中国でも深刻なオーバーツーリズム その姿とは
(Wedge ONLINE 2023年8月25日)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/31251?layout=b

【ホッシーのつぶやき】
昨日は日本のオーバーツーリズムのNEWSでしたが、中国でもオーバーツーリズムです。
中国の国内旅行者数は今年1年間で55億人。ゼロコロナ政策で人の移動を厳しく制限した中国。観光地は閑古鳥が鳴き、従業員の整理が行われた。その従業員が戻っていない中、コロナ後の初の「夏休み」を迎え、観光客が集中しているようだ。
コロナ禍により「人生にはいつアクシデントが起きるか分からないといい、人生をより豊かにし、今この瞬間を楽しみたい」と思う人が増えたという。そのような中、「穷游」(チオンヨウ=安い旅行)が流行している。安い公共交通機関を使って移動し、その土地ならではの郷土料理を食べ、質素な民宿に泊まって、お金をかけずに旅をするという。

【 内 容 】
訪日外国人旅行客などの増加で、オーバーツーリズム(観光公害)が問題となっている。今後、中国から団体旅行客が押し寄せれば、さらに問題が深刻化すると言われているが、その中国国内でもオーバーツーリズム問題が発生している。

中国では、観光地が人でごった返しているという( Miles Astray/gettyimages )

 若者の就職難、不動産不況など経済的に苦境に立たされている人が多いと予想される中国だが、国内の観光地はどこも黒山の人だかりでごった返しているという。なぜ、こうした現象が起き、今、観光地はどうなっているのか。

埋まるネット予約
 筆者は最近、7月に雲南省を訪れた日本人の友人から「どこもものすごい人出ですよ。中国が日本への団体旅行を解禁したのも、きっと国内の飽和状態を緩和したいという狙いがあると思います」という思いがけない話を聞いた。その矢先、本当に中国が日本への団体旅行を解禁したため、筆者も興味を持ち、中国の国内旅行の状況について調べてみた。

 上海在住で中学生の子どもがいる友人に聞いてみると、今夏、3年半ぶりに家族3人で内モンゴル自治区を旅行したが、かなり以前から計画を立てていたため、フライトとホテルの予約は問題なかったという。
 「7月上旬だったので、まだ多少余裕があったのですが、8月になったら、空港もターミナル駅も大混雑になり、身動きできないほどになりました。有名な観光地はもう入場券の予約すらできない状況になっているようです」(上海在住の友人)

 中国文化旅行省の発表によると、今年1~6月の国内旅行者数は延べ23億8400万人と、前年同期比で63.9%伸びた。中国旅游研究院の予測では、今年1年間の国内旅行者数は延べ55億人に上り、コロナ禍前の2019年の8~9割にまで回復するだろうと言われている。今、それほど国内旅行をする中国人が多い。
 しかし、コロナ禍以降、中国では、博物館や記念館、寺院などの入場券はすべてネットによる事前予約制となった。ネットでチケットが取れないと、現地まで足を運んでも当日券はなく、入場することはできない。そのため、ネット予約は必須なのだが、それすら取れないことが多く、SNSには嘆きのコメントが多数あふれている。

たとえば、こんなコメントだ。
 「(西安にある世界的に有名な観光地の)兵馬俑に行こうと思ってサイトを見たが、私たちが旅行したい日のチケットはすでに完売だった。これではわざわざ西安まで行く意味がない。フライトもホテルも取るのが大変なのに、同時進行で家族分の入場券も取らなければならないなんて、旅行に行く前にもうヘトヘトになる……」

混雑によるトラブルも
 筆者も兵馬俑の公式サイトを見てみたが、1日の収容人数の上限はなんと6万5000人だった。入場券は1人120元(約2400円)。安くはないが、それでも予約希望者があまりにも多く殺到しているため、毎日すぐに完売してしまうようだ。
 ネット上には「やっとの思いで入場券を入手して、兵馬俑に入ることができたが、まるで満員電車みたいに混んでいて、肝心の兵馬俑がよく見えなかった。兵馬俑を見るのではなく、大量の人間を見に行ったようなものだ」という別の人の不満も書かれていた。
 入場券をネットで購入するのも争奪戦だが、たとえ運よく入場券を入手できても、館内が混雑しているため、炎天下で数時間も入場待ちということもよくあり、辟易とする人が多いようだ。
 そうしたことで不満が溜まっているせいか、各地でトラブルも頻発している。たとえば、7月、江西省では観光スポットへの入場を待つ人々同士がささいなことで口論となり、フェンスを持ち上げて相手を殴る蹴るといった事件が起きた。8月、安徽省の有名観光地、黄山では、登山客同士が杖で殴り合いをしたことがSNSに大きく取り上げられた。
 また、あまりの混雑ぶりに、宿泊施設を予約できないという事態も起きている。夏休みではなく、ゴールデンウィーク中のことだが、前述の黄山では、宿泊施設を予約できなかった約800人が公衆トイレ内の床に野宿したことが国内で大きく報道された。
 宿泊費については「通常の2倍以上に跳ね上がっていて、明らかにぼっている」「高額すぎる」などの悲鳴も多い。SNSには、6月に高考(大学入学統一試験)を終えたばかりの高校3年の男子が父母と3人で雲南省を旅行する計画を立てていたが、有名観光地の麗江や大理のホテルは3~4つ星ホテルでも1泊1000元(約2万円)以上に高騰。3人で2部屋予約し、4泊したら父親の1カ月分の給料が消えてしまった、と書かれていた。ほかにも「スーパーなら3元の水が、観光地では6元や8元に設定されている。料理も観光地価格でまずい」と酷評されている。

