「フジロック‘21」開催して良かったのか悪かったのか、ファクトベースで検証する
(現代ビジネスプレミアム 2021年9月3日)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/86905?fbclid=IwAR1fAWfHsF6tKWrEJEEVIsk0Y10rzcagMZkfnjkUg-5OaYkUccvr-OfrYTU

【ホッシーのつぶやき】
8月20~22日に開催された「フジロックフェスティバル」が終了して2週間が過ぎました。
旅行やライブは「遊んで感染広げるな」という声が聞かれます。一方で製造業もサービス業も感染対策で折り合いをつけながら、経済活動を平常化する努力をしています。
「フジロックを開催して良かったのか」、いずれ感染実態や成果などの報告があると思いますが、何が良かって何が悪かったのか、ここから学ぶことも大事です。
サッカー欧州選手権では来場者は抗原検査の陰性結果を入場時にスマートフォンで提示して入場したといいます。

【 内 容 】 
常見 陽平(千葉商科大学国際教養学部准教授)

いまだにモヤモヤしている。今年の「フジロックフェスティバル」のことだ。開催するべきだったのか。安全な開催だったといえるのか。私はオンライン視聴で楽しんだのだが、実はこれすら偽善ではなかったのか。
例の愛知県でのヒップホップイベントが、酒類の提供、密すぎる空間、大声で叫ぶ観客などの問題で大炎上し、「フジロックはマシだった」との声があがっている。もっとも、だからフジロックは正しいというのも違う。
フジロックに関する記事は、批判的なものから肯定的なものまで多数、掲載されたが、やはりまだモヤモヤする。本当のことを知りたい。
そこで私は会社員時代の先輩であり、フジロック常連で今年も全日程に参加した萩本良秀氏に急遽、話を聞いた。萩本氏は大手旅行サイトやエンタメサイトの編集長を務め、現在もインバウンド観光に関する仕事を続ける、観光分野の専門家である。
可能な限りの客観的な事実、現場で起こったことをもとに、改めて今年のフジロックを検証する。

会場の感染対策はどうだったか
「フジロックフェスティバル‘21」(主催:スマッシュ)は東京オリンピック後、パラリンピック前となる8月20~22日に、新潟県苗場スキー場で開催された。昨年は感染症流行により初の延期となっていた。
来場客に対する感染防止策は当初はマスク、手洗い消毒、距離を保つ、過度の飲酒自粛、モッシュやダイブなど接触禁止、大声での完成やNG禁止といった基本的な指針だったのが、開催3週間前から追加措置があわただしく打ちだされた。
7月30日には会場内の飲酒禁止と公式アプリへの健康状況アンケート入力、8月6日には来場者への抗原検査無料送付と購入済みチケットの払い戻し実施を発表、8月10日には早々と主要券種を販売終了にした。チケット払い戻しは13日から開催後の25日まで申請を受け付けた。
事前にフェスに関係する町の関係者を対象にPCR検査を行い、出演者にも2回の事前PCR検査と直前の抗原検査が実施され、陽性者は出演キャンセルとなった。

常見: 主催者からは会場内禁酒、抗原検査の送付、入場券の払い戻し戻しなど、開催直前にバタバタと新レギュレーションが出されましたね。私は今年、高校の同級生が出演するので16年ぶりに参加する予定でしたが、感染拡大と仕事と重なり、断念。これで払い戻しを受けました。

萩本: 日本全国の新型コロナウイルス感染者数は、6月16日~7月16日は第4波ピークの1/3以下でしたが、7月後半から上昇に転じ8月1日には一気に過去最高を更新しました。開催1ヵ月前を切って急拡大の気配に「マズそうだ」という危機感が増して、感染対策の追加措置が取られましたね。
話はちょっと脱線しますが、6~7月に行われたサッカー欧州選手権(EURO2020)は、ロンドン会場での準決勝と決勝戦は定員の3/4が入場しました。1階席は決勝に進出したイングランドのサポーターでほぼ満員、マスクもなく大合唱。後日、イギリス政府は決勝戦だけで3400人が新たに感染したと調査報告を公表しました。
イベントの開催は、自らの安全を確保したい入場客が不安や心配なく過ごす対策が取られているかがまず重要なポイントでしょう。

常見: 世間一般はマスク、検温、消毒が施設入場の対策3点セットですが、フジロックの会場ではどんな感じでしたか?

