【DMO研究】貸ボートの価格大幅アップのわけ、自主財源を確保する高千穂観光協会の観光地経営
(やまとごころ 2022年2月4日)
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【ホッシーのつぶやき】
地域DMO「一般社団法人高千穂町観光協会」は、2020年3月に貸しボート料金を2~3倍へ引き上げたという。
自治体からの補助は無く、現在、100%自主財源で賄い、貸しボート収入が約半分、直営売店の売上が30~40%。その他が約15%だ。スタッフは40名ほど、自治体などからの出向者はなく、安定雇用に力を注いでいるという。
100%自主財源のDMOは数えるほどだ。この方向に舵を切るには地元や関係者の理解が必要で、これまでの努力は凄まじいものだったのだろう。

【 内 容 】
ボートから眺める高千穂峡を一目見たいと、国内外から多くの観光客を集めてきた宮崎県高千穂町。人口1万2000人の小さな町に、コロナ禍前には年間150万人もの観光客が押し寄せるほどの盛況ぶりだった。知名度のある観光地でありながらも、そこに決して甘んじることなく、自走型DMOを目指して十数年前より取り組みを進めてきたのが地域DMOの一般社団法人高千穂町観光協会だ。今回は、同協会事務局長の永松和典氏に、地域連携DMO「秋田犬ツーリズム」事務局長の大須賀信氏が話を聞き、同協会の観光地経営への考え方や理想の姿など、あますところなく引き出した。

二大観光素材をフル活用してDMO財源を確保
「貸しボート」の価格引き上げを決断したワケ
—高千穂の観光素材と言ってまず頭に浮かぶのは、高千穂峡を楽しむボートですね。2020年3月に貸しボートの料金を2~3倍*へと思い切り引き上げたと聞きました。その決断に至った背景を伺えますか。
*値上げ前は大人3人まで2000円、値上げ後は、4000円~6000円 人数によって変動
高千穂峡の美しさの特徴は、五ヶ瀬川の左右にそそり立つ柱状節理と呼ばれる岩肌です。しかし、近年、柱状節理が崩れる恐れがゼロとは言えなくなり、管理や安全点検に相当の手間やお金がかかっています。安全管理の面で、町が費用を負担していましたが、それだけでは厳しい状況になりました。お客様にとって「安心・安全」な観光地でなければならないので、維持管理の為、値上げに踏み切りました。そのうえ、台風や梅雨、長雨のシーズンには川が増水し、年に80~90日はボートを運休せざるを得ないという問題もあります。本来なら運休日数をいかに少なくするかに取り組むところが、ご存じの通り、九州をはじめとする西日本では豪雨被害が増えているのが実情です。災害対策への予算のかけ方が変わったという話は周辺自治体からもよく聞きます。

—北日本の観光地では、異常気象や温暖化の影響をそれほど危機的には感じていませんが、災害等のリスク管理対策への課題感は、ほかの地域でも今後強くなるかもしれませんね。値上げをした後、お客様からの反応はいかがですか。
高すぎる、見直してほしいという声もあれば、池に浮かべたボートとは明らかに違う風景を実際に見て、なぜこれだけ多くのお客様がここに来るのかに納得してくださる方もあります。適正価格については長年議論を重ねてきました。今回の値上げに対し、この先もあぐらをかいていてよいとは思っていません。これから多くのデータをとったうえで見直す可能性もあります。現在は単一価格ですが、繁忙期と閑散期で料金を変える価格変動制をうまく導入し、お客様のニーズに応えるようにしていくべきと考えています。

