旅は最高のリハビリ 介護付き旅行で生き生き 神戸のNPO法人
(産経WEST 2022年9月15日)
https://www.sankei.com/article/20220915-XXOVVGYZGRMJZPGSYJVDOUEANM/

【ホッシーのつぶやき】
団塊の世代が80歳を迎えるのが時間の問題となり、ユニバーサルツーリズムの需要はますます拡大していく。神戸市のNPO法人「しゃらく」では7千件以上の介護付き旅行を実現させている。
しかし介護付き旅行は簡単ではない。観光施設や交通機関の移動に支障がないかなどの情報を収集し、介護スタッフを確保するなどの準備が大変だ。
でも要介護者でも旅に出たい。これから本当のユニバーサルが求められそうだ。

【 内 容 】

高齢者、障害者ともに生き生きと暮らす社会を目指し、さまざまな挑戦が始まっている。神戸市のNPO法人「しゃらく」(神戸市須磨区)は、高齢者や病気、障害がある人の願いをかなえようと、介護・看護付きの旅行を手掛ける。「体が不自由な人が余生を楽しく過ごすことができない、そんな社会を変えたい」。代表の小倉譲さん(45)は自身の経験を基に、こうした信念で取り組む。9月は「障害者雇用支援月間」、19日には「敬老の日」も控える。各地の取り組みをみる。

高齢の依頼者とギリシャのサントリーニ島へ旅をした(小倉譲さん提供)

情熱と確認

小倉さんの元には、体調不良によって長期入院を余儀なくされた高齢者などから「入院先の病院から住み慣れた家や故郷に帰りたい」との願いが寄せられる。「旅どころか、寝たままで日光を何日も浴びていない方もいる。体が不自由でもしたいことをあきらめる必要はない」。自力の歩行が困難な依頼者がいれば、背負って山に登ることもある。

「しゃらく」は平成18年に設立、これまでに7千件以上の介護の必要な旅行を実現させてきた。「旅行を通して家族のような関係になる」と小倉さん。

特別支援学校に通う生徒たちのインドネシアへの卒業旅行、要介護1の80~90代の女性3人と台湾への2泊3日の旅、「サンピエトロ大聖堂を見るのが夢」という要介護4の女性(84)とのイタリアへの7泊9日の旅など、海外にも付き添う。

旅先が決まれば、入念な下準備に取りかかる。現地での介護に協力してくれるスタッフを確保するため、福祉団体で介護人員を手配。現地の下見も欠かせない。観光施設や交通機関の移動に支障がないかなど、バリアフリー情報を収集し対策を立てる。

休憩場所や体調が急変したときの搬送先もチェックする。「いかに快適な旅にするかは、実現させたいという情熱と冷静な事前確認を怠らないことが必要」と話す。

格別の思い

こうして実現させた旅行には、それぞれ格別の思い出がある。

以前、がんの闘病でなかなか外出がかなわなかった高齢の男性が思い出の地をめぐる旅に同行したことがある。食欲がなく何日間も食事をしていなかった男性が、故郷の郷土料理を完食し表情に明るさを取り戻した。

「何かを感じることを失えば、人は元気じゃなくなる。行きたいとこへ行き、見たい物を見ることは最高のリハビリなんです」

小倉さんが「しゃらく」のサービスを始めたきっかけも、自身の同様の経験にある。88歳でこの世を去った祖父、実さんとの旅行だ。認知症を発症し、闘病中だった実さんにある日、旅行を提案した。実さんには、故郷の徳島県の町へ帰り「自分のルーツをたどる旅をしたい」という願いがあったためだ。

当初、実さんは「もうすぐ死ぬから無理や」。医師や家族からも反対の声があったが、小倉さんがつきっきりでサポートする形で実現した。

依頼者との旅の思い出を語る小倉譲さん=神戸市須磨区

思い出の詰まった故郷の神社を訪れたとき、実さんは車いすから立ち上がり、自力で階段を上り始めたという。「好きなときに好きなことをする当たり前のことが、生きる上で最も必要なことなんだ」と実感した。

情報発信を

年齢や障害にかかわりなく、誰もが気兼ねなく参加できる旅は「ユニバーサルツーリズム」と呼ばれ、広がりつつある。

観光庁が旅行会社約440社に行ったアンケートでは、介護が必要な人の旅行をすでに取り扱っている、今後取り扱いたいを合わせると約5割にのぼった。大手旅行会社の関連商品のほか、電動ベッドなどを備えた宿泊施設などサービスが広がっている。

一方で、普及には、訪問先での介護サポート態勢やバリアフリー情報の不足などが課題にあげられる。日本バリアフリー観光推進機構の中村千枝さんは「宿泊施設でいえば、ベッドの高さやベッド間の距離、車いす用トイレの手すりが右側か左側かなど詳細な情報が必要。施設側も何が求められているかを把握し、発信していくことが普及につながると思う」と話す。

国連の持続可能な開発目標(SDGs)でも掲げられる、誰もが分け隔てなく暮らす共生社会の実現。小倉さんはしゃらくでの活動を通じ、社会全体で支援や補助が不足しており、若い世代のボランティアが少ないと感じている。旅行支援に加え、高齢者の生活支援全般に取り組む計画を立てている。

まずは高齢者の孤独死を防ごうと、地域が見守るサービスの仕組みを考案。高齢者の部屋やトイレ、浴室などにセンサーを取り付け、電灯の点灯がないなど緊急事態の発生が懸念される場合はスタッフが確認に向かう。てんかんを起こした高齢者の発見なども期待できるという。