ゴッホやモネが動き出す これぞリアル「ナイトミュージアム」の世界(産経新聞 2021年5月12日)https://www.sankei.com/premium/news/210512/prm2105120006-n1.html

【ホッシーのつぶやき】 「ひろしま美術館」が行っている「HIROSHIMA NIGHT MUSEUM」が人気を集めている。閉館後の美術館を劇場に見立て、演劇とともに美術鑑賞するイベントだ。夜なので、宿泊を伴う滞在型観光の推進につながる可能性がある。瀬戸内芸術祭だけでなく、多くのアートイベントに足を運ぶ人が増えている。広島が成功しているのは、脚本がしっかりしており、プロの劇団員が演じるところにあるようだ。コロナ禍のなかで新しい取り組みが始まっているのは偶然ではなさそうだ。

【 内 容 】 夜のとばりに包まれた美術館。同館正面入り口の前にたたずんでいると、扉の奥からランタンの灯がふわっと浮かび上がった。現れたのは画家ゴッホ。そして、自身の作品「ドービニーの庭」(1890年)に描かれていたはずの黒ネコを探し始めた…。閉館後の美術館を劇場に見立て、演劇とともに絵画を鑑賞する広島の美術館のイベントが話題だ。関係者は、広島の夜を楽しんでもらうことで、宿泊も伴う滞在型の観光推進の拡大につながることを期待している。
ゴッホが歩き、マネが語る

 広島市中区の「ひろしま美術館」が行っているイベント「HIROSHIMA NIGHT MUSEUM」。夜になると展示物が動き回る米映画「ナイトミュージアム」をほうふつさせるナイトツアーだ。

 黒ネコを探し始めたゴッホ。美術館に入ると、マイヨールの「ヴィーナス」像(1918~28年)の前に行き、観客を展示室へと招く。マネの「バラ色のくつ(ベルト・モリゾ)」(1872年)の前に進むと、絵のモデルとなった女性画家モリゾが一時はマネの弟子であったことを説明。「この2人の関係は謎が多い」と言いながら、マネを呼び出す。

 呼び出されたマネはモリゾとの関係をひとしきり語ると、マネの友人であり印象派の生みの親といわれるモネの「アムステルダムの眺め」(1874年)へと観客を誘う。マネは「当初の『印象派』とは批評家がモネをあざけるためにつけた呼び方だった」と説明する。

 このように、劇では作品にまつわるエピソードや画家の生きよう、画家たちの関係などを物語風に紹介。臨場感があり、作品や画家への興味がぐっとかき立てられる。内容は、印象派を中心としたフランス近代美術のコレクションで知られる同美術館所蔵の絵画5作品とブロンズ像2作品を取り上げるもので、約1時間。開演前にはクラフトビールやソフトドリンクといったウエルカムドリンクが提供され、劇の上演後には作品を自由に観覧できる時間も設けられている。

 脚本は尾野真千子主演の映画「心中天使」などの作品がある三重県出身の映画監督・一尾(いちお)直樹氏が書き下ろし、同館の学芸員が監修。広島の劇団「グンジョーブタイ」の劇団員が演じる。

没入感あふれるアート

 広島県観光連盟によると、県内は平和公園や宮島を主とした日帰り観光が中心であることとリピーターが少ないことが課題。このため、夜にも観光の目玉をつくることで、そのまま広島に宿泊してもらい、さらに何度も訪れたくなる観光地を模索。同連盟と同美術館、富裕層向けの体験プランなどを手掛ける旅行業「エクスペリサス」(東京)が同イベントを企画した。

 イベントについて、エクスペリサスの最高経営責任者(CEO)の丸山智義氏は「誰もやったことのなかったオンリーワンの企画。ハイクオリティーのものができた」と胸を張る。

 米ニューヨークのメトロポリタン美術館が開館前などに学芸員と館内をめぐるツアーを参考に、欧米発祥とされる新しい演劇のジャンル「イマーシブシアター(没入型演劇)」を活用した。イマーシブシアターは既存の劇場にこだわらず、さまざまな建物や劇空間を舞台に見立て、役者と観客がやり取りをしながら、いつの間にか観客も物語の中に参加しているような体験ができるのが魅力だ。

 「『没入感』という新しいアート体験。没入するというのは共感することだと思う。いかに多くの方に共感してもらえるかを重きにした」