伝統ある「夜神楽」はナイトアクティビティの先駆け
—貸しボートのほか、高千穂町でもうひとつ重要な観光素材は夜神楽ですね。ほかにも泊まる仕組みづくりとしてのアクティビティはありますか。
夜神楽を始めた経緯をお話ししますと、「高千穂の夜神楽」は五穀豊穣に感謝しながら神様と一緒に舞うという神事で、11月から2月が神楽のシーズンになります。しかし、この期間以外に来られた観光客からも見たいという要望が強く、365日毎晩8時から、高千穂神社で観光夜神楽を行うようになりました。夜行う理由のひとつは、舞手が日中は仕事があるということ、もうひとつは夜の滞在時間を増やすための工夫です。泊まることで一番経済効果が上がりますからね。1972年に夜神楽を始めてすでに50年近く、今ではすっかり定着しています。夜を楽しむ観光素材は現在拡大中で、4、5年前からは高千穂峡でのライトアップイベントも町と協力して始めました。国定公園なのでむやみに手を入れられないという事情もあり、京都のような派手さはありませんが、幽玄な色合いが高千穂らしいと好評です。


—2021年の初めに高千穂を訪れた際、私も夜神楽を拝見しました。また値段の話で恐縮ですが、あの内容で1,000円は安すぎるのではないかと個人的に思いました。観光庁では文化財の活用が奨励されています。それについてはどうお考えでしょうか。
高千穂にとって神楽はあくまで神事です。神楽の本当の姿を見ていただきたいという思いで価格を設定していますので、必要以上に派手にするつもりは毛頭ありません。高千穂は「神様の国」として売っているわけで、そこを理解してくださる方に来ていただきたい、というのはあります。

観光商品で自走型DMOを実現
自主財源・人材100%確保の目標達成
—多くのDMOが課題に挙げるのが、財源と人材の確保です。その中で、高千穂町観光協会では自走化に成功されていますね。
はい。自治体からの補助は一切なく、現在、100%自主財源で賄っています。財源の内訳は、貸しボートの収入が約半分。直営の2カ所の売店の売上が30~40%程度。約15%が着地型商品の販売、宿の紹介、レンタサイクルなどで、あとは運用の中で収益を上げています。それによって雇用を生み、安定した人材も確保しています。現在スタッフは40名ほど。自治体などからの出向者はなく、そのうちの30名強が貸しボートや神楽の運営管理を行い、5名がDMO推進を担当しています。一般社団法人化して十数年になりますが、自主財源の確立は先人が掲げた大きな目標でした。

観光商品の収益を地元に還元するのが使命
—100%の財源確保と安定した人材確保とは素晴らしいですね。当初の目標である理想形を実現された現在、このあとはどういったことに力を入れたいとお考えですか。
先人が成し遂げた歴史をどう引き継ぎ、未来につなげていくかが現在の我々の使命と心しています。そのために大切なことはまず、地域との合意形成です。これまでも、ゴールデンウィークや夏の時期には交通渋滞が起きたり、宿泊施設が少ないためにキャンプをする観光客がいたりしてオーバーツーリズムの問題がありました。地元住民との間で摩擦も起こります。これには地道に話し合いを重ねるしかありません。観光業への従事者は町内で2割です。まずはそこで合意形成をつくり、その方々を通じて町に意思を伝えてもらって、合意形成へと導きます。オーバーツーリズムに関しては、駐車場を拡大、シャトルバスの充実を図ってきましたが、都度対処して一つひとつ解決していく以外に方法はありません。
もうひとつの使命は、収益の地域住民への還元です。私たちの根底にあるのは、高千穂峡は町民の財産だという思いです。私たちDMOは町の土地をお借りして収益を上げているのですから、地元住民に経済波及効果をいかにして生むか、これまで以上に気を配っていく必要があります。昨年、ボートの待ち時間短縮のためにボートの予約システムを導入しました。


待ち時間は減り、お客様の不満がある程度解消したのはよいものの、ボートに乗ったらお土産を買うこともなく、すぐに隣町へ移動してしまう。これでは町への経済効果は生まれません。できるだけ長く滞在していただくための別の魅力づくりが必要です。たとえば、高千穂町へ来たお客様が1,500円で食事をし、1,500円でお土産を購入し合計3,000円使ったとします。そうした方には、ボート代を4割引きにするといったサービスがあれば地元にもお金が落ちるのではないかと思っています。こうした施策も含めて、DMOが一人勝ちで儲けるのではなく、いかにして多くの収益を地元と住民と共有できるか、この課題に真摯に取り組んでいます。


—地域住民との話し合いの重要性について述べられましたが、周辺地域との協議についてはいかがでしょうか。地域としての魅力を底上げするためにお互いに協力されていることがあればお聞かせください。
高千穂は宮崎県の北部に位置しますが、県北地区の各観光協会とは常に連携を取り合いながら、観光素材を代売(お互いに販売しあう)といった取り組みをしています。高千穂町のほか、隣村の椎葉村や日之影町、延岡市などの9市町村は、ひむか共和国と称してチームをつくり、お互いの連携を大切にしています。また、高千穂町の北西にあるのは、ワールドクラスの観光地である熊本県の阿蘇、北には大分の別府、湯布院、黒川温泉。こうした県をまたいだ地域とも常に連携を取り合い、中九州地区をいかに盛り上げていくかも、ミッションのひとつと考えています。

インバウンドの需要回復への対応
PRはミドルクラスを狙ったイメージ戦略、SNSなど駆使してコツコツと
―最後にインバウンドの需要回復を見据えた準備についてお伺いしたいと思います。コロナ前まではどういった国・地域から観光客が訪れていましたか。
2019年の入り込み客数のデータですが、上位から香港、台湾、中国、そのあとにベトナム、タイ、オーストラリアと続きます。九州では、鹿児島県を除くすべての県で最も多いのが韓国からのお客様ですが、高千穂町では上位5カ国に韓国が入っていません。
—なるほど、興味深い点ですね。このあと少しずつインバウンドの需要が回復してくると思いますが、今現在、その準備として取り組まれていることはありますか。
インバウンドの動きはまだ読めないというのが正直なところです。コロナが始まる2年前まではヨーロッパ、とくにフランスの需要拡大を狙った取り組みを行っていましたが、コロナですべてストップ。再開はゼロからのスタートになるでしょう。プロモーションに関して私たちが狙うのは、「イメージ戦略」です。これまで雑誌やポスターを見て高千穂を知った海外メディアから取材依頼がありました。真摯に対応することで信頼関係が生まれ、よい記事を書いていただくことで、また次へとつながる。外国の方々は、そうしたイメージ戦略でつくられた高千穂峡の滝のポスターや雑誌を見て感動します。あの滝のイメージ=「ジャパン」として、これはどこだろうとGoogleで調べる。すると、「Takachiho」、「ボート」とつながるわけです。そのフローをつかみ、彼らを引き付けるワードをGoogleにいかに切り込んでいくかが重要かと思います。
—海外のどういった層をターゲットとされていますか。実は、今年高千穂に伺う際、宿をインターネットで検索しましたが、高級旅館はあまり選択肢がないように感じました。富裕層はターゲットではないのかなと思いましたが……。
ターゲットはミドルクラスの方々です。高千穂には高級価格帯の旅館は1軒しかありません。町内に宿泊施設は約30軒ありますが、その半分以上がゲストハウス、または民宿です。また、温泉もありません。温泉はないのかと聞かれることはありますが、ないものはないから仕方ない。その中でやれることをやっていきます。PRに関しては、ミドルクラスにターゲットを絞ってこれからも情報発信を行っていきます。と言っても、我々には現地のエージェントと太いパイプがあるわけでもなく、インフルエンサーを使ったり巨額な予算をかけたりして大々的にPRすることはしてきませんでした。これからもそうした大掛かりなものでなく、SNSを活用した輪を少しずつ広げていく。そんな地道な取り組みが我々の目指すイメージ戦略につながっていくと思っています。


—鍾乳洞の天井から水滴がポツポツと落ち、やがてつららとなる鍾乳石ってありますよね。長い時間はかかっても最終的にはしっかりした成果ができる「鍾乳石戦略」。私も同感です。「神様の国」という宗教の存在は高千穂にとって大きく、徒に観光化しないというスタンスはほかと違って特色があると、私自身も勉強になるお話が伺えました。ありがとうございます。