ゼロコロナのしわ寄せでサービスは劣化
 高額なだけでなく、人手不足でサービスが悪化していることも問題となっている。日本のオーバーツーリズム問題とも共通しているが、中国でもコロナ禍で観光業やサービス業は大打撃を受けた。ゼロコロナ政策で人の移動を厳しく制限した結果、どの観光地も閑古鳥が鳴くようになり、人員整理が行われたのだ。
 今年1月にゼロコロナ政策が終了して以降、春節頃から観光地に少しずつ旅行客が戻ってくるようになったが、サービス業に従事する人はまだ完全には戻っていない。そうしたことから、旅行客の間に「こんなに値段が高いのに、こんなにサービスも悪いのか」という不満が渦巻いている。その一方、一部の有名ガイドには予約が集中しており、北京のある観光ガイドは日当を2000元(約4万円)以上に設定しても、予約が絶えず、荒稼ぎしているという。

 では、なぜ、この夏休み時期、各観光地が飽和状態になるほど、各地に旅行客が押し寄せているのだろうか。
中国在住の知人の声やSNSの意見などを総合すると、背景にあるのは、やはりコロナ禍の影響だ。コロナ禍の3年以上、中国でも人々は抑圧された生活を送ってきた。前述のようにゼロコロナ政策が実施されていたので、3年間、田舎に帰省できなかった人も多い。それどころか、ロックダウンされた都市では、日常生活さえままならず、不自由な生活を強いられた。
 そうしたことから、2月の春節、5月のゴールデンウィークに遠出する人も増え始めたが、コロナ後、長期の休暇となるのは、この夏休みが初めてだ。子どもも一緒に長期の旅行に行けるため、これだけ多くの人々が各地に繰り出したのではないか、と思われる。
 上海在住の別の知人は言う。
 「長い間どこにも行くことができなかったので、ストレスを発散したいと思っている人がとても多い。どこでもいいから、どこかに旅行に行ってリフレッシュしたり、充電したりしたいと思っているのです」

観光の形態も変化
 また、コロナ禍で、中国人の消費意識、お金の使い方が変化してきたことも関係している、とこの知人は指摘する。
 「コロナ禍によって、人生にはいつ、どんなアクシデントが起きるか、一寸先はわからない、という心境になった人が多い。これまでは、お金があれば不動産を買いたい、もっとお金儲けしたい、贅沢したいと思っていた人も、消費意識が変わってきた。人生をより豊かにすること、今この瞬間を楽しむことに投資したいと思うようになった。そのひとつが旅行です。まだビザ取得などの関係で、海外旅行に行くことには躊躇している人でも、国内旅行を楽しみたいという気持ちに変化しているのだと思います」

 筆者は調べていくうちに、いま、旅行客の間で流行っている言葉に「穷游」(チオンヨウ=安い旅行)という流行語があることを知った。安い公共交通機関を使って移動し、その土地ならではの豪勢ではない郷土料理を食べ、質素な民宿に泊まって、お金をかけずに工夫して遊ぶこと、という意味だ。
 実際は、旅行客があまりにも多すぎて民宿でも宿泊費が高騰するという現象が起きているが、それでも、出発時期をずらすなどして、できるだけ安い旅行をしようという人が増えている。
 これまでは見栄を張り、高級ホテルに泊まって、ブランドものを買い漁るという人が多かったが、次第に「穷游」に変わりつつあるという話に、筆者はコロナ禍を経たことで、彼らの意識に大きな変化が起きていると感じた。日本では外国人観光客が増えることによって、オーバーツーリズム問題が深刻化しているが、隣国・中国ではまた違った状況が起きているのだということに、改めて気づかされた。