【北海道・余市】1時間で寄付1億円。ワインで一点突破の戦略
(NEWS PICKS 2022年12月7日)
https://newspicks.com/news/7855505/body/?ref=user_206511

【ホッシーのつぶやき】
北海道余市町は16軒のワイナリーがある国内3番目のワイン産地だ。ニッカウヰスキー発祥の地として有名だが、ワインの人気も上昇し、ふるさと納税の返礼品として希少価値のワインが提供されており、寄付額の3割をワインが占めるという。
ブドウ収穫期は、全国から「収穫ボランティア」が集まるといい、地域創生としても賑わっている。

ワインが大人気の余市町ふるさと納税=ホームページから

人気の秘密を探ろうと北へ飛びました。札幌駅から函館本線で約1時間。JR余市駅を出ると、石造りの立派な建物が目の前に現れます。
「ニッカウヰスキー余市蒸溜所」
“日本のウイスキーの父”と呼ばれるニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝が自身のウイスキーづくりの理想郷を求めたどり着いたのが、ここ余市です。政孝とスコットランド人の妻リタがモデルとなったNHK朝ドラ『マッサン』(2014年)のロケ地で、観光スポットとしても人気です。
「ウイスキーの聖地」とも呼ばれる余市町がいま、「ワインの銘醸地」として名をあげつつあります。駅前から少し車を走らせると、見渡す限りブドウ畑が広がります。

ブドウ生産農場「ヴィンヤード」やワイナリーが集まる「余市町登(のぼり)地区」=筆者撮影

地図とグラスを片手にワイナリー巡り

余市町にはワイナリーが現在16軒あり、隣接する仁木町と合わせると、計21軒がこのエリアに集中しています。国内3番手のワイン産地・北海道でみると、ワイナリー数は4割近くを占めています。
駅で無料ガイドブック「余市・仁木ワインツーリズムプロジェクト」を手にしました。町のワイナリー情報を中心に生産者、レストラン、酒販店などが網羅されています。
案内マップを開くと、ブドウ生産農場「ヴィンヤード」だけでなく、観光客がワインを実際に飲めるスポットが多いことに気づきます。レストランが併設されているワイナリーや宿泊できるレストラン「オーベルジュ」、駅近くにもレストランやバーが載っています。

余市・仁木 ヴィンヤード&ワイナリーmap=ホームページから

国内で「ご当地ワイン」を作る町は多いですが、ワイナリーの大半は山間地に点在しています。このため、交通手段は車しかなく、運転者が飲めずに見学するだけ、ということも珍しくありません。
余市では、駅ナカにワインの試飲マシンが設置してあったり、駅前にワインバーやレストランがあったり。電車で来て中心部に泊まっても、気軽にワインを楽しめることは、農場やワイナリー巡りを目当てで来る旅行者には嬉しいポイントでしょう。

JR余市駅の一角にある有料のワイン試飲コーナー=筆者撮影

地元料理とのペアリングに「また来たい」

ワイン産地に足を運んだことで得られる体験や贅沢とは、何でしょうか。
結びつくキーワードの一つが「ワインペアリング」です。余市のワインだけでなく、地元の食材を使った料理との組み合わせを味わえるのがペアリング。それぞれ単体で味わうよりも、もっとおいしくなるのが魅力とも言われます。
駅前に2020年10月にオープンした「LOOP」は、余市の料理と余市のワインのペアリングを楽しめるホテル&レストランです。運営は福岡市の会社。ワイン好きのオーナーが、立ち寄った余市に魅了されて開きました。
サービスマネジャーは、フランスで11年、銀座や青山の星付きレストランを経たソムリエの倉富宗(くらとみ・たかし)さんです。余市に足を運ぶうちに、フランスに似た風景にひかれます。グローバルな経験を生かしながら、開拓にもチャレンジできる場所だと、オーナーからの声がけに着任を決めました。
料理長は、老舗日本料理店を経てスペインの星付きレストランで修業した仁木偉(にき・いさむ)さんが務めます。

ペアリングコースに使ったワインを前にする料理長の仁木偉さん(左)とソムリエの倉富宗さん(右)=著者撮影

ゲストはワイン好きの方が大半で、道外からが7割。リピーターも多く、開業2年で5回も来た東京のご夫婦もいます。
この日、ディナーを1人で楽しむ女性の姿も見られました。ペアリングの妙をじっくりと楽しむパーソナルな「体験」を求めて来ているのかもしれません。
ワインの個性は、日照りや気候、土壌などブドウ畑を取り巻く環境「テロワール」に表れます。ペアリングコースを味わいましたが、テロワールを表現した質の高い料理とワインのペアリングは、余市のワインの魅力を一気に広げてくれる食体験だと感じました。

余市産毛ガニと野菜を使ったパエリア=筆者撮影

倉富さんは、余市のワインを薄いのにうまみがある「うすうま」と表現しています。酸味の出方や色合いに特徴があり、タンニンが穏やかで余韻が長い。「うすうま」は、ブドウの良さがなせるわざです。
LOOPは余市でブドウを作っており、22年には醸造設備も立ち上げました。自社製ワインがペアリングコースにラインナップされる日も近いでしょう。

全国から集う「収穫ボランティア」
余市町に集まってくるのは観光客だけではありません。ブドウ収穫期の10月は、全国から集まる「収穫ボランティア」で町は大いににぎわいます。
「ピッカー」と呼ばれる収穫ボランティアは、特定のワイナリーのファンから、ワインづくりの手伝いを体験してみたいという人までさまざま。ワイナリーごとに募集していますが、SNSで1日40人の10日間の枠がすぐに埋まってしまうケースもあります。
ブドウの生産地だった余市町が、酒税法の最低製造数量基準が下がる「ワイン特区」に指定されたのが2011年。ワイン生産地としての力を徐々につけ、飲食店やワイン通・ファンらも呼び寄せ、互いに関わり合うことで、地域のワイン産業が広がりを見せています。

町長のマーケ戦略「ワインで一点突破」

余市町役場を訪ね、ワイン施策についてインタビューしました。
——余市町を巡ると、「町ぐるみでワインを盛り上げている」印象を強く受けました。
ありがとうございます。「ワインで一点突破」を掲げる齊藤啓輔町長のもと、農業・観光・企画政策など複数の部署が普段から連携しており、ワイン産業振興のための支援やワインイベントの企画などによって「ワインを軸にしたまちづくり」を進めています。
——町長がデンマークの三つ星レストラン「noma」(ノーマ)に余市のワインを自ら売り込みに行ったそうですね。
齊藤町長はマーケティングやブランディングに詳しく、「飲み手のレベルが高いけど、自国では作っていない」ことに加えて「日本食との親和性が高い」ということで、ターゲットとして北欧を選びました。nomaに直接アプローチし、ワインリストに見事、採用されました。
——ふるさと納税も好調のようです。
齊藤町長が就任した2018年以降は毎年、倍々のペースで伸びており、2021年度は総額8億円近い寄付をいただきました。
余市町では、ワインだけでなく果物や海産物、水産加工品など多彩な返礼品がありますが、ワインは寄付額全体の約3割です。ただ、「余市のワイン」は注目度が最も高く、ブランディング戦略が、ふるさと納税にも反映されてきたと感じます。各ワイナリーには、蔵出しの特別ワインを出していただくなど、ふるさと納税の盛り上げにも大きく貢献いただいています。

余市町役場のみなさん。複数の部署が連携してワイン事業を推し進める=著者撮影

——10月には大勢の収穫ボランティアが訪れています。
収穫作業にいらっしゃる方の中にはワインファンだけでなく、飲食関係者や酒販店などのワインのプロの方もいらっしゃいます。
町としては、この収穫ボランティアのように、ワインをきっかけに町に興味を持つ方々を支える体制を充実させていきたいと考えています。
その一環として、今はワイナリーやヴィンヤードごとに分散しているボランティア情報を集約してファンとのつながりを作る「チアーズ」というLINEアカウントを開設しました。登録すると、農園のボランティア情報が送られてきて、参加の申し込みもできます。これまで400人近い登録をいただきました。
——今後はどんな展開を考えていますか?
北海道大学と連携し、ワインの糖度、Ph、酸の数値を計測できる分析器を町で導入し、ワイナリーの皆さんに使っていただけるように進めています。数値でワインを管理することにより、クオリティの担保に加えて、おいしさをデータでもPRできるようになります。海外では常識となっているワインのデータ管理を余市でも取り入れることで、「世界で戦える」余市を目指しています。