日本酒初のヴィーガン認証取得、酒蔵「南部美人」が牽引するフードダイバーシティによる地域づくり 守護 彰浩(フードダイバーシティ)
(やまとごころ 2023年5月26日)
https://yamatogokoro.jp/column/fooddiversity/50332/?utm_source=newsletter&utm_medium=email&utm_campaign=20230529

【ホッシーのつぶやき】
岩手県の酒蔵「南部美人」は1997年より日本酒の輸出を始め、現在、世界58カ国に輸出している。海外のレストランでの取り扱いも増える中、2019年に日本酒の「ヴィーガン認証」を取得している。2022年の総売上高9億円のうち輸出が約3割強と、世界戦略が着実に実っているようだ。
イギリスのミレニアル世代(21歳〜30歳)のベジタリアンは、コロナ前の12%からコロナ後25%に増えているといい、飲食店とも連携した「フードダイバーシティ宣言」に発展しているのは先見の明がある。

【 内 容 】
ベジタリアン対応で訪日客誘致にアドバンテージ

人口減少、高齢化、過疎化による経済縮小は、観光業のみならず日本全体が直面する課題で、販路拡大による顧客獲得や、新商品による売り上げ拡大、付加価値アップによる収益拡大は、業態に関わらず共通して取り組むべきテーマです。

今回は、岩手県二戸市で創業100年以上の歴史のある老舗酒蔵、株式会社南部美人による日本酒をフックに取り組む、食の多様性を軸とした地域づくり事例を紹介します。
同社は、今から約25年前、1997年よりいち早く日本酒の輸出に向けて市場を開拓するなかで、国際認証の存在を知り、「ヴィーガン認証」をはじめ様々な認証取得を実践。その後、域内の民間事業者と「フードダイバーシティ宣言」を行うなど、世界基準のまちづくりを先導し、観光・インバウンド推進に率先して取り組んでいます。

日本の伝統産業である日本酒の国内消費量は、酒類の多様化や日本の人口減少に伴って1973年をピークに減少を続けており、国内では依然厳しい市場環境が続いています。
「南部美人」はこの状況を推し量り、先んじて海外市場に活路を見出した酒蔵のひとつ。1997年より、5代目久慈浩介氏が自ら海外に足を運び顧客の開拓営業を行うなど、輸出を事業のひとつの柱として積極的なマーケティング活動を行ってきました。

▲1902年、家業として酒造りをスタートした「南部美人」。現在は従業員約40名を抱えている

最初の頃は日本酒の海外での認知度は低く、「日本酒って何から造られているの?」という質問が頻繁にあり、その説明には時間も労力も要したと言います。また、宗教や信条によって食の禁忌がある方も多く、原材料の明示はもちろん、禁忌に対応しているのであればそれを分かりやすく “見える化”することが大切だと実感したそうです。
日本酒の基本の原材料は米と水。おり(にごり)を取る工程においてゼラチンや卵白を使うケースも稀にありますが、動物由来の助剤を使わなければ、簡単にヴィーガンの規定をクリアできます。海外市場での展開を進めるにあたり、国際的な認証マークの表示が有効なツールとなると確信した久慈氏は、2019年に世界で初めて日本酒の「ヴィーガン認証」を取得しました。現在では、季節限定商品を除くすべての銘柄が認証を受けています。
「ヴィーガン認証」と言っても、認証機関は国内外に数多く存在します。海外への輸出拡大を目的とするのであれば、世界的に認知度が高いところを選ぶのが得策でしょう。「南部美人」がヴィーガン認証を申請したのは、イギリスの「The Vegan Society(英国ヴィーガン協会)」です。同協会の認証には、79カ国以上において6万以上の商品が登録されており、申請にあたっては書類の提出のみで、早ければ1カ月程度で取得することができます。

▲ヴィ―ガン認証を取得した南部美人のお酒。裏ラベルの小さいマークだけだが、関心のある人にはしっかりと情報を伝えることができる

海外での日本酒ブームで需要拡大、認証取得による信頼が付加価値に

ヴィーガン認証取得後の市場の変化について、「南部美人」で社長室副室長兼企画財務部課長の田口晃子氏に話を伺いました。
「海外卸先の主となるレストランでの取り扱いも着実に増え、現在は世界58カ国にまで輸出を拡大しています。2022年の総売上高9億円のうち輸出が約3割強を占めるまでになり、なかでもここ数年中国とアメリカの伸びは飛躍的でした。コロナ禍で日本酒の国内需要が落ち込む中、弊社の事業を支えてくれたと言っても過言ではありません」
例えば、ヨーロッパ市場では日本酒と同じ醸造酒であるワインにもヴィーガン認証やグルテンフリーのマーク表記が多くみられます。禁忌を持つ方の不安を安心に変えられるだけでなく、健康や環境保護に対する意識が高い消費者にも訴求できますし、認証表記による信頼が付加価値となって販売促進に繋がっていることは間違いありません。
昨今、健康需要の高まりと共にヘルシーな和食が人気を集めていますが、海外では「和食には日本酒」を当然のこととして考えている方も少なくありません。2023年1月、ロサンゼルスで開催されたヴィーガン和食のイベントでも、ラーメンと合わせて「南部美人」のお酒を楽しむ方が多く、予想を超える売れ行きとなりました。和食ブームの広がりと共に、今後も日本酒のニーズが高まることが期待されます。

こうした「南部美人」の成功事例を通じて、国内においても日本酒のヴィーガン認証取得の動きが広まっています。しかし、これは日本酒に限ったことではありません。日本の食品全般を見直してみると、特に大きな変更を加えなくても基準に該当するものは多いはずです。海外展開を考える場合には、ヴィーガン認証を手段のひとつとして活用することをおすすめします。

インバウンド推進視野に、食の多様性を軸に「世界基準のまちづくり」を宣言

「南部美人」がある二戸市は、岩手県内陸部の北端に位置し、農業・建設業・製造業の割合が盛んな地域。国内有数の漆生産地としても知られています。
この人口約2万7000人の小さなまちで、2020年1月、「南部美人」を含む二戸市の事業者3社および、市や岩手県、日本貿易振興機構などが連携して「二戸フードダイバーシティ宣言」が掲げられました。この宣言は食の多様性への対応を推進し、インバウンド観光の促進につながる世界基準のまちづくりを目指すものであり、全国的にも初めての市全体を巻き込んだ取り組みとなりました。
宣言を主導した久慈氏は、その意図について「海外ではどのレストランにもヴィーガンやベジタリアンメニューがある一方、日本では未だ個人の主義・主張にあった食事を楽しめる環境が整っていない。二戸市の豊かな食材を活かして食の多様性対応を推奨し、外国人旅行者の方々も安心して楽しんでもらえる世界標準のまちづくりを目指したいと思った」と言います。

▲前列中央が久慈氏。「南部美人」のほか、ヴィーガン認証を取得した南部せんべいの「小松製菓」、今後ハラール認証を申請予定の養鶏場「久慈ファーム」が主体となった

田口氏も「コロナ前は台湾からのツアー客の訪問もありましたが、『素食』と呼ばれるベジタリアンの方も多く、十分な受入対応はできていなかった」と言います。「海外でも日本酒の人気が高まり、南部美人に蔵見学に訪れてくださる方も増える中、食の多様性対応をフックに地域の観光資源を活かしながら二戸全体を盛り上げていきたい」とも。
地域が観光の目的地として選ばれるためには、単独の企業の取り組みでは十分な効果は得られません。「二戸市全体の多くの事業者と連携しながら実行していく」と掲げたことが、とても重要な意味を持つと思います。

地域づくりの第一歩、食の多様性対応店を増やす地道な活動に着手

規模感の小さなまちだからこそ生まれる結束力を強みに、2021年9月、市内の飲食店や観光事業者が中心となって「二戸フードダイバーシティ協議会」を設立。久慈氏が会長を務め、田口氏が事務局を担当しています。 「フードダイバーシティ宣言の直後、コロナ禍の影響で観光業は足踏み状態となってしまいました。しかしインバウンド再開後を見据えて今から行動すべきだと考え、市や県の支援を受けて協議会の活動を開始しました」(田口氏)

まずは地域の方々にフードダイバーシティへの理解を深めてもらうこと。そして受け入れ対応に取り組んでもらえるよう具体的なアドバイスを行うこと。そのために、私も田口氏と共に飲食店や事業者を1件ずつ訪問して回ることから始めました。
当初は、取り組みに対して少なからず関心はあるものの、「調味料を増やさなくてはいけないのでは」「オペレーションが大変になる」といった不安の声も聞かれました。そこで「手間がかかる」という誤解を払拭しつつ、この取り組みは海外の方やヴィーガンの方だけでなく健康志向の方や高齢の方にも訴求できるなどのメリットも丁寧に説明。また、団体客の中にヴィーガンやイスラム教徒などの方が1人でもいたら対象店舗として選ばれずビジネスチャンスを逃す可能性があることもお話し、ようやく納得してもらえるケースも多かったです。

その結果、参加店舗も増え、世界中のヴィーガン/ベジタリアンが利用するレストラン情報サイト「Happycow(ハッピーカウ)には、二戸市内の登録店舗が10軒となりました。ラーメン、蕎麦、寿司、鉄板焼き、郷土料理、バーなど食のラインナップも多彩で、二戸に滞在する対象者にとって魅力的なコンテンツになることは間違いありません。

▲インバウンド客も多く活用する「Happycow」での、「Ninohe」の検索結果

受入対応から次のステップへ。地域への誘客に向けた取り組みを加速

食の多様性対応がある程度整った今、本格的なインバウンド回復に向け「今後は誘致にも注力していきたい」と田口氏。ニューヨーク・タイムズ紙の「2023年に行くべき52カ所」に選出された盛岡市や、冬季には二戸市に隣接する八幡平市の「安比高原スキー場」への観光客が見込めることから、近隣地域からの呼び込みや広域連携にも重点を置きたいと言います。

2022年8月には、八幡平市にイギリスの名門インターナショナルスクール「Harrow International School Appi(ハロウインターナショナルスクール安比ジャパン)」が開校しました。年間の授業料と寮費が計900万円と高額なため、富裕層からの注目が高い学校です。世界中の学生が集まることもあり、給食では常にベジタリアンメニューが選択できるようになっていますが、当然給食だけではなく、地域全体で様々な食事の対応が必須となってくるでしょう。二戸市にとっては、これまでの取り組みの成果を発揮するチャンスだと思います。

「プロモーションにおいても『食で誰もが笑顔になれる街・二戸』を世界にアピールするため、英国ディスカバリーチャンネルでのCM放映や、経産省の補助金事業を活用したミニドラマの動画配信など、多岐にわたるアプローチを模索しているところです」(田口氏)

スクリーンショット 2023-05-29 14.55.48.png
▲テレビ岩手が制作したミニドラマ「彼女はヴィーガン」。視聴回数は18万回を超えた

フードダイバーシティ対応は、「食事で誰も置き去りにしない」という理念だけでなく、輸出拡大やインバウンド客獲得など、ビジネスとして外貨を獲得するための有益な施策でもあります。この重要性に気づき、考え、実行している「南部美人」と二戸市の取り組みは、先進的なモデルケースと言えるでしょう。各地域や事業者の方々も、まずは行動に移してみることをおすすめします。