どうする?日本のオーバーツーリズム
(Wedge ONLINE 2023年12月6日)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32307

【ホッシーのつぶやき】
スペインのバルセロナ市で起きたオーバーツーリズムに学ばなければならない。
京都などで起こっている現象が10年前にバルセロナで起こっていた。オーバーツーリズムに万能薬はないという。その都度ブラシアップしなければならない。
このレポートは学術的ではあるが、インバウンド事業に携わる人間は学ばなければならない。

オーバーツーリズムによる地元住民の意識は、①肯定的:適度な観光客来訪による地域経済が潤い市民が恩恵を受ける ②無関心:観光を当たり前の経済活動と感じ、おもてなしの気持ちは減少 ③苛立ち:マスツーリズムによる廃棄物処理や迷惑行為が臨界点に達する ④対立状態:観光客は日常生活の破壊者と感じる ⑤最後の対応:まちが観光の所有物と感じるように変化する。(Doxyモデル)

バルセロナ市の印象的な対策
◎バルセロナの中心部は高価な居住エリアとなった。多くの外国人が別荘を取得し、人口構造が大きく変化し、平均家賃が上昇した。労働者階級は郊外へと押しやられた。
◎宿泊施設の開発のゾーニングを行い、中心地は宿泊施設の新たな建設を認めない。
◎データを活用して観光地の需要予測や混雑緩和に取り組むため、専門知識を有するスタッフによる「バルセロナ観光観測所」を設立した。
◎観光客の局地的集中緩和し目的地を分散す化るため、新たな地域交通バスルートを導入し、観光客が集中する場所を避けた観光ツアーを提供した。

【 内 容 】
前回の「今話題のオーバーツーリズム その定義と課題、対策とは」は、オーバーツーリズムの一般的な考えと初期的なパターン仮説を紹介した。
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32161

本稿では象徴的な事例で更にオーバーツーリズムを掘り下げる。

スペイン・バルセロナのランブラス通り。バルセロナはオーバーツーリズムの一つの事例となっている(cenkertekin/gettyimages)

だんだんと変わる地域住民の感情

 事例を考察するに際して、まずは観光客増加に直面したときの地元住民の意識と行動を5つの時系列的な段階でたどるという「Doxyモデル(Doxey1975)」を紹介したい。

 第1段階は幸福感(Euporia)で、適度な観光客来訪による地域の経済成長を通じて、市民が雇用創出、交通インフラの改善、生活水準の向上といった恩恵を受ける。観光客との交流は友好的で、肯定的な存在とみなされる。

 第2段階は無関心(Apathy)で、観光客が増加し、より正式な受け入れ体制(観光産業)が整備されたときに現れる。市民は観光を当たり前の経済活動として見るようになり、人間関係やもてなしの気持ちは減少する。

 第3段階は苛立ち(Irritation)であり、観光客の圧力が臨界点に達する。マスツーリズムに関連する負の外部性(汚染、廃棄物処理、迷惑行為)の方が、経済的利益よりも重要であると認識される。

 第4段階は対立状態(Antagonism)。観光客は日常生活を破壊する存在とみなされる。

 最後の段階5は対応(Reaction)で、都市の一部が観光の所有物となって後戻りができないと認識した市民が都市を再構成(reinvent)する必要性に焦点を当てる段階である。

 オーバーツーリズムが悪化した第3段階以降は、観光恐怖症(Tourismphobia)もしくは anti-tourism(反観光)と呼ばれる。地域住民が観光客を拒絶する。

 例えば、ヴェネチアの反観光的グループによる、ヴェネチアに寄港するクルーズ船からの乗客の退出を妨害するデモ、バルセロナの反観光客グループによる観光バスの破損、「観光客は帰れ!」というタイプの看板、レストランや展示会、博物館、遺産などの特定の場所での観光客への販売拒否などである。

バルセロナの事例から学ぶ

 海外で有名なオーバーツーリズムの事例の一つはスペイン・バルセロナ市であろう。人口約161万人の同市の観光の売りは元々ビーチリゾートであったが、1992年のバルセロナオリンピック以前は港湾機能の低下等により経済が低迷していた。オリンピックが開催されたのを機に、バルセロナ市と商工会議所が連携した専門組織バルセロナ観光局(Barcelona Toursime)を94年に設立し、観光都市として発展するために二次交通の整備等の必要なインフラを整備し、データに基づくマーケティングを強化した。

 結果、バルセロナはスペインで観光客が最も多い都市になり、その手法はバルセロナモデルとして高い評価を得た。1990年当時173万人だった宿泊客数が2000年に300万人を超え、05年には565万人とわずか15年で3倍強に増加、16年には906万人となった。ただ、これはホテルに宿泊した人数で、民泊が増加したため、国連世界観光機関(UNWTO)は実際の宿泊客は1600万人と推計する。さらに、観光客数で見ると16年にバルセロナを訪問した観光客は3200万人。18年の訪日インバウンド客数が3119万人なので、膨大な数になっていたことがわかるだろう。

 欧州でこうした観光客急増が起きた背景として、輸送コストの低下が挙げられる。デジタルの進化による個人間の宿泊レンタルも大きな影響を与えた。バルセロナでは17年に7万2000泊のホテル宿泊があったが、民泊仲介サービスのAirbnbは市とその周辺地域で1万7369軒の賃貸を提供した。

 こうして急激な観光客増により交通渋滞、混雑、マナー違反等の問題が生じ、07年ごろから観光客や観光事業者への住民の不満が高まった。冒頭に述べたDoxeyモデルで言えば1992年から2007年の15年ほどで第1段階から第3段階に進んだのだ。

 バルセロナの中心部はカタルーニャ人にとって特に高価な居住エリアとなった。多くの外国人がそこに別荘を取得し、人口構造が大きく変化し、平均家賃が上昇した。16年以降、労働者階級が住んでいたバルセロネータ地区の住民は、高級セカンドハウスや季節賃貸用の大型アパートへの道を作るために郊外へと押しやられた。この現象は「ジェントリフィケーション」と呼ばれる。

 ジェントリフィケーションは、住宅や商業地としての機能を持った地域(多くの場合はその主体が比較的低所得の住民である地域)が、再編成されることで「紳士化」、つまり相対的に価値を向上させることを指す。ジェントリフィケーションは都市の中でも最も観光客の目に触れさせたくない、あるいは観光客自身も目を向けたくないと思うような地区の価値を向上させるので、これまでは肯定的に捉えられる場合が多かった。しかしバルセロナでは、ジェントリフィケーションの加速により住民が移転を余儀なくされ商業構成までもが再編されたことで、都市の市場価値の上昇の一方で、空間と経済活動が空洞化するネガティブな面が大きくなったのだ。

対策も効果を得ず、市長選の争点に

 11年から16年までの6年間で、バルセロナの人々が観光客に対して抱くネガティブなイメージは23倍にも膨れ上がった(Ajuntament de Barcelona、 2018)。この期間はDoxeyモデルで言う第4~5段階であろう。特に水着姿で旧市街で買い物する観光客のマナー違反をきっかけに、14年ごろに観光客排斥運動が拡大した。

 市は対策として、オーバーツーリズムが問題になり始めた12年から、5つ星ホテルに宿泊する場合は2ユーロ、4つ星が1.25ユーロ、それ以外のホテルで0.75ユーロ徴収し始めた。19年には、5つ星ホテルで2.25ユーロへ上がっていた。また、クルーズ客は、滞在時間が12時間未満の場合は0.65ユーロ、12時間を超える場合は2.25ユーロを支払った。

 しかし、この程度の課金では観光客数の抑制にはつながらず、宿泊施設の急増により伝統的な生活やコミュニティが損なわれるようになり、15年の市長選挙で宿泊施設の新設が争点となった。この時点でバルセロナ市民が観光業に対して不快感を持つ主な要因として、①観光客による夜間の騒音、②観光スポット付近での交通渋滞や公共交通における混雑、③法的認可を受けていない違法な宿泊施設の乱立、④海岸付近での環境汚染等が挙げられていた。

新市長の4つの〝改革〟

 アダ・コウラ氏が宿泊施設の新設凍結を公約に同年の市長で当選し、19年の選挙でも再選された。オーバーツーリズム問題が一層深刻になった15年に市長に就任したコウラ氏は大別して4つの施策を行った。

 1つ目は、16年に設置された「観光と都市に関する諮問会議(Consejo Turismo y Ciudad)」である。町内会、社会団体、専門家など60人で構成され、観光と市政についての協議を行う機関である。これによって観光政策と都市政策の融合が政府レベルだけでなく、住民レベルで行われることが可能になった。このようなステークホルダーの関与は極めて重要である。

 2つ目は「観光宿泊施設抑制計画(Plan Especial Urbanístico de Alojamientos Turísticos)」である。これは従来の総量拡大を基本とした都市の観光振興を根本から変革する政策であった。具体的には、宿泊施設の開発について市内でゾーニングを行い、中心地については宿泊施設の新たな建設を認めないというものである。

 この計画では、「ゾーン1」は主に旧市街であり、これに指定されると一切の宿泊施設の新築・増築が禁止される。これによって市の中心地や観光スポットの周辺で頻発する住居から民泊やホテルへの転換を政策的に抑えようという狙いがあった。

 他方、「ゾーン2」は旧市街以外の都心部であり、このゾーンでは既存施設の増築は原則禁止されているものの、同一ゾーン内での施設の移転については床数を拡大しない限り認められている。つまり、既存の施設が閉鎖した際、閉鎖した施設と同数の部屋数の施設の立地が可能なのだ。

 また、「ゾーン3」では、原則的に宿泊施設の新規開設や増築が可能である。幹線道路や高速鉄道の新ターミナル駅周辺の再開発地区に当たる「ゾーン4」は、再開発と連動する形で宿泊施設の開発が奨励されている。つまり単にホテルや民泊の開発を抑制するだけでなく、産業としての観光を健全な形で振興できるよう、包括的な仕組みが築かれたのだ。

 これは観光関連事業者には痛みを伴う改革であった。15年7月から2年間にわたり宿泊施設の新規建設が凍結され、飲食店等の観光関連店舗も規制対象となった。38のホテル建設プロジェクトが中止となり、30億ユーロ(3750億円)の投資と数千人の雇用がストップした。

 高級ホテル「フォーシーズンズ」は、バルセロナ市長の決定が不服で撤退を決めたという。スペインにおいて観光業は国内総生産(GDP)の12%を占める基幹産業だが、バルセロナでは約14~15%で、12万人の雇用につながっていた。この施策には観光関連業界が猛反発した。

3つ目の違法宿泊施設の取り締まり計画(Plan de choque contra el alojamiento ilegal)導入も画期的だった。民泊そのものの根絶を目標としているわけではないが、それらに法的な規制をかけた形である。

 民泊は市条例を定めて管理しており、無許可物件には罰金を科すルールが導入された。無許可物件を通報する窓口が市のサイトに設けられている。Airbnbのような仲介サイトは無許可物件を掲載しないよう市の依頼を受けた。

 4つ目の政策が観光戦略計画2020(Plan Estratégico de Turismo 2020)の策定である。この計画は「ガバナンス」、「知識」、「デスティネーションとしてのバルセロナ」、「モビリティ」、「宿泊施設」、「空間マネジメント」、「経済開発」、「コミュニケーション・受入環境」、「課税・財源」、「規制・整備」の全10項目で構成されている。本稿では詳細には立ち入らないが、例えば「知識」においては、データを活用して現状分析を行い、観光地の需要予測や分散化による観光客の混雑緩和に取り組むために経済学、IT、地理学等の専門知識を有するスタッフを有する「バルセロナ観光観測所」を設立した。

 観光客の局地的集中を緩和し、目的地を分散するために、バルセロナ市は新たな地域交通バスルートを導入し、データから得られた情報をもとに、観光客が集中する場所および時間を避けた観光ツアーを提供した。

必要なのは状況判断と対策の変更

 オーバーツーリズムには万能薬は無い。状況次第で有効な対策は変わってくる。例えば15年のバルセロナの大胆な宿泊施設凍結は、それまでの劇的な観光客の増加故である。

 基本的なオーバーツーリズム対策の考えを知ることで、それらを知らずに無防備でいるよりは良い対応ができる。少しでも良い対応をし、それを継続的に改善することが重要なのである。

 コウラ氏の就任以前から入場管理のためにザグラダ・ファミリアやグエル公園には入場料が課されていたが、効果測定をしながらその料金体系はしばしば変更されている。今回紹介したバルセロナは一例であり、そのまま真似することを推奨しているわけではない。多くの示唆を与えてくれる事例としてみてほしい。

 バルセロナも現在進行形で対応を調整し続けている。できればDoxyモデルの初期段階から対応を始めるとよい。事前の準備は重要なのだ。次回は、日本国内すべての地域が準備をしておく必要があるという話をする。