木造建築の防災。東大寺の国宝建築を次世代へ伝える知恵。
(Sustainable Japan by The Japan Times 2024年1月26日)
https://sustainable.japantimes.com/jp/magazine/366
【ホッシーのつぶやき】
パリ・ノートルダム大聖堂、沖縄・首里城の火災は衝撃だった。日本の文化財は木造が9割を占め、奈良・東大寺の主な火災は30件という。東大寺の防災対策は、スプリンクラー等の自動消火設備、消火栓、避雷針、放水銃、水を吹き上げて水幕をつくり延焼を防ぐ「ドレンチャー」などがあり、最先端だという。
国宝や重要文化財は国の補助が受けられるが、その他の防災対策は独自費用。維持費だけで年間3〜4億円、檀家を持たない東大寺は拝観料でまかなわざるをえない。
ある程度の拝観料値上げはやむを得ないかもしれない。
【 内 容 】
2019年のパリ・ノートルダム大聖堂と沖縄・首里城の火災は世界に衝撃を与えた。なぜ世界遺産にも登録され厳重な警備や防災対策がなされてきたはずの文化財建造物が、致命的な被害を被ったのか。ノートルダムの場合、小屋組付近から出火したことが挙げられている。西洋建築は壁は石造でも屋根を支える小屋組は木造で、建物上部は可燃性材料で構成されている。その脆弱な部分から火災が拡大したわけだ。また首里城火災の拡大要因としては初期消火の遅れに加え、スプリンクラー等の自動消火設備が設置されていなかったことが指摘されている。
こうした痛ましい火災被害を防ぐため、木造が9割を占める日本の文化財では機械設備を駆使した対策が推し進められている。中でもいち早く対策を講じ、アップデートし続けている施設のひとつが奈良の東大寺だ。
現在まで1300年近くの歴史を歩んできた東大寺。およそ34万㎡の広大な敷地に国宝の<大仏殿(金堂)>をはじめとする多数の文化財を擁する。しかし東大寺は1180年と1567年の戦火により2度の壊滅的な被害を受けるなど、歴史上さまざまな災害に遭ってきた。特に多発しているのは火災で、917年の僧坊や講堂の失火から1998年の戒壇院千手堂の炎上まで主なものだけで30件が記録に残る。さらに奈良公園と一体となった境内は夜間でも人の出入りが自由で、文化財の管理上不利な条件にある。
このため東大寺では先駆的な防災対策が長年にわたり図られてきた。境内を歩くと、そこかしこに防災設備があることに気づかされる。消火栓や避雷針はもちろんのこと、建物に放水し延焼防止および火災抑制を行う「放水銃」の入った箱や、水を吹き上げて水幕をつくり延焼を防ぐ「ドレンチャー」のヘッドが目に留まる。
南大門越しに見える大仏殿。東大寺は奈良公園と一体化しているため境内の出入りが自由。防災対策が難しい。
PHOTOS: YOSHIAKI TSUTSUI
なかでも世界最大級の木造建造物として、特別な火災対策が講じられているのが国宝でもある<大仏殿>だ。1913年には文化財建造物として初のドレンチャー設備を備え、1977年から79年の昭和大修理では自動火災報知設備、消火設備を設置した。1989年から99年にかけて10年がかりで実施された防災施設工事の際には、トンネル火災用の消火栓とドレンチャーが設置されるなど、明治時代から現代までその時々の最新技術が採用されている。
「<大仏殿>は規模が大きく放水銃では水が届かないことからドレンチャーを付けました。木像など美術工芸品を傷める可能性があるので、屋内には設置しにくいドレンチャーですが、大仏がブロンズ像だからできた対応です」と東大寺長老の狹川普文は話す。大仏殿の背面には、ドレンチャーと消火栓に給水するための配管が立ち上がる。ノートルダムにダメージを与えた小屋組での火災に対抗する、強力な設備だ。
狹川によると防災設備は、常に更新し続けなくてはならない難しさがあるという。
<大仏殿>の周囲に設置された放水銃から放水する様子。放水銃は、延焼防止および火災抑制を行うための設備で、地下式、地上式、消火栓併設など各種ある。東大寺では毎年8月7日、大仏のほこりを払い、身を清める恒例行事「お身拭い」にあわせて、大仏殿の緊急避難訓練や放水訓練を行う。
COURTESY: TODAIJI
「1990年代の防災施設工事では、標高200mの位置に1,500tの貯水槽を設け、総延長11kmの配管を地下に埋設しました。ポンプなどの動力なしでも高低差の重力で送水できるので、停電時も利用できる仕組みです。地下配管をこの規模で設置している文化財は他にないでしょう。しかし漏水に悩まされるなど課題もあります。地下を掘ると埋蔵文化財が出てきますから、すべて保存し整理する必要もありました。そもそも機器類は技術が向上していくので30年も経てばやり直しが必要です。また盗難や落書きが増えるなど人為的災害の質が変わってきていますので、監視カメラも増やさざるを得ません」
こうした状況を受けて東大寺ではさらなるアップデートを図るべく、2021年から5か年計画で、警報設備や消火設備に関する機器類の更新や、配管の耐震化などを進めているという。
また地震防災も抜かりない。2010年竣工の<東大寺総合文化センター>では部屋ごとに免震できるアメリカ製の免震装置を日本ではじめて導入し、国宝の『日光菩薩・月光菩薩立像』を<法華堂>から移すなど美術工芸品を集約した。木造文化財(建築)に対しては、建物単体のみならず地盤調査も踏まえて耐震診断を行い、2017年に耐震補強した廻廊など、課題が見つかった建物を順次改修しているという。
境内各所で見られる消火栓。高台の貯水槽から送水され、停電時も利用できる。
「<大仏殿>の廻廊の補強は自費で実施しました。檀家を持たない東大寺は維持管理を拝観料でまかなわざるをえません。その維持費だけで年間3〜4億円がかかります。国からの補助が受けられる国宝や重要文化財の修理や防災対策など、補助金で賄える部分もありますが、文化財を維持していくのは本当に大変です。また文化財に指定されたものにかぎらず境内すべての建物およそ300棟に火災報知器と避雷針をつけていますので、しょっちゅう何かが壊れてしまい、対応し続けなくてはなりません」
世界遺産に登録される東大寺だが、入念な対策と共に文化財を守り抜き、未来へとつなぐその体制も世界的規範と言えるのかもしれない。
東大寺の<大仏殿>には、背面に消防設備の配管がある。地中に埋設した配管から水を供給し、ドレンチャーや消火栓などに水を送るための設備だ。大仏殿は高さが46.8mもあり地上から放水しても屋根に届かないため、このような配管が立ち上がっている。
三月堂(法華堂)に設置された自動首振り型放水銃。