インバウンド再開に向けて「今できること」は? 日本政府観光局の新理事長代理に聞いてきた
(トラベルボイス 2020年9月18日)
https://www.travelvoice.jp/20200918-147064

【ポイント】
コロナ禍が終息すれば「インバウンドは必ず元の水準に戻る」
日本は「将来訪れたい国」として上位にランクされているが、新型コロナの収束やワクチン開発が見通せるタイミングで、世界の観光市場は、旅行者の争奪戦が始まる。
「今、できることをやる」 将来のインバウンドのニーズに応えるため「外国人目線で日本の魅力を再発見する」ことが重要だと、JNTO理事長代理の吉田晶子氏は話す。

【 概 要 】
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は収まらず、インバウンド市場は前例のない事態に直面している。世界的に海外旅行の制限が続き、日本も入国規制を継続しているなか、日本政府観光局(JNTO)が打つ手も限定的にならざるを得ない。
今年6月、JNTO理事長代理に前関東運輸局長の吉田晶子氏が就任した。「今できることをやるしかない」と話す吉田氏に、今やるべきことを聞いてみた。

インバウンドは必ず元の水準以上に回復する
吉田氏の理事長代理就任は、3度目のJNTO勤務になる。最初は2000年〜2003年にかけてニューヨーク事務所に赴任。2001年9月11日の米同時多発テロを現場で経験した。
「テロ直後は多くのアメリカ人が航空機に乗らなくなった。米国の空港では厳重なテロ対策が行われ、2〜3時間前に空港に行かなければ搭乗できないような状況だった。その後、航空テロ対策が定着し、それが新しい日常として受け入れられた」。感染症も、感染症対策が空の旅の新しい日常として定着して、航空機利用も戻ることが期待される。そして 「インバウンドは必ず元の水準以上に戻ると確信している」と力を込める。

「米同時多発テロのときと異なるのは、新型コロナウイルスは、よりグローバルな問題であること。例えば、今から5年後を想像した場合、従前の姿に戻っているだろうと想像できるが、それまでの間は、ワクチンや治療薬の開発状況や各国の感染状況次第で様々なシナリオがありうる。IATAなどは国際航空需要が2019年レベルに戻るのは2024年と見通しを発表している」と中長期的な視点でとらえる。

コロナ禍の中で、グローバル市場調査で日本は「将来訪れたい国」として上位にランクされている。コロナ禍以前からの人気は幸いにも継続しているようだ。
しかし、新型コロナウイルスの世界的な収束やワクチン普及が見通せるタイミングが来れば、世界の観光市場で一気に旅行者の争奪戦が始まる。「訪れたい国」というポジションは、ずっと続くとは限らないというのが現実だ。

「SNSでの情報発信や海外事務所で可能な事業は継続して実施している。一方、本格的なプロモーションキャンペーンは、入国制限の緩和を見極めながら行うことになる」との考え。「旅行者受け入れによる感染の再拡大は絶対に避けなければならない。入国可能になった段階で、『日本に来る場合に守るべきこと』をきちんと伝えることが大切になる。それは受け入れる日本人との関係でも非常に重要なテーマ」と話し、2030年の訪日客6000万人という目標達成に向けて、インバウンド振興と感染防止とを両立さていく重要性を訴えた。

今、できることをやる
JNTOは訪日外国人誘致を目的として、海外向けの情報発信や海外からの情報収集に加えて、BtoB商談会やBtoCのイベント、海外からのメディア招請などを行っているが、海外との往来を前提とした事業は実施が困難になっている。そのなかで、「今できることをやる」と吉田氏。
2019年に3188万人を記録したインバウンド市場は、日本の宿泊市場全体の約2割までに成長。インバウンドが再開するまでの間に観光産業が疲弊してしまうことを懸念する。
「海外旅行者約2000万人が国内旅行にシフトすれば、国内観光と相まって一定の観光需要は維持できる。現在、観光業界が疲弊しているのはインバウンドもさることながら国内観光が回復していないことが大きい。GoToトラベルキャンペーンや、自治体による需要喚起策による国内旅行市場が回復することを、まず期待する」。

JNTOは、海外でのSNSでの情報発信等を継続して行うとともに、JNTO会員企業や地方自治体向けには、JNTO海外事務所とオンラインで結び、最新情報の提供と将来に向けたプロモーションアイデアを共有する活動を拡充している。
JNTOは独立行政法人として、法律上の目的が「国際観光の振興」と定められているが、その解釈の範囲内でできることを模索。現在のところ、外国語だけで発信している日本の観光コンテンツについて、国内関係者から「JNTOが海外発信している内容が、国内の関係者にはわからない」と日本語化の要望が寄せられていた。今後、外国人目線で選んだテーマ型コンテンツを中心に順次国内関係者が確認できるようにする考えを明かす。
外国人目線で構築したコンテンツは、日本人が日本の魅力を再発見することにつながる可能性がある。
また、「地域の観光は収入がないと生き残れない」との危機感から、海外向けにオンラインでの観光情報の提供と、地域の物産の販売とを組み合わせることを検討していくという。

消費額拡大に向けて、地域を質の高い高価値市場に
JNTOが重要施策として、これまでの知見を活用した地域へのコンサルティング活動がある。「JNTOの仕事は究極的にはインバウンド観光による地域の雇用創出、地域活性化だと思っている」と吉田氏。
特に国内旅行市場しか動いていない現在、地域の観光素材を磨き上げ、さらに質の高い観光地を創っていくことは、将来のインバウンド復活に向けても重要なテーマだと強調する。

日本政府は、コロナ禍でも2030年の訪日外国人6000万人、消費額15兆円の目標は変えていない。
質の高い観光創出は、消費額を上げていくことにつながる。「コロナ禍は、人数だけでなく、経済政策として消費額をどのように上げていくかを立ち止まって考える期間にもなる」という。
「安かろう、悪かろうの価格競争ではなく、質の高い高価値市場にすることが大事。インバウンドが戻ってくるとき、そのことは非常に重要になる」。そして、「海外旅行者のニーズを国内旅行で満たすことは、将来のインバウンドのニーズに応えることにもなる」と話す。

そのために地域で取り組むべきことのひとつとして「宿泊施設の高度化」を加える。
日本独特の旅館は外国人観光客のあいだで人気だが、「宿泊」というよりも「体験」の要素が強い。
「旅館は外国人にとって日本での体験として非常に魅力的だが、長期滞在には向いていない。長期滞在型の休暇スタイルである欧米人にとって、日本は宿泊施設の選択肢が限られている」また「欧米だけでなく中東や中国の富裕層も、インターナショナルブランドのホテルがあると選択しやすい」という声を聴くと話し、宿泊の選択肢が広がる必要性を指摘。また、高品質の宿泊施設の整備について、都市部に偏るのではなく、観光客の地方分散化の観点からも、訴求力の高い国立・国定公園との組み合わせのポテンシャルを指摘する。

地域でサステイナブルなエコシステムの構築を
日本の観光産業にとってインバウンドの重要性は変わらない。
日本の人口が減少していくなかで、日本人旅行者数も減っていくことは避けられない。産業としての発展を考えるなら海外に目を向けるほかない。
「観光は地域の装置産業」と定義し、インバウンドと国内とのバランスのなかで、産業も地域もサステイナブルなエコシステムを作り上げていく必要性を説く。「地域の環境を維持し、固有の文化を発展させながら、地域に雇用と収益をもたらす事業として回していく仕組みを作らないと、人を呼び込んでも持続可能な観光は成り立たない」。
そのため重要な点「地域ぐるみでのオーバーツーリズム対策」と「地域のエコシステムのなかで、経済を循環させながら、旅行者の消費額を上げていくために必要になるのが、マーケティングの力」だ。
「観光業にはマーケティングの視点が欠けている」という。

インバウンド需要はいずれ戻ってくる。そのときに備えて、「海外も含めて地域外で行われていることにもっと耳を傾けながら」、地域が潤う高価値のプロダクトを開発、あるいは磨き上げる。それも「今できることをやる」ことのひとつだ。