星野リゾート、耐え抜くための「1年半計画」に踏み出す
(日経ビジネス 2020年4月22日)
https://business.nikkei.com/atcl/forum/19/00031/042000011/?fbclid=IwAR3375Yb6rTdSPt318q3MKrcJm_21wvjd_lkQDSFxtKakUfzkxlgFp52PeA

星野リゾートの星野佳路代表は、ワクチンや治療薬ができるまでの1年半は影響があるとして、完全回復に向けて「1年半計画」を立案し、生き残るにはどうしたらいいかを全部逆算したという。
先送りできるコストは先送りし、中長期計画はいったん中止。
これまでの蓄えを1年半で全て使い果たしてもよい覚悟。
「新ノーマル」という時代に入った。マーケティングは、顧客が旅を選ぶ基準が変わるという仮説を立て検証する。そのためにも「人材の維持」が大切だという。

【ポイント】
3月はそれほど業績が悪くなかったが、4月に入って緊急事態宣言が出された後にムードが変わった。それまで80%ほどだった客室稼働率は緊急事態宣言の後には20%台になった。
広報やプロモーションを控えているし、大市場である東京、大阪が対象地域に入った以上仕方がない。
感染者数を減少させることがとにかく大切であり、緊急事態宣言は正しいと思う。
業績が落ちることは耐え抜かなければいけない。

需要に合わせて一時帰休も行っている。特定の社員が働く時間を減らすのでなく、全社員約3500人が何らかの形でワークシェアリングする形だ。
施設によって違いはあるが、もともとマルチタスクのためシェアリングしやすい。政府の雇用調整助成金も活用しながら取り組んでいく。
東京は緊急事態宣言になって、2カ所の施設を現在休館している。東京のオフィスもテレワークを導入し、出社する社員を9割削減している。

ゴールデンウイークの需要は緊急事態宣言で劇的に減少した。
現在は一番強い自粛期であり、5月全体が前年比で大きくマイナスするだろう。
緊急事態宣言によって感染者数を一気に下げ、早く安心できれば中長期的にプラスに働く。

緊急事態宣言が5月6日で終わるかどうか。そして自粛が緩和するかするどうか。感染者数が減少し緩和に向かうならば、そこで観光業界として何ができるかを考えておかなければならない。
一方、状況によっては当面、需要が期待できない、採算が合わない、などが見込まれる地方の施設が出てくるかもしれない。そうなれば、施設によっては夏休みまで閉める、などの可能性はある。

星野リゾートでは、ワクチンや治療薬ができるまで1年から1年半は何らかの影響が残るだろうと考えてきたが、それに合わせて臨む覚悟を決めている。
東京オリンピック・パラリンピックが来年できるのはいいことだと思いながら、インバウンドも含めた完全回復に向けて「1年半計画」を立案している。
1年から1年半かかるのを前提にして、しっかり生き残るにはどうしたらいいかを全部逆算。
それぞれの月に何をするのかに落とし込んでいる。そのためにはどんなことが起こってくるのか、需要がどう推移するかを予測することが重要だ。

大方針として、先送りできるコストは先送りする。
中長期に計画してきたプロジェクトはいったん中止している。
もう1つの大方針が人材の維持だ。星野リゾートはスタッフの質が会社の競争力そのもの。復活後に人材をそろえ直していてはパフォーマンスを取り戻すのに時間がかかる。市場が復活するときに備えて、人材の維持はすごく重要だ。

資金面では星野リゾートは所有している施設がほとんどなく、運営に特化している。
大きな借り入れがあるわけでなく、それまでマーケットは好調で施設数を伸ばしてきたので、蓄えは相応にある。これを1年から1年半の計画の中で使い果たしてもいいから、とにかく生き残る策を立てる。

観光市場について、新型コロナウイルスの感染拡大については、医療崩壊を起こさないことが重要だし、社会の動きとしてはやはり感染者数が拡大するときには自粛する。
ただし、経済活動を1年から1年半すべてとめると誰も生活できなくなる。

だから、ワクチンや治療薬ができるまでは、感染者数が拡大しない範囲で、医療崩壊をまったく起こさない範囲で、経済活動を適度なレベルに維持する状態が続くだろう。
当面は自粛期間と緩和期間を繰り返していくことになる。旅行業は自粛期にはダウンし、緩和期にも一気に完全に戻るわけではないが、少しは事業環境が回復する。

災害が過ぎ去るのを待てばいいという状態ではなく、「新ノーマル」が誕生したと見ている。
これまでのやり方で問題解決するのでなく、新ノーマルに入ったという認識が大事になる。
競争力を維持することを基準に財務のあり方を考えるし、マーケティングは顧客が旅を選ぶ基準が変わるという仮説を立て、市場調査で検証する。
緊急事態宣言が完全解除でなくとも少し緩和されたとき、「旅行についてはどうお考えですか」といったことを尋ねる調査をしたい。今のところ5月の中旬くらいに実施を予定している。

感染を拡大させない範囲で、国内市場が少しずつ需要を戻したとき、大切なのは密集・密接・密閉の3つの密を避けることだ。顧客に安心してもらえるサービスをどんどん追加しながら、三密のない滞在を提案する運営ノウハウを作る。
もちろん、観光が感染を拡大するといったことは絶対あってはいけないので、今までよしとしていたことも、変えていかなければいけない。

海外のメディアでも、メンタルヘルスに新型コロナが及ぼす影響が大きな課題になっている。
1年から1年半という長い期間になってくるし、コロナとの闘いにはメンタル面の健康を維持することが大切だ。新ノーマルにおいて観光が貢献できることを、考えなければいけない。

今の状況が収束したときに観光も含めた需要を喚起する手法として、クーポン券が検討されている。
本当にありがたいが、クーポン券の出し方について2つ要望がある。

1つ目は予約方法。クーポン券は、従来は予約を旅行会社経由に限定していた。このため、顧客は既に行った予約を一回キャンセルして予約を取り直していて、現場に大混乱が起こった。自社での予約に力を入れている施設に著しく不利になるので、幅広い予約に対応できる形にしてほしい。

2つ目が需要の平準化だ。これまでクーポン券を使用期間を限定して一気に需要を喚起しようとし、需要が集中したため混乱が生じた。短期的に需要の拡大を図るのは業界のためにならないし、顧客のためにならない。お願いしたいのは、長期にわたって有効な形にするとか、県や地域によって使える時期を変えるとか、平日だけ使える形にするとか、需要を平準化するクーポン券だ。
このほうが効果が上がり、観光産業の雇用を守ることにつながるはずだ。

5年後に2020年を振り返ると、今の判断が正しかったかどうかの回答が出ているが、今はそれがわからない。だからこそ、今経営の力が問われている。
今までのやり方や判断基準を変える必要がある。KPI(重要業績評価指標)がガラッと変わってくる以上、変化に対するトップダウンの力やスピードが必要になる。
新ノーマルに対して、一番有利な姿、一番適した姿になるために、自分たちが変わらなければならない。