萩本: 入場時はそれらの確認と荷物検査があり、日別に検温クリアの目印となる紙製のリストバンドを、入場リストバンドと別途巻いて入場します。場内にもスタッフを配置して、ステージ間の歩行移動中の飲食や、マスクが鼻を覆えていない場合などスタッフが注意をしていました。

ライブや会場の模様をレポートする公式サイト「FUJIROCK EXPRESS」がお客さんを撮影する際も、「鼻までマスクを上げてください」と指示する徹底ぶりでした。
観客数が大幅に減ったのにもかかわらずトイレは例年と同数程度設置され、今年はハンドソープと消毒液が常備されていました。例年になく注意は細かいですが、自らルールを守って安全に過ごしたい、という入場客には安心感につながります。

延べ入場者数は例年の1/3程度
常見: 各ステージ周辺ですが、前方エリアにはソーシャルディスタンスのための目印はあったものの、必ずしもそのとおりに立っていなかったのでは?という指摘がSNSなどでありましたが。

萩本: 例年はメインとなるグリーンステージだけに登場するMCが、今年は各ステージで登場し、次のアーティストが出てくる直前、歓声禁止やマスクは鼻まで、など注意点を毎回説明していました。距離の目印について話すとみんな一斉に下を見る、という反応で皆認識していましたが、演奏中は前の人の頭を見て距離を取るので、実質は距離間の目安となる印だったのかと。

他の屋内フェスでは1人1人の指定席のような概念のテープで立ち位置を区切る例もありますが、苗場では下は草や砂利なのでテープを貼るのは無理ですし、むしろ足を引っかける事故につながる。複数ステージがあって演奏中も人が移動するフジロックでは、目安という概念が適当でしょう。2m距離が必要とされるのは飛沫の飛ぶ距離が根拠ですが、マスク着用を全員に義務づけられている場合は、1mでも十分でないでしょうか。

常見: 配信動画やネットにあげられた写真では密に見えていました。ただ、これは写真の特性でもあるのでしょう。会場に行った人によると、前の方や、後ろの方がたまに密だったり、退場のときに若干混んだという声もありました。

萩本: Jリーグなどスポーツ興行でも定員の半分か5000人以下の入場で、マスク着用で声を出さずに観戦、というレギュレーションが定着していますよね。フジロックもそういった興行全般の実施ガイドラインを元に開催しているわけですが、主催者発表によると今回の延べ入場者は3万5449人(初日1万2636人、2日目1万3513人、3日目9300人)で通常の1/3程度でした。
普段は洋楽アーティストがヘッドライナーで、例えばノエル・ギャラガーが出ればそのファンだけでなくUKロック好きの観客も前で見たがるわけですが、今回は全部邦楽でグリーンステージのKing GnuはアーティストTシャツを着た若いファンが、同時刻のホワイトステージでナンバーガールには私ら上の世代が、というように分散されました。
3日目の大トリは電気グルーヴでしたが、かつてない前方の空き具合の中でみんな踊っていましたね。最終日は1万人以下でしたから。ただ歓声は禁止なので、絵的には盛り上がっているように見えても、演奏が終わると静かに拍手だけが聞こえる、異様な光景でした。

常見: コール・アンド・レスポンスがないのですよね。私が配信でみていたときにも「あ、声ださなくていいからね」とコメントしていたボーカルがいました。
飲酒についてはどうだったのですか? 一部、報道では飲んでいた人がいたとありましたが。

萩本: 会場はキャンプサイトや苗場プリンスホテルも含めて酒類の販売や持ち込みは禁止。入場時の荷物検査でもアルコールを持っていないか聞かれます。湯沢町では20時までの酒類販売が可能でしたが、あえて閉めている店もけっこうありました。なので、会場外で20時までに買ったものを飲むのはルール違反ではありませんが、周辺で調達するのも容易でなかっただろうと思います。

常見: いくつかの報道では、飲酒していた人がいたと報じられていましたが、マジョリティではないわけですね。こういう報道は狙い撃ちになりがちですけど、酒を飲んでいる人を探すのも大変だったのではないかと思えてしまいました。

洋楽ナシ+飲酒ナシで客層が激変
フジロックといえば毎年、出演アーティストが発表される前から早割(早期割引チケット)を買って、必ず参加する洋楽ファンが多いフェスだ。今年はRADWIMPS、King Gnuなどがメインステージのトリを務め、国内アーティストだけが出演という状況で、例年との違いは何だったのだろうか。

常見: 今年は洋楽アーティストのいないフジロックであり、売れ筋の邦楽アーティストが集まったという印象もありました。それでも、「フジロックらしさ」というものがあるとしたら何でしょうか?

