作られているかを踏まえて設計しました。緑の中に建物が分散し、緑と一体なる計画になっています。宮古島は亜熱帯気候であり、地域の特性を一番表しているのが植生にあると気付きました。空港はセキュリティが非常に厳しいので、このような設計は難しいのですが、紆余曲折を得て提案することができました。最終的に内と外が一体的につながり、外のランドスケープと一体になり、風も受け入れる空港にすることができました。

出発ラウンジ棟から水景と蘭語スケープを望む

 リッツカールトン沖縄に宿泊した時、オープンなロビーがとても気持ち良く、私が宿泊した時が沖縄で一番寒い日でしたが、それでも空調が整った部屋よりロビーの方が何倍も気持ちが良く、是非ともこういうスタイルを提案したいと思いました。
 引き戸が奥のほうに収め込まれ内と外が一体になるのですが、強風時は危ないので防風スクリーンを引き出し、二重のレイヤーを作ることで、開放性と強風にも耐えられる構造にしました。気温や湿度は高いのですが、扇風機の風にあたると気持ちが良くなるように、海に面しているので風があるので体感温度としても快適に過ごせて、開放性がある建物ができました。
 また亜熱帯なので、気温や湿度、風環境が違うので色々な分析をやりました。

岩本:次に“戦略的公平性”を考えたいと思います。空港は民営化されていても公的性が強いので、どの事業者、産品、文化も公平に扱わないといけないと思います。長期的に見た時、最初のステップを何にすれば公平に利益を享受できるかについてディスカッションしたいと思います。例えば、京都の伝統工芸に関わる時、最初のステップを何にすれば日本文化全体が儲かるかのお話しを伺いたいと思います。

大河内:伝統工芸は特殊な業界であり、技術を持った職人さんがリスペクトされるべきなのに、職人という肩書きだけで安い賃金で仕事をさせられる実情が未だにあります。着物を着ることが少なくなる中で賃金が安くなるという訳ではなく、着物が盛んな時から職人の賃金は安いものとされてきました。今、さらに着物離れが進み、職人さんの収益も少なくなり、後継者を雇うより自分の代で終わらせるという人が増えているので、私は職人というよりも「作家と思ってもらえれば良い」と思います。私がブランドとして使わせていただくものは、職人価格、下請け価格ではなくて、アーティストの作品として買ってもらえるお客さんとつなぐ役割をしたいと思っています。

岩本:職人の高付加価値化と言う評価に持っていくことだと思うのですが、空港のような場所で、職人の価値観を定義してあげるとポジティブな提案になりますね。

大河内:すごくポジティブです。このセッションを聞くまでは、空港は乗り降りする場所という認識でしたが、最初にその土地に踏み入れる場所であり、体験するものや見るもの食べるものが空港から始まると思いました。自分も旅行や出張に行って、飛行機から降りた瞬間にその土地への期待値が高まったと思うので、その場で購入できなくても、この町にはこういう工房があるとか、ここで買えるというマップがあれば、観光客もよりアクティブに行動できると思いました。

岩本:このお話を聞いて渡部さんはどのように感じられましたか?

渡部:空港に集っていただく理由を増やせないかと思います。富士山静岡空港なので、やはり富士山を楽しめる異空間にしたい、楽しめるゲートウェイにしたいと考えて遊覧フライトを考えました。また大井川流域の茶畑が豊かな自然に囲まれた場所なので、大井川流域のコンテンツを楽しめる日帰りパッケージツアーもご用意したいと考えております。また、早朝の滑走路を歩いていただくイベントも何回か手掛けており、比較的広い範囲からお越しいただいております。
 さらに静岡県と山梨県のショールームですが、静岡と山梨のお酒や工芸品、食品のPRを私どもでも行っており、ワインの有料試飲もできます。戦略的公平性というところでは、美味しいと言われるお酒やワインを選び、空港から酒蔵やワイナリーに行って食事をしたい、生産者とのコミュニケーションを楽しみたいという方の中から、趣旨にご賛同してくださる酒蔵、ワイナリーに出店していただきました。ここを起点に、さらに人の流動性を生み出したいと考えております。

岩本:金内さま、みやこ下地島空港では何を意識してお作りになったのか、優先順位というのはございませんか?

金内:みやこ下地島空港の到着手荷物受取所には、天井部分に宮古織の布を入れております。宮古島を調べると“宮古織”という非常に綺麗な柄の布があったので、空港の装飾に取り入れました。これが空港を利用するお客さんの目に触れてアプローチしていただければ良いと思いました。
 優先順位、公平性は難しい話ですが、私の立場としては居心地のいい場所をつくることだと思います。すごく当たり前ですが、居心地の良い場所があると人間の感情も変わります。コロナ禍でお取り寄せしても、毎日、食べていると全く盛り上がりません。やはり場所や時間、雰囲気みたいなものに人間の感情が刺激されるのだと再発見しました。

岩本:3人のお話をまとめますと、居心地の良い場所は滞在時間を増やすことだと思いました。滞在時間が長いほど、人は何かしら消費するので、全体として消費額が大きくなる理想的なモデルだと感じました。最後に一言ずつお願いします。

大河内;空港がただの着地点じゃなく、その土地の出発地点みたいな感覚を持っていただけるとすごく良いと思います。また、その場で触ったり、食べたり、体験できる、その土地特有のものに触れられる場が空港内にあったら、訪れた方の旅の高揚感もさらに高まると思いました。

渡部:空港は、その土地を離れる最後のポイントにもなるので、我々も本質的なものを提供できるように努力して参りたいと思います。

谷口:日本文化を活かし切った空港がまだ無い気がするので、日本のテーマパークみたいな空港を作ってみたいと思いました。

岩本:次につながる面白い議論ができたと思います。皆さん、貴重なお時間とディスカッションをありがとうございました。