萩本: フジロックとサマーソニックは日本の二大洋楽フェスと思われていますが、早い時間帯や小さいステージは国内アーティストの方が多いのです。今回出演したAJICOの浅井健一、The Birthdayのチバユウスケは2000年に以前のバンドでトリを務めましたし、くるりやサンボマスター、THE BAWDIES、King Gnuなどはルーキーステージ出演からグリーンステージまでたどり着いたバンドです。たしかに来日アーティストがいないといった点は物足りないのですが、それ以外はいつも通りのフジロックという印象です。
私のベスト・アクトはナンバーガールです。夜の野外で彼らを見るのは初めてでしたが、凄いギターの爆音アンサンブルが鳴り響いている、という1点で圧倒できるバンドなんて他にいないなと、興奮して終演後友達と振り返ったのですが、その時その場所ならではの体験が刻まれるのは、きわめてフェス的です。来年は昨年キャンセルとなったジャクソン・ブラウンなど、洋楽アーティストを観たいのはもちろんですけど。

常見: フジロックといえば、熱心なフジロッカーがいて、その熱狂ぶりをいじる動きがネット上でもあったりしますね。私は正直なところ、苗場への移動という時間、労力、さらには交通費・宿泊費などもあり、ハードルが高いなとも感じていました。だから16年も離れていました。
昨年は実質、開催なしで今年に延期だったわけで、コロナ直撃ということもあり、熱心なフジロッカーだらけだったのでは?

萩本: それが、ラジオでスマッシュの日高正博さんが、今回は半分が初めてのお客さんと言っていました。

常見: そうなんですか? それはなぜですかね?

萩本: 今年は国内アーティストだけで開催、と3月に発表された段階では、私の周りで毎年来る常連客もみんな、昨年買ったチケット払い戻さずに参加するつもりだったのが、感染拡大期に飲酒禁止と払い戻しOKという措置が出た。洋楽ナシは元々ですが、それに禁酒が決定打となって、参加を見送る人がどんどん増えたようです。
一方、来日アーティストがいないことにより、グリーンステージ初出演やヘッドライナーに抜擢されたアーティストのファンが、その晴れ舞台を観ようとやってきた。
これまでもELLEGARDENが出る日はエルレTシャツの若者が押し寄せる、という現象がありましたが、それが同時に起きたことということで、King GnuのTシャツも早い時間から売り切れでした。場内の平均年齢も、一気に10歳以上は若返った印象です。フジロックで常連客の固定化はイコール高齢化になるので、若い世代が初参加できたことは、今年ならではの収穫かもしれません。

常見: たしかに、グリーン、ホワイトなど大きめのステージのヘッドライナークラスは、正直、フジロックっぽくないかもと思いました。「ROCK IN JAPAN」のトリでもおかしくないな、と。でも実は、ファンが入れ替わったという点が今年のフジロックのレガシーかもしれませんし、このイベントの歴史における分岐点になりえますね。

萩本: 5月にさいたまスーパーアリーナで行われた「VIVA LA ROCK」では、開演前に主催者代表の鹿野淳氏が自らステージからガイドラインの順守を訴えていました。国内最大の「ROCK IN JAPAN FES.」をはじめ今年の夏フェスが軒並み中止になり、国内アーティストのファンも、観客の参加態度が音楽フェス文化の存続に影響を及ぼす、と危機感がマックスの時期にフジロックが行われました。元々、ロックインジャパンではダイブ行為は禁止ですが、2回続けて違反するとリストバンド没収で退場、という話を聞いたことがあります。

常見: それは知らなかった…。

萩本: ルールを守ってフェスを楽しむというマナーが常識として刷り込まれた若いファンが、来場者の半分を占めたということで。お目当てのバンドが終わるとその日に帰る人で、終演後は新宿などに向かう夜行ツアーバス乗り場は込み合いました。泊まる人も会場付近の宿は3連泊する常連客で埋まっているので、越後湯沢方面にシャトルバスで向かうという人の流れだったのだと思います。23時に販売終了のOASIS(飲食エリア)も終演後は人の滞留もなく閑散としていました。

フジロックはなぜ開催できたのか
常見: ロックインジャパンをはじめ、直前で中止になったフェスは多数あります。実に久々に海外勢が出演する「SUPERSONIC」は、大阪公演の中止などが発表になっています。ネット上では賛否を呼びましたが、フジロックはなぜ、開催できたのだと思いますか?

萩本: 地元が開催に賛成か、反対かは大きいでしょう。報道によると、湯沢町が地元の警察や消防、商工会などと主催者との協議の場を設け、新潟県と共に内閣官房や経産省などに事前に相談もしているそうです。

常見: たしかに、他のフェスは地元からの反対があったような。「ROCK IN JAPAN」などは、直前に医師会からの反対があったのですよね。なぜ、その前に調整しなかったのかとも思いましたが。しかしなぜ、湯沢町はここまでフジロックを大事にするのでしょう? ともに育ててきたんだなとも思いつつ、フジロック依存にも見えますが。

萩本: フィールド・オブ・ヘブンに出演したBEGINヴォーカルの比嘉栄昇が、MCでこんなことを言っていました。
「俺たち、最初にフジロック出演来た時、断ったの。音楽フェスよりも日本中でなくなりつつある地元の祭りの方が大切だからって。でもな、20年以上続いているってことは、これも地元のお祭りだよな」
フジロックが苗場開催となった1999年は、「ロッカーという人種がたくさんやってくる、子供たちは一歩も外に出すな」と地元は警戒していました。ところがスキー客よりマナーがよかった、と観光協会会長や旅館組合長が言っていたのが22年前。単に主催者への場所貸しでなく、地元のフェスという住民意識が行政や地元事業者に根付いて、昨年開催できなかった分、今年こそは、という意識が主催者や観客と同様だったのだと思います。

常見: アーティストがMCで想い、葛藤を語ったことが話題になりました。

萩本: KEMURIのメンバー間でも「開催賛成か反対かで意見が分かれた」と言っていましたね。「歓声を我慢して観るって、日本でしかできないのでは」(野田洋次郎/RADWIMPS)、「新潟の方々に迷惑となる結果にならないことを願っています」(Ken Yokoyama)など、多くのアーティストが、演奏の合間にルールの順守や感染への懸念を口にするのは異例です。中には、「恥ずかしながら帰って参りましたー!」(石野卓球/電気グルーヴ)と笑えるのもありましたけどね。

常見: MISIAが「一言だけ言わせてください。コロナのバカヤローーー!!」と絶叫したそうで。それが遠く離れたステージまで届いたとか。でも、それは偽らざる気持ちだと思います。コロナをめぐって、様々な犯人探しが行われるけれど、元はと言えば、コロナが悪い。もちろん、コロナはこれまでにも存在した様々な社会の矛盾や格差を明らかにしているのですが。
実は観客が入れ替わったこと、つまり洋楽と酒を愛していた年齢層高めのファンが半分離れ若者がやって来たこと、フジロックは地元に愛されているフェスであることはもっと取り上げられていい論点かと思います。

「フジロック2021」とは何だったか
開催も地獄、中止も地獄。コロナ禍でのフジロック。開催中にも他の音楽フェスが次々中止を決定、開催に踏み切った他のフェスには非難的な意見が飛び火するなど、今年のフジロック開催をどう評価したら良いのだろうか。

萩本: 昨日、湯沢町の人から、一連のフジロック関連の報道っぷりには疑問、という声を聞きましたよ。

常見: え、そうなんですか。一部の報道では、地元からの不安の声というものがありましたが。

萩本: 開催中にテレビ局の記者と話したのですが、カメラ抱えて商店などに声を聞いて回っても、なかなか応えてもらえないと言っていました。地元にもいろいろな考え方や、発言にも反響がありますから。それでも、1日や2日来て記者が見たまま書いた記事が信憑性あるかは、日頃から地元にいて横つながりがある人々には検討がつく。
「踊りまくっていた」と書く記事が「歓声は上がらなかった」とは書かなかったりしますが、それって現場にいないと実際のところは分からないじゃないですか。私の知っているネットメディアの編集者も、現場を見て問題ありという内容なら記事にしたい、という意向でした。

常見: 悪い話は記事になるけれど、良い話はなかなか届かない。

萩本: 会場に隣接している苗場プリンスホテルはアーティストや関係者、一部の来場客が宿泊し、毎年この時期は定員いっぱい宿泊客で埋まるのですが、今年は感染対策をどうするかは大きな課題です。
実は苗場プリンスホテルは今年、従業員31人の感染により1月18日~2月7日に全館休館しました。スキーシーズンの最中で営業的には痛手ですが、その間、従業員の寮も個室にし、レストランでは非接触の手袋装着機も導入するなど929項目のチェックシートをつくり営業再開したんですね。
今回は出店のスタッフはPCR検査を実施するとか、その経験や知識も元に感染対策をやりきる目途を立てて客を迎えているわけです。後日感染拡大につながって困るのは地元ですから、苗場プリンスに限らず商工事業者がみな、当事者問題として準備に取り組んだことをエビデンスなく悪く書かれるのが愉快でないのは、まあ、わかりますね。

常見: オリパラのような国家イベント、国体、甲子園のような全国規模のスポーツイベント、そして、フジロックのような音楽イベントは、何にせよ、開催について賛否の議論が起こります。いや、個々人がビジネスでも、プライベートでも自問自答しているのではないかと。大学教員の立場からすると、対面かオンラインかという講義の実施方法、オープンキャンパスをやるべきか、やるならどのやり方か、という議論は学内外で常に起こるわけで。
私は、1週間前にすべてキャンセルし、YouTubeのライブ配信で3日間楽しみました。これだけちゃんとフジロックを楽しんだのは初めてかもしれません。快適ですし、感動しました。一方で、自問自答もしたのです。これもまた偽善なのではないかと。現地に行かず、オンラインで視聴したとはいえ、それはフジロック開催を容認し、間接的に感染拡大や医療機関の負担増に加担してしまったのではないかと。

日本だけが出遅れないために
萩本: 2020年はフジロックや音楽フェスに限らず、人が集うあらゆるイベントがとにかくなんでも中止・延期になりました。2021年はどのようにしたら経済活動を再開できるかという模索の年だったと思います。これは国内外に共通した動きです。

つい先日も経団連が、入国時の隔離の緩和要請を政府に提言する案をまとめたと報道がありましたね。世界でも比較的慎重だったアジアでも、今は韓国や香港、シンガポールなどでも同様な規制緩和に動こうとしていて、日本だけが出遅れるのは良くないと。ビジネスを可能な限りもとに戻すという意志が現れているのではないかと思います。それは野球やサッカー、音楽のライブも、ビジネスの見本市や国際会議でもそうです。

常見: 音楽シーン自体が、この20年で音源よりもライブ、フェスにシフトしてきました。その音源もサブスクに移行しました。そんな中での新型コロナウイルスのパンデミックは、間違いなく音楽シーンに大きな影響を与えるわけです。
さらにライブとフェスは異なります。フェスは一大イベント、プロジェクトなのです。ロックインジャパンがそうであったように、中止するにしても、決断する時期によってダメージが異なります。新型コロナウイルスショックから1年半ですが、感染状況は依然として読めない。開催決行を決断した頃に感染が落ち着いていても実施時期にピークになることもあるわけです。
主催者のスマッシュにしろ、開催地の湯沢町にしろ、むしろこれから感染の実態や、成果・反省点など、結果を詳細に報告することを期待しています。果たして、フジロックをやってよかったのか、音楽に関係なく経済活動を再開するにはどうすればいいのかというヒントにはなりますから。

フェスも無観客&有料配信でいいのでは、という声もあるかと思います。ただ、たとえ無歓声でも、その場でしか味わえないものがあるはずです。興行的に考えても、よっぽど人気のあるアーティストでなければ配信ではペイしません。対策としてここまでやって音楽フェスを再開しようとしたという点では、少なくともケーススタディになるのではないでしょうか。

今回のフジロック、これができていなかった、こうするべきだったという点はありますか?
萩本: 来場者の抗原検査は、全員に義務化できればもっとよかったのですが、このご時世に1万人分のキットを短期間で集めるのも難しいでしょう。前出のサッカー欧州選手権も来場者は抗原検査の陰性結果を入場時にスマートフォンで提示する義務があったのですが、短時間に大勢が入場するので、全員分チェックするのは無理だったようです。難しいですね。

常見: 1万人分の検査キットを集めたら「貴重な感染対策ツールをフェスで遊ぶ奴らのために買い占めてんじゃねー」とか、それで炎上したりして。

萩本: 例年は出演タイムテーブルや場内マップをコンパクトにまとめたZカードが制作されるのですが、今年は「感染防止対策」という理由で配布されませんでした。ただ、ステージの位置も変わっているなど、今回は例年と違うことがたくさんあり、さらに今年はお客さんの半分が初参加であったなら、これは作るべきだったと思います。
連続参加しているお客さんも毎年のコレクションが欠けるわけで、「これは感染防止じゃなくて経費削減だろ」という声もあったことを、主催者の経理担当者(私の友達)にもお伝えしたいです。

「経済活動再開への模索」の一例として
常見: 最後に、今年のフジロックは開催してよかったと思いますか? ファン視点ではなく、社会的な意義という観点からのご意見は、ぶっちゃけどうでしょう。

萩本: 社会的な意義ということでいうと、経済活動正常化の一例として音楽フェスの興行が行われた、というひとつの事実でしょうね。昨年の「GoToトラベル」の時もそうしたが、旅行やライブは余暇活動で見栄え楽しそうな分、「遊んで感染広げるな」と反対意見が白熱しがちですが、サービス業も製造業も感染対策という折り合いをつけながら経済活動正常化に向っている、ということです。

常見: この時期、野外フェスなどがあるとまず「県外ナンバーな何割」みたいな記事がもはや定番化していますが、感染の拡大に影響があったかは、潜伏期間14日間が経過しないと誰にもわからないわけで。ということでは、やはり地元行政が一定期間検証して、詳細に発表することを期待したいところですね。

萩本:「これが俺ら今年最後のライブになるかもしれない」と前置きして比嘉栄昇(BEGIN)がMCで言っていたのですが、「開催すべきとか、やめた方がいいとか言うの、今はやめよう。終わってからじゃないとわからないこと」と。議論が熱く盛り上がっている時には真実は分らない、どちらの意見も正しいと判定できないよね、と諫められたかのようです。

来年は例年通り7月末の日程で開催予定と最終日に発表された。

常見: 思えば、萩本さんや私が参加した、山梨県天神山で開かれた第1回フジロックもまた、非難轟々でした。いや、台風直撃は不幸でしたけど。明らかに、運営側も仕切りが悪かったし、こなれていなかった。ただ、私たちも大自然の中での本格的ロックフェスというものをなめていたと思います。私なんか会場についてから「そうか、防水・防寒対策を完璧にしなくちゃだめなんだ」と気づいたくらいですから。
ただ、大雨の中、大自然の中でレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンとフー・ファイターズを見て、何かが変わったんです。今まで見てきたものはなんなのか、という。それくらい衝撃的だったんです。大批判を浴びて、試行錯誤を繰り返した上で、日本のフェス文化は成熟していきました。
萩本さんにここまで丁寧にご説明頂いても、私はまだモヤモヤしています。フジロックがOKなら、あれもこれもOKだろと無茶し始める人がいるんじゃないかとも思うし。参加者の感染や、彼ら彼女たちの住む町の医療状況が肝心ですし。
ただ、趣味のイベントとして捉えられているから、批判が激しくなっているようにも思います。「経済活動再開への模索」といえば、だいぶ印象が変わるなとも思いました。もう、オリンピックも、フジロックもやってしまったわけです。既成事実化を礼賛するわけではないですが、検証し、何かを学ぶことが大事かな、と。
最後に思い切り青臭いことを言いますが、感染拡大などの影響が最小限で、音楽に限らずフェス文化や、観光イベントの再開はフジロックから始まったと言われたらいいなと思った次第です。そして、現地や配信でみた若い音楽ファンが何かを感じてくれたら、と。来年以降はまた、夏の苗場で萩本さんと会